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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.1(1/2)

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03 侍女らしからぬ

 にこっと見せた笑みは弱々しくもあった。

「オルフィ、さん。よかった。ご無事でしたのね」

「あー……俺は、全然」

 何にも、と彼は手を振った。

 この三兄妹の急激な立場の変化にウーリナが受けた衝撃を思えば、彼が過去に飛ばされてファローと会ったり、自分自身と刃を交わして少し負傷したり、若き日の両英雄に再会したり、戻ってきて湖神の正体を悟ったり、獄界の化け物と戦って追い返したり、ナイリアン王子に助言を求められたり、ラシアッドの王位交代劇を見守ったりしたことなど、ちっとも大したことではないと、心から。

(顔色がよくないな)

(当然、だろうけど)

「申し訳ありません。昨夜、あまり眠れなかったものですから」

 彼の心を読んだかのようにウーリナは言った。それも確かに理由のひとつではあるだろう。だがひとつに過ぎないはずだ。しかし彼女は少なくとも口には出さなかった。

 兄王子が妹王女に何をしようとしたのか、オルフィは全く知らない。ラスピーシュの言いようから、ロズウィンドとウーリナの間に何か諍いがあったのだと推測はできたが、そこまでだ。

 ラスピーシュの言によればロズウィンドが引いたことによって収まったという辺りだが――実際に何がどうあったのか、知るのは当人たちだけであろう。

「いいから、座って座って。俺なんかに立ち上がること、ないんだからさ」

 気軽なふりを装ってオルフィは言った。

 彼は騎士のように言葉を操ることもできる。「オルフィ」としては少々気恥ずかしいが、騎士時代を思い出せば当たり前のようにやっていたのだし、そのときはもちろんと言おうか、特に恥ずかしくもなかった。

 オルフィだって礼儀はわきまえているし、「マレサよりまし」という程度であっても敬語を使うことはできる。事実、以前には――ときどき忘れても――そうしてきた。

 しかしいまは、「ただのオルフィ」を選んだ。それも、友だちに言うような口調で。その方が王女の心を和らげると知っていたのだ。

「さて、と」

 咳払いをひとつして、彼は困った。

(さて。何を話せばいいだろう)

 この状況で、何の差し障りもない世間話などはじめても不自然すぎる。様子が気になるからとやってきたものの、王女が憔悴を隠そうと懸命に笑みを浮かべているのは予想通りだ。

「クロシアから、おおよそのところは、聞きました」

 王女の方が先に口を開いた。

「あ、ああ……」

 ノイ・クロシアにも、いまだ葛藤はあるだろう。

 「ラシアッド王族」に仕える彼は、しかし既にラシェルード王の指示には従っていなかった。そこからの指示はなかったと言うのが正しいかもしれないが、少なくとも前王がロズウィンドと違う考えを持っていたことは承知だった。

 その上で選んだロズウィンドとラスピーシュ。だがそのふたりが二分し、ラスピーシュが「勝った」という形。

 もしもロズウィンドが抵抗を見せたら、クロシアがどちらについたかは判らない。彼自身、そうなってみなければ判らなかっただろう。

 だが、いま、彼はラスピーシュ王に従う様子を見せていた。それもまた、もしや、ロズウィンドの指示であるのかもしれない。第一王子、いや、王兄は彼の計画の崩壊を悟り、無駄なあがきを見せなかった。

 もしかしたら、いつの日かまた野望を抱き、何か企てることもあるかもしれない。そしてそのとき、クロシアが彼につけば、ラシアッドは此度よりも大きく二分するかもしれない。無数に時間軸があるなら――どんな可能性もあるのなら、そうしたことだって考えられる。

 しかしいまは、荒波は鎮まった。さざ波さえ、立っていない。

 クロシアは起きたことを王女に伝え、再び特別領に戻ったらしい。

 ラスピーシュがそうしろと言ったのか、やはりロズウィンドの指示なのか、はたまたクロシアの判断であるのか、少なくとも禁止はなく、ウーリナには知る権利があった。

「えーと」

 何も言葉が紡げない。困ってオルフィは、ちらりと、神官を見やった。

「あの。どうしてここに?」

 イゼフがラシアッドにきていたことをオルフィは知らなかった。ましてや王城の、それも王女の部屋にいるなどとは。

「ウーリナ殿をナイリアンへ連れるためだったが、事情は変わった。私がそうすることもないだろう」

「へ」

 キンロップがウーリナを切り札、はっきり言ってしまえば人質にできないかと考えたこともまた、オルフィは知らない。イゼフも多くは語らなかった。仮に成したところで、彼はそれを自身の勝手な「保護」――悪魔の力からのに対する――とするつもりだったし、もはや事情はすっかり変わってもいれば、指示した人間も、もう亡い。

「クライスさんは、私が落ち着くよう、話をして下さいました。それから、神術も。おかげさまでずっと楽になっています」

「クライス?」

「私の本名だ。クライス・ヴィロンと言う」

「あ、そうなん、すか」

 イゼフの「事情」についてもオルフィは少し聞きかじった程度だ。ただ「そうですか」と言うしかなかった。

「もっとも私のやるべきことはもうここにはないようだ。ジョリス殿はどちらに?」

「へ」

 またしてもオルフィは口を開けた。

「あ、いや、向こうの部屋でサレーヒ様や侯爵様と」

 予想だにしないとんでもない提案がされたのだ。彼らには話し合うことが山ほどあるだろう。〈漆黒の騎士〉には幸いにしてそんな経験はなかったから騎士がどこまで踏み込んで話せるものか判らなかったが、意見を述べたり、サズロの「相談に乗る」という形なら取れるだろう。

(まあ、ジョリス様はちょっと閣下に遠慮してる感じがあったけど)

 さすがにそれくらいは気づいた。

(ファローだって家族とはちょっと悶着があったと話してたし、そういうもんなんだろう)

 もっともファローは騎士位に就く前に父親と和解しており、父親は白光位となった息子をとても誇りに思っていたらしい。オルフィ――ヴィレドーン自身は名誉ある家の生まれでもなければ、既に親も亡く、反対も賛成もされなかった。だからオードナー家のような状況は想像もつかなかったが、仕方のないことでもある。

「――ますわ」

 ウーリナが何か言った。

「え?」

「いらっしゃいますわ。いま、こちらに」

「はっ?」

「オルフィさんの銀貨がそう言っていますもの」

「……はい?」

 目をぱちくりとさせる間に、戸を叩く音がした。

「ウーリナ様。ナイリアンの騎士ジョリス・オードナー様と、カーセスタ識士様の助手ライノン様がお見えです」

「ふえっ」

 当たった、と驚くと同時に、何でまたそのふたりが、という思いでもってオルフィはおかしな声を出した。

「お通しして頂戴」

 すぐさまウーリナが答える。

「私に用があるのでは、ないと思いますけれど」

「へ」

 オルフィは妙な声で問い返してばかりだった。そうこうする内に侍女に案内されてジョリスとライノンが姿を見せる。

「ウーリナ王女殿下。お約束もなく、無礼な訪問をどうぞお許し下さい」

 〈白光の騎士〉は王族に対する敬礼をしながらまずそんなことを述べた。ウーリナは鷹揚に許し、それどころか歓迎すると答えた。

「ご不調と伺っております。失礼を重ねることは承知で、手短に用件を」

「マレサさんのことですわね」

 ずばりと彼女は言い当てた。片隅でじっとしていた娘ははっとし、オルフィは目を見開いた。

「マレ……サ!?」

「あ」

 それから娘はうつむく。

「そっか。あんたにはまだばれてなかったんだった。忘れてた」

 侍女の服装で、侍女らしからぬ口調。

「ばれ……え……?」

「何か、誰も彼もオレが変だって気づくもんだからさ。みんなそういうもんかと。てか、あんただけ気づかないとか、鈍いよな」

 もちろん、それは無茶苦茶な理屈というものであった。だいたい、ハサレックが気づかなかったことを見事なまでに棚に上げている。

「ちょ、ちょっと待て。マレサ、なのか? 本当に?」

「うっせえ、変態」

「……マレサ、だな」

 美しいと言っても過言ではないほどの二十歳前後の娘からそんな言葉が出てくるのは、子供に言われるより胸にずきりと突き刺さる。


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