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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.1(1/2)

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02 赦すことのできる人物

 「ヴィレドーン」には判るようでもあった。思い出してからは、自らの犯した罪のことばかりを考えた。

 どうやったら償えるのか。償うことなどできるのか。できるはずはない。こうしておめおめと生きていくことを選ぶなら、何をすればよいのか。

 その答えのひとつが、ナイリアンを――エクールの民を含めたナイリアンを守ることだった。最初は騙されたようにカーセスタから、判ってからはラシアッドから。いや、ロズウィンドから。

(ラスピーには……騙されたけど、ロズウィンドみたいに怒りのようなものは感じなかったな)

(だからって、同情するってのとは、違うんだが)

 選んだことだ。彼も。自分も。

 だが、何だろうか。どこかに違和感がある。それが巧く言葉にならない。

(まさか)

(――自殺なんて、しないとは思うけど)

 それが先ほど感じた懸念。

 しかし、ないだろう。彼はラシアッドを平和に保ちたくて行動しているのだ。混沌をもたらそうとしたニイロドスに対抗したエズフェムが、悪魔としては奇怪にも「平和」を報酬とした。

 ならば彼はそのために生きるはずだ。兄を追い落とし、売国奴と罵られることがあっても。

「どうしたかな、オルフィ君」

 ラスピーシュが彼をのぞき込んだ。

「言いたいことがあるなら言ってくれ。罵倒でも何でもかまわない」

「そんなことしたって何にもならないだろ」

「君の気分がよくなるかもしれないよ?」

「一時的にはすっきりするかもな。でもあとで、そんなことした自分に嫌気が差す」

「はは」

 新王は笑った。

「真理だ。もっとも、それにあらかじめ気づいて自制できるというのは、大したものだよ。おっと、私は偉そうなことを言える立場ではなかったね」

「別に。俺はかまわないよ。……いままで通りで」

「オルフィ君。それじゃ」

 ラスピーシュは目をしばたたいた。

「これまで通り……君を抱きしめてもいいのかな?」

「だあっ、それのどこがいままで通りだ! ふざけんな!」

 思わずオルフィは立ち上がってまで逃げかけた。ラスピーシュはくすくす笑う。

「冗談だよ。――有難う。少しだけ」

 そこで彼は言葉を切り、首を振った。

(何を言いかけたんだろう)

(気が楽になった、とか……そんな感じかな)

 別にそうした意図でもなかったが、誰かが安堵したことを不快に思うほどひねくれてもいない。

「カナト君のことも知っている。ああ、彼が正体を現すまでは、君と同じように知らなかったが」

 これは黙っていたのでも騙していたのでもない、とラスピーシュは手を振った。

「彼が無事で本当によかった。ヒューデア君のことは……言い訳のしようもないが」

「それは……」

 ラスピーシュのやったことではない。直接的にはロズウィンドでもない。ニイロドスだ。だが見逃した、それを許すとはやはり言えないし、言う立場でもない。

「――じゃない」

「何だって?」

「あんたの罪を許せるのは、俺じゃない。……これはカナトの、真似だけど」

 ヴィレドーンの罪に迷う彼に少年はそう言ったのだ。そのときはただ反駁をしただけだが、カナトの言わんとしたことは判った。

 許すことのできる者がいる。

 オルフィに、いやヴィレドーンに対するそのひとりが、レヴラールであった。ナイリアン王族として。

 公的に許すことはできないと言った。当然だ。

 だが許した。王子は。個人的にであろうと。

 それで単純に許されたと喜ぶことはできない。喜ぶつもりもない。それもまた当然だった。しかし、少しだけでも安らった。そのことも否定できない。

 同じだ。ここでオルフィが許すと言ったところで、ラスピーシュは受け入れず自らを責める。

 許すことで彼を安らわせるのはオルフィではない。

「……面倒臭い話は、とりあえずでも、済んだんだろ。書類を作るとか言ってたけど、その前に少し休んだらどうなんだ」

「嬉しいね、気遣ってくれるとは。でもまだ、そのときではないな」

 ラスピーシュは拒否した。

「全部済ませたら、休ませてもらうよ。でも、まだ――」

「いいから、さ」

 オルフィはそれを遮った。

「ウーリナ様と、茶でもしたらどうだよ。まあ、そりゃ、笑いながらって訳には、いかないだろうけど……」

 ロズウィンドのことがある。隠すこともできないだろう。むしろそれを妹に告げることはこうして国のことを話し合っているよりその兄にはつらいことかもしれない。そう思うとオルフィは尻すぼみになった。

「ウーリナか」

 しかしその名にラスピーシュは顔をほころばせた。

「そうだな。のんびり、茶でもしたいな」

 したらいいじゃないか――とも言えず、オルフィは口ごもった。

 だが、思うのだ。

 ウーリナこそが、ラスピーシュの罪を赦すことのできる人物ではないかと。

「気持ちは嬉しいが、やはり私にはまだ無理だ。オルフィ君、ウーリナのところに顔を出してやってくれ。君がいなくなったことを心配していたからね」

「あ、ああ……まあ、それくらい、なら」

 ウーリナは何も知らずにいたのだろうと思えば、その衝撃は想像しても計り知れない。彼が顔を見せた程度で彼女の気が休まることもないだろうが、一時的に気を逸らす役割くらいは果たせるかもしれず、それもよさそうだと思った。

「では、失礼する。城内もしばらく騒がしいだろうが、滞在中は快適に過ごせるよう取りはからおう」

 エズフェムは戴冠のあとに夜会でも開くつもりでいたのだろう。そのための急の騒動は、しかしいまや、それを取り消すための騒動になっていた。

「……どうするのだ」

 ラスピーシュの去った部屋で最初に口を開いたのはサズロだった。

「お前は、こんなところにいて、よいのか」

「レヴラール様にお話ししないとなりません」

 ジョリスは答えた。

「正式な書面の運搬は閣下にお任せしますが――」

「『閣下』はよしてくれ」

 サズロは手を振った。

「お前にそのように言われては、むずがゆい」

「しかし」

「公的な場は終わった。そうだろう。サレーヒ殿はお前の友人であるし、その若者は……」

「あ、ああ。俺のことは、かまわないで下さい」

 オルフィはそう言うしかなかった。

「俺はウーリナ様のところ、行ってきます。気にかかるのは、本当なんで。あ、変な意味じゃ、ないです」

 ラシアッド王女は、まだ未定も未定とは言え、もしかしたらレヴラールの婚約者候補の位置に戻るかもしれないのだ。「気にかかる」は少々不穏であった。そう思ったオルフィだが、そんなふうに思った者はほかにいなかったようだ。目をぱちくりとさせたり、気づいて苦笑したりしていた。

「すまないな」

 そのなかでジョリスが言ったのは、オルフィを部外者のように追い出すことについてであっただろう。オルフィが気づいて出て行くのであっても、同じことだ。

 だがオルフィとしては――たとえ「ヴィレドーンとして」という立場があっても――当然のことでもある。謝罪に目をしばたたき、もごもごと何か言って、ぺこりと頭を下げると部屋を出て行った。


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