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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.1(1/2)

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07 少しだけ

「さ、食事にしましょ。準備できてるのよ」

「準備って」

 リチェリンが指したところを見て、オルフィは首をかしげた。

「ここで食べるのか?」

「いいお天気だもの」

 砂利の上に敷いた布に靴を脱いで座り込むと、リチェリンはふたりを手招きした。

「こういうのもいいでしょう?」

「ああ、まあ、そうだな。天気もいいし」

「そうですね。楽しそうです」

 彼らも同じようにして、リチェリンの差し出す挟み麺麭(ワルホーロ)を受け取った。

「……ほんとはね」

 水筒から茶を注ぎながら、彼女は呟くように言った。

「この水辺の思い出をいいものにしたくて」

「――ああ」

 そうか、とオルフィは気づいた。ここで彼ら三人が揃ったとき、その向かいにはロズウィンドとクロシアがいた。村には火の手が上がり、ソシュランは傷を負って、カナトはひとり飛び去り、オルフィもまた、リチェリンに何も言わずにナイリアールへと向かった。

 ほんの数日前のことなのに、何だか遠い昔のよう。いや、夢のなかの出来事だったよう、と言う方が近いだろうか。

 だが確かにそれは起きたことだ。数日後に、こんな平和が待っているなんて有り得そうもなかった、あのときの焦燥感が思い出される。

「リチェリン。あのときは」

「駄目よ」

 彼女はじろりと彼を睨んだ。

「謝るのは、なし」

「あ、は」

 先取られた。笑うしかない。

「楽しい話、しましょ。カナト君さえよかったら、エク=ヴーのことを聞きたいわ」

「もちろんかまいません。決して『嫌なこと』なんかじゃないので。むしろオルフィやリチェリンさんが気にするんじゃないかと」

「そんなこと、あるはずないだろ」

 ワルホーロにかじりつきながらオルフィは言った。

「ん、リチェリン、これ美味い。そう言えば久しぶりだな、リチェリンの飯なんて」

 美味いよとオルフィは繰り返した。

「ふふ、有難う。でもこんなの、誰が作ってもおんなじよ」

「そんなこと、ないって」

 彼は心から言った。

「カルセン村以来だな」

「そうね。私は、ナイリアールでも作ったけれど」

「ナイリアールで? 俺、食ってないな。あ、ピニアさんに作ったとか」

「違うわよ。オルフィに持って行ったの」

 彼女は肩をすくめた。

「この際だから、言っちゃおう。差し入れを持って行ったらウーリナ様と立派な昼食を取っていたから、隠さざるを得なかったのよ」

「え。そ、それって」

 ごくり、と彼は麺麭(ホーロ)を飲み込んだ。

「ちょっと情けなかったわ。情けない気持ちになった自分がね。ラスピーさんが慰めてくれたから気が楽になったけれど」

「ラス……」

 その名に抱く気持ちも複雑だ。前だったら、むっとしただろうが、いまでは。

「あっ、楽しい話。ね?」

 リチェリンは慌てたように言った。

 事情はみな、彼女にも話してある。ナイリアールで起きたこと。ラシアッドで聞いたこと。順番は前後したが、自分が体験したこと。アバスターやラバンネルのこと。とても言いにくかったものの、自分の過去のことも。

 もしかしたら言い忘れたこともあるかもしれないが、意図的に秘密にしたことはない。リチェリンは驚きを隠せなかったが、それでも受け入れてくれた。カナトがエク=ヴーであることを受け入れたように。オルフィがヴィレドーンであったことも。

 だからおそらく、ラスピーシュに彼女の抱く気持ちも複雑だ。話の流れとは言え、名を出してしまったことを後悔しているだろう。

 彼のことを話したくないと言うのではない。もう少し落ち着いたら、落ち着いた気持ちで話せるようになるはずだ。

 でもいまは。ここで、ただひたすら楽しい思い出を作りたいと。

「それじゃ僕の話、と言っても、そんなに面白おかしくはないですよ。講義みたいになってしまうかも」

 少年は少し考えた。

「何か質問はないですか。僕がそれに答えるというのでどうでしょう」

「そうだな……」

 オルフィも考えた。

「普段、何してんの」

「はい?」

「だから。俺、この湖でエク=ヴーの姿を見たのは一度だけだ。ほかの村人だって似たようなものだろ。あの姿じゃ、さっきみたいに祠で丸くなって眠ってるってこともできないだろうし」

「ああ、そういうことですか」

 判ったとカナトはうなずいた。

「湖にいるときは、たいてい、底で眠ってます」

「は」

 それだといくら何でも眠りすぎではないのかと彼は思った。

「違いますよ」

 気づいたようにカナトは手を振った。

「『湖にいるときは』って言ったでしょう。上がったときは、いろいろです。たいていは、村の人の話を聞いたりとかですけど」

「……ちょっと待て」

「はい」

「人化するのは、お前だけじゃなかったか?」

「そうですね。『僕』というのがどういうものであるか、『母』と仮称したカーナヴィエタと僕は別の存在でもあれば同一でもあるので、『僕だけ』というのがどういうことかとなると難しいんですけれど」

「いや、そういうことじゃなくて」

「エク=ヴーの姿以外で、湖から上がる、ということ?」

 混乱しかけたオルフィの言いたいことをリチェリンが言ってくれた。

「ああ、はい。そうです」

「どういう……」

「覚えてません? この村には、独特の決まりと言うか、迷信みたいなものがあること」

「独特な信仰なら、そりゃもうピカイチだろうけど」

「いえ、そこじゃなくて」

 湖神は苦笑した。

「ナガモノ、つまり、蛇とか蜥蜴(とかげ)の類を見つけても決して殺してはならない、という」

「へ」

 彼は目をぱちくりとさせた。

「そう言えば、あった、ような」

 子供の頃――ヴィレドーンの――は、それが当然だった。村の外へ出てからは、そうでもないと知って仰天したことがあったような。

「要するに、そういうことなんです。竜族ジェンサースの力のうち奪われなかったひとつで、人目にはあまりつかないようにできるんですが。気味が悪かったらすみません」

 肩をすくめて彼は言った。

「いや、気味が悪いとか、ないけど」

 オルフィは手を振った。

「ちょっと、驚いた、けど」

「あ、でも、僕はできないです。その代わりがこの姿みたいなものでして」

「そうなのか」

「ええ。オルフィとラバンネル術師の力ですよ」

「俺も!?」

 魔術師の術がそういう方向に行ったというのは判らなくもないが、何故自分なのかとオルフィは抗議のような声を上げた。

「十年間、隣で眠られていたら伝染ります」

「病気みたいに言うな!」

 思わず言い返し、リチェリンが笑うのを聞く。

 あまり「普通」ではない話。いや、率直に言ってとても奇妙な。ほかでは決して聞くことのできない。

 だが「特別」ではないと感じた。内容が特殊であっても、天気のよい日に仲のいい友人たちと外で弁当を食べながら、笑い合って話をする。

 とても普通で、そして素晴らしい一日。

 リチェリンの望んだ通り、これは素敵な思い出になるだろう。少しだけ無理をして笑っていた、少しだけ苦い気持ちすら含めて。

「ごちそうさまでした」

 のんびりと食事を終えた彼らは、揃って彼らは挨拶すると片付けをはじめた。

「あ、俺、持つよ」

「平気よ、これくらい」

「持ってきてくれたんだから、持ってくくらいするさ」

 オルフィはそう言って丸めた敷布や籠を引き受けた。

「それに、あんだろ。準備とか、挨拶とか」

「もうみんな済ませたわ。それだけ返して、あとはいつでもいいわよ」

「そ、か」

 よっと彼は立ち上がった。

「んじゃ、これを酒場に返したらあとは」

 彼は西を見た。

「出発しますか!」


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