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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.1(1/2)

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01 願わくば

 判らないでは、なかった。

 「オルフィ」には難しくとも、「ヴィレドーン」には理解できた。

 是非については、彼が判断することではない。ラシアッドの王としてラスピーシュが決めたこと。ナイリアンの王としてレヴラールが――レヴラールはいまだに王子だが、実質的には国王も同じだ――決めること。

 感情の方は、よく判らなかった。

 〈はじまりの地〉の奪還、エクールの栄光という言葉に捕らわれて、湖神エク=ヴーの――カナトの力を利用しようとしたロズウィンドに腹が立つ、というのはある。

 ナイリアールを異界化し、人々を恐怖に突き落としたのも許せるとは言えない。死んだ魔術師四人に手を下したのはハサレックでも、それはロズウィンドの指示だ。

 メルエラの守りによって生きていたとは言え、レヴラールを突き落としたことも。オルフィは騎士ではないし、王子を守る義務はないが、それでも「知った顔」だ。知り合いが殺されかけたと思えば怒りも湧くし、単純に「殺す目的で後ろから突き落とすなんて卑怯だ」と思うところもある。

 だが何だか、もう判らなくなった。

 許す、とはとても思えない。しかし幽閉なんて甘い、もっと厳しい罰を与えるべきだとも、思わないようだった。

 もし彼が強く言えば、ラスピーシュは困ったことだろう。新ラシアッド王はオルフィをもナイリアンの代表として、その意見を重く受け止める気でいたようだからだ。

 だが、オルフィは何も言わなかった。何か問われても、判らないと言うようにただ首を振った。

 実際、判らなかった。

 二体の悪魔の掌の上で踊らされていただけ――みんな。

 自分も。

 それでも、選んだことだった。みんな。

 自分も。

 判らなかった。

「――私の話したことは全て、正式な書面にしてお届けする。すぐに作成にかかるつもりだ。ジョリス殿にお渡しすればよいか」

「オードナー閣下がよろしいでしょう」

 彼は答えた。

「何も身内に遠慮するのではありません。公正に考えて、彼が代表ですので」

 言われたサズロは少し戸惑った顔を見せたが、反論はせずにうなずいた。

 そう、その場にはサズロ・オードナーやサレーヒ・ネレストも同席した。ラスピーシュはただひとりのラシアッド代表として、四人のナイリアン人と相向かったのだった。

 これもまた、彼の覚悟を示すものだった。彼らのひとりでもあと少しだけ強欲だったら、何を要求されたか判らない。「国を差し出す」以上の要求はないかもしれないが、個人的に便宜を図るというような話でも上がった可能性はある。

 騎士たち――オルフィを含めた――がそのようなことを言うはずがない、彼らの前ではサズロも言えないだろう、という打算がもしかしたらラスピーシュにはあったかもしれないが、それはそれだ。実際、彼らはほとんどただ聞き、時折質問を挟むだけだった。

 オルフィはこっそり、正式な代表であるサズロはもうちょっと何か言ってもいいのではないかと思ったが、侯爵になったばかりでこんな素っ頓狂な事件に巻き込まれてしまっては仕方ないかとも思った。

 穿ち過ぎかもしれないが、ジョリスの前で馬鹿げたことも口にできないという萎縮だってあったかもしれない。兄弟の複雑な関係をオルフィは知らなかったものの、正直に言ってサズロにはジョリスのような「特別な人だ」という感じを覚えないのだ。

 もっとも、だからこその同情もいくらかあった。

 彼の兄であるというのは、たとえば彼と双刃と呼ばれたハサレックや、ファローの隣のヴィレドーンよりも複雑なことかもしれないと。

「では、そうしよう」

 ラスピーシュもうなずいてそう答えた。

「貴殿らには直接関わりのないことだが、父上の葬礼についても早急に決めなければならない。時間が取られることを了承してもらわなければならないが、こうしたことはやはり、蔑ろにすべきではないから」

 それに苦情を言う者も、やはりいなかった。

 ラシェルードの死は覚悟していたことだと言う。最後に自分が――エズフェムのやったことだが――無理をさせ、まるでとどめを刺したかのようであることも、ラスピーシュは理解しながらこう言っているようだった。

 「悔やまぬ」と。

「ディナズ識士ともお話ししなければならない。カーセスタに直接の被害は出ていないが、私が彼ら識士の間に酷い置き土産をしたからね」

 彼はディナズの暗殺を請け負ったようなものだった。それはカーセスタ国内を混乱させる目論見でもあり、悪魔が湖神を破っていれば推進されたであろうこと。

「彼が無事に帰れば、彼とラシアッドの間で密約ができたと思われるだろうな。こればかりは向こうで処理してもらうほかないが……」

 カーセスタ国内での権力闘争に、ラシアッドはもとよりナイリアンだって口を出せるはずはない。これまでの話によれば、権力欲のある〈義の識士〉が力を強めるようでは危険だが、暗殺計画を知ったディナズも黙ってはいないだろう。

「ディナズ識士は、あれで人望がある。自分の不利になることでも正直に口にしてしまう、よくも悪くも裏のない人でね。交渉ごとには向かないが、個人的に信頼する人間は多く、民にも支持されているようだ」

 彼が他国で死ねばカーセスタは荒れたはずだ。だが戻っても波瀾は必至。

「いままで以上に勝手な申し入れで、これは書面にできない。ただ、願わくば、ナイリアンにはカーセスタとの和平をいま一度確実なものとしてもらえないだろうか」

 カーセスタの混乱に乗じない――武力による侵略などという行為に限らず、交易面でも有利を計らない、有力者と通じて密約もかわさない、どのような点でもカーセスタの国益を損ねないようにと、ラスピーシュの言うのはそうした辺りだった。

「……だが、それは」

 ここでサズロが声を出した。

「さすがに、無理ですか」

 苦笑いを浮かべてラスピーシュは言った。ナイリアンには何の益もないどころか、益を得る機会を失してほしいという話だ。

「いや、私に何か言うことはできない。ただ、いくら何でも」

 サズロはうなった。

「殿下がそこまでお考えになる必要があるのか」

 他国のことだ。暗殺計画に手を貸そうとしたという証拠もない。彼自身が罪悪感からカーセスタによく計らおうとするのならともかく、ナイリアンにまでそうしてほしいなどとは。

「私も聖人面するつもりはない。『全世界を平和に』なんてことは不可能だと知っているさ。ただ、自分が関わったことはできることなら」

 少し間を置いて、彼はそっと続けた。

「きれいにしておきたくてね」

 その言葉に――オルフィは何かを感じ取った。はっとしたように顔を上げたジョリスを見ればどこか気遣わしげな表情を浮かべており、〈白光の騎士〉もまた、同じことを思ったのではないかと感じた。

 だが、それを口にするのは躊躇われた。

「ほかに質問がなければ、これで。もちろん、あとになって気にかかることも出てくるだろう。そうなれば時間や状況を問わず尋ねてくれ。私自身、見落としていることもあるかもしれないから」

 彼の言いようは実に公正で、かつ謙虚だった。サズロならずとも、そこまでしなくてもいいのではないかと思うほどだ。

 陽気で、何やかんやとはぐらかすような、ふざけた答えをしていた紀行家の青年の姿はそこになかった。

(罪人と)

(裁かれていると、感じているのか)


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