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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第1話 託されし運命 第4章

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07 隠すということ

「その『呪い』を解く方法はふたつ」

「ふ、ふたつ?」

「ええ。ひとつには、あなたが死ぬこと」

 あまりにさらっと発された台詞にオルフィは息を呑んだ。

「導師!」

 カナトが咎めるような声を出す。

「それは、確かにそうでしょうけれど、もう少し言葉を」

「選んだところで同じことよ。時間をかけることは好まないと思ったのだけれど」

「でも……」

「ま、まあ、判りにくく抽象的に言われるより、誤解のしようがなくてよかったよ」

 引きつりながらオルフィは仲裁した。

「死ねば、外せるってことだろ?」

「おそらくは、としか言えないけれどね」

(まあ、あれだ)

 ふと彼は思った。

(死んじまえば腕でも何でも切り落とせる……)

 自分の想像が怖ろしくなって、若者はぶるぶると首を振った。カナトは少し勘違いしたか、気の毒そうにオルフィを見ていた。

「もうひとつは何ですか」

 オルフィよりも真剣にカナトが問うた。

「籠手に、彼より相応しい操り主を見つけること」

 サクレンはゆっくりと言った。

「何だ」

 思わずオルフィはぽろっと呟いた。

「そんなの、山のようにいるじゃないか」

「そうかしら?」

 しかし導師は同意しなかった。

「籠手は正しき星辰の刻を掴んだ若者、アイーグ村のオルフィを(あるじ)と認めているのよ」

「時だの場所だのって話か? そんなの、偶然」

「その偶然を拾い上げる手の持ち主を〈名なき運命の女神〉に見込まれた者と言うの」

 証拠はないけれど、と続いた。

「私自身、あなたに何かを感じるわ」

「えっ?」

「不思議ね。あなたに魔力がないことは〈真夏の太陽(リィキア)〉のように私やカナトには明らかなことよ。でも感じるの。カナト、あなたはどうかしら?」

「僕は」

 少年は戸惑った。

「僕は、よく判りません」

「そう」

 正直な返答に、導師はいいとも悪いとも言わなかった。

「女神に目をかけられている者が持つ、独特の光……なのかしら。導師だなんて呼ばれる立場になっても判らないことは多いわ」

「俺はそれどころじゃなく、判らないです」

 オルフィもまた正直に言った。

「籠手が認めるだって?」

「導師の仰るのはこうです」

 カナトがオルフィに顔を向ける。

「オルフィが『自分より相応しい』と考える誰かじゃなくて、籠手がそう認める者が必要だと」

「……籠手が(・・・)?」

 胡乱そうに彼は繰り返した。

「比喩です。人間のように意思がある訳でもないですから」

「籠手の判断というのが納得いかないなら、施術者の判断と言ってもいいかしらね。或いは」

 サクレンは少し間を置いた。

「――元の持ち主の」

「元の?」

 とっさにジョリスのことが思い浮かんだ。

(いや……違う。そうじゃない)

(ジョリス様は箱をお持ちだったけど、言うなれば俺と同じ「運ぶ者」で)

(「元の持ち主」じゃない)

「それは……誰なんだ?」

 問うた形になったが、ほとんと独り言で、答えを欲したのではなかった。導師が答えられるとも思わなかった。サクレンもカナトも、宛先のないオルフィの呟きに口をつぐみ、部屋には沈黙が降りた。

「少なくとも、無理に籠手を引き剥がすことはできない、ということですか」

 静寂を破ったのはカナトだった。

「オルフィがそうしてほしいと言うのであれば、依頼と取って力を尽くすわよ」

 導師は村の若者を見た。

「もちろん、支払うものは支払ってもらうけれど」

 その言葉にカナトが怯んだところを見ると、相当かかるのだろうと推測できた。思わず乾いた笑いが浮かぶ。

「だいたい、力ずくで引き剥がすことが何を呼ぶかは判らないわ。籠手の崩壊はもとより、装着者の崩壊(・・・・・・)だって」

「ちょ」

 死ねば呪いが解けるだの、呪いを解けば崩壊――崩壊?――するだの、とんでもない話ばかりだ。

「俺もだけど、籠手だって壊されちゃ困る」

 それも重要だ。

(勝手に箱を開けて大切な籠手を装着した挙げ句、外れなかったので壊しました?)

(そんなことジョリス様に言うくらいなら、絶対、死んだ方がまし!)

 かと言って、本当に自死して籠手を返せばいいとは思わない――思えるはずがない。彼は万死に値する失敗をしたかもしれないが、死以外の方法で罪を贖いたいと思うくらいには健全と言おうか、ごく一般的の思考の持ち主だ。

 もしも全てを見通す目を持つ者がいたなら、だからこそ彼だったのだ、とでも言っただろう。

 死して定めを逃れるは、解決ではないと。死をもって汚名をそそぐより、できることがあると。そのように思うからこそ。

「ではほかの解決策が見つかるまで、現状を維持するしかないわね」

 さらりとサクレンは言った。

「便宜上『呪い』と言ったけれど、それは魔術よ。神殿では解けないでしょう。どうしても神殿に行きたければ行っても別にかまわないけれど、無駄足になるわ」

 肩をすくめて導師は言った。

「何か調べるにせよ、依頼するにせよ、魔術師協会になさい。これは何も、神官を煙たく思って言うのではなくてよ」

 魔術師と神官は仲がよくないとされる。だがサクレンが魔術師側を持ち上げるために言ったのではないということはオルフィにも判った。

「それからカナトに免じて、今日の助言はみんなただ(・・)にしてあげるわ。感謝なさい」

「あ、有難う、ござい、ます」

 目をぱちくりとさせながらオルフィは礼を言った。

「あの! 導師!」

 不意にカナトが勢いよく立ち上がったのでオルフィはびっくりした。

「……お願いが、あります」

 カナトはちらりともオルフィを見ず、まっすぐサクレンを見つめている。

「いいわよ」

 笑みを浮かべてサクレンは言った。

「それじゃ、まず、見ておきなさい」

 何の話なのだろう、魔術のことなら自分は邪魔なのでは――とオルフィが聞く態勢に入った途端、サクレンが彼の左手を掴んだ。

「えっ?」

「まずは沈静化」

 サクレンの細い指が腕の――籠手の上で不思議な動きをした。

「はい、包帯巻いて」

「はいっ」

「えっ」

 左手はサクレンからカナトに渡り、少年は先ほど外した包帯を素早くきれいに巻き直した。

「お願いします!」

「次は抑制。でも完全に抑えるのは難しいだけじゃない、危険でもあるから、流れを作っておくこと」

「はいっ」

「あとは透明化。これも完全にやるのは無理。隠すと言うより、散らすと思っておくのがいいわ」

「は、はい!」

「あのー……?」

 引っ張って伸ばされた彼の腕の上で忙しなく動かされるサクレンの指。

 何が行われているのか。

 無論、魔術だ。

 それはかろうじて理解できたものの――。

「こんなところでしょう」

 ふう、とサクレンが息を吐いた。

「オルフィ、籠手の魔力は一時的かつ限定的に抑えられているわ。籠手自体にもだけれど、(おも)には包帯に術を施したから」

「限定的? それに、包帯?」

「先に私は、包帯で覆っただけでは魔力を隠せないと言ったでしょう? けれど、そこに魔術をかければ話は別」

 サクレンは自らの左手を右手で撫でるような仕草をした。

「完全に抑えることはできないわ。その代わり、彼が目覚めにくいようにしたのだと思って頂戴」

「彼、だって」

「たとえよ」

 導師は肩をすくめた。

「そして外からも、彼を刺激することのないように」

「言うなれば外部の音を遮断し、外からは覗けないよう掛け布をした感じです」

 またしてもカナトが説明をした。

「包帯で籠手を隠すということはオルフィの考えて実行したことである訳ですけど、つまりそれと同じことを『魔力』に」

「『同じこと』ができるっていうのが驚きだよ」

 想像しにくい、と魔力のない若者は息を吐いた。

「すみません」

「あっ、いや、有難い。カナトの解説は。ものすごく」

 本心だ。機嫌を取るためでも何でもない。だが少年は曖昧な笑顔を浮かべていた。

(慰められたとでも思ったのかな)

 どう言えば本心だと伝えられるだろうか、と考えてみたオルフィだったが、それは生憎、余計な心配であった。少年の表情には違う理由があったからだ。

「オルフィ」

「ん」

「しばらくオルフィと離れないといけません」

「あ?」

「いまの術を教わるんです。なるべく早く覚えるつもりでいますけれど」

「どういうことだ?」

 判らなくてオルフィはぽかんとする。

「私がいま行使した術は時間が経てば薄れ、効果が切れるわ。そうしたらカナトがかけ直す」

「それは、包帯を巻き直すみたいに?」

「近いんじゃないかしら」

 サクレンは少し笑った。

「こればかりは、あなたには決して巻き直せないけれど」

 ますますカナトに頼ることが増えそうだ――と気づいたオルフィは、本当にこれでいいのか甚だ疑問に思った。


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