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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第4章

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15 単純な話

「私に、決定の権限はない」

 ジョリスは静かに答えた。

「だが言わずばなるまい。ラスピーシュ殿下……陛下とお呼びするのか」

「どちらでも。法律上は署名だけで済むが、慣習としては決められた日……祖先がこの地へやってきた〈はじまりの日〉に継承するものだから」

 それは彼ら――その祖先――にとって、〈はじまりの地〉を追われた日ということにもなった。

「では当座、殿下と」

 騎士はまずそう言った。

「レスダール陛下がみまかられる前、私がその場にいたこと、殿下のご記憶にもあると思われるが」

「確かに、話をしたね。だがその後のことについては、詭弁だと私自身思うが、『そのときは、私はいなかった』と言うしかない」

 レスダール王の命が奪われた「そのとき」と限定するのであれば、ラスピーシュが姿を消したあとだったことは間違いない。

「あのときの慧眼には、本当に、感服した。ほら、私を悪魔だと言っただろう」

 ラスピーシュは皮肉めいた笑みを見せた。

「その通りだった。貴殿と言葉を交わしたのはほとんど私ではなくエズフェムだった。そのようなことは、何の言い訳にもならないが」

 「悪魔に乗っ取られていたのだ」などという説明は、ロズウィンドが「悪魔にそそのかされていたのだ」と同じように、通らない。ラスピーシュはそう言って少し笑った。

「――陛下がみまかられたそのときには、ご不在だった。仰る通りではある」

 ジョリスは、悪魔云々には触れなかった。

「ましてや、あれは人の手でなされる業ではなかった」

 ラスピーシュが手を下したという証拠はない。直前までその場にいたこと、殺害をほのめかしたこと、ナイリアンとしてはそれらで十二分でもあるが、表沙汰にしないことは可能だ。

「無論、ただ見逃してくれとは言わない。ささやかなものだが、我が国の輸出品に関してナイリアンに都合のいいよう取り決めを改めたい。それからもしレヴラール殿が望んでくれるのならウーリナも」

 彼は肩をすくめた。

「はじめは反対だったが……ウーリナ自身がすっかりその気になってしまってな。何、少しばかり」

 ラスピーシュはロズウィンドを見た。

「兄上と喧嘩(・・)をしたようだが、そこは兄上も大人だ。最後は思いとどまった――そうでしょう?」

「ラス……知って……」

「ええ。エズフェムはみんな私に知らせました。その方が私が苦しんで『面白い』と思ったからでしょうね。さすがに、私も、兄上がそこまで(・・・・)ウーリナを傷つけたら、感情的に処刑という手段を採らせてもらったかもしれません」

 またしてもロズウィンドは黙った。

「もっともウーリナのことはナイリアン、或いはレヴラール殿次第だ。もとよりナイリアンとしては、ラシアッドとつながっても大した利はない。よって、こうしたことを提案したい」

 彼は台のところに戻ると、自らの署名が乾いていることを確認して、それを取り上げた。

「レヴラール殿がウーリナを娶るのであれば、ラシアッドの王位は彼に譲る」

 さらりと、夕飯には魚を食べたいとでもいう調子でラスピーシュは言った。これには誰もが驚いた顔をした。

「二国の王を兼任するというのは、各地の歴史を紐解けばそれほど有り得ない話でもないはずだ。識士の助手殿はご存知ではないかな?」

 不意に振られてライノンは泡を食った。

「えっ、あっ、そ、そうですね。間々、あります。オル・アディル王が一時的に南東の小国メンダレイ王を兼任したのは比較的有名だと思います。国王制度ではないですが、ラスカルト地方でもヴァイア領主が他都市の領主の代行をするということがありますね。リンシア地方でも――」

 彼は少し間を置いた。

「あ、これは少し、違いました」

「どれだよ」

 ずっと黙っていたオルフィだが、つい尋ねた。

「いえ、禁術師と呼ばれたドリアーレ王国最後の王がやったのは紛う方なき侵略で、彼に王位を返すつもりはなかったでしょうから」

「成程」

 最初から併合を目論んでいたのであれば、確かに違う話である。

「まあ、これだって隣国は何だかんだと言うだろう。結局、ナイリアンの国力が増すことには変わりない。しかしラシアッド側から差し出すものだという点において、いくらか言い訳は効くはずだ」

「ナイリアンの属国になると。それがお前の解決法なのか、ラスピーシュ」

 そこでロズウィンドは声を出した。

「そうとも言えますね。言葉を濁しても事実は変わらない。ですが兄上は、いますぐラシアッドが攻め滅ぼされても仕方のないだけのことをした。無論、私も荷担した。私の姿勢は言った通りです。私、兄上、ラシアッド王家。これらの名誉も誇りも全て捨てても、ラシアッドの民を守ること」

 身を差し出すしか彼らを守ることはできないのだと、ラスピーシュはそう言った。

「……私を差し出せばいい。それから、多少は交易の不利を呑んでも。だが国ごと与えるなどとは行き過ぎだ」

「そうかもしれません。ですがそれはナイリアン側で決めることです」

 ラスピーシュは首を振った。

「――レヴラール殿下にお伝えしよう」

 ジョリスはそうとだけ答えた。

「ロズウィンド殿の身柄、などということは殿下も仰るまい」

「そうあっていただければ幸い」

「ラスピーシュ。私は」

「兄上は」

 弟は兄に視線を合わせた。

「自身を捨てるつもりでいた。たとえ悪魔に食われようと。名だけでも〈はじまりの地〉を取り返せればそれでよかった。いまも同じことを言おうとしている。ですが私は認めない。兄上には生きてもらいます」

 まっすぐに、ラスピーシュは言った。

「生きてもらいます。悔恨に苛まれようと。屈辱にまみれようと」

「罰、とでも?」

 口の端を上げて兄は問うた。

「いいえ」

 弟は首を振った。

「そうではない。単純な話です。……兄上が死んだらウーリナが哀しむ」

 弟の言葉に、ロズウィンドは絶句した。ラスピーシュは寂しげに笑んでいた。

「クロシア」

 呼ばれた彼らの護衛は、困惑を隠しきれない表情で新王を見た。

「ロズウィンド王兄殿下を特別領へ。リチェリン殿をご案内した、祈りの部屋がいいだろう」

「は、その……」

「ノイ」

 静かに呼ぶとロズウィンドは踵を返した。

「従え。王陛下のご命令だ」

「ロズウィンド、様――」

 逃亡など謀らないと、それはそうした宣言であったのか。ロズウィンドの足取りは堂々としていた。クロシアは面を伏せ、ラスピーシュに最上級の敬礼をしてから、王兄に続いた。

 だがロズウィンドは、王室を去る前に、ふと足を止めた。驚いて、オルフィは彼の横で立ち止まった男を見た。

「湖神は」

 彼は尋ねた。

「どうしている」

「それは、その」

 オルフィは咳払いをした。

「休んでる。力を使い切って、疲れたみたいだ」

「そうか。休んで……」

 かすかにロズウィンドは笑った。それは自嘲にも見えた。

「彼は知っていたのだな。私の二度目の決断が全てを終わらせたことに。ふふ、だが、よかっただろう。もしも私が悪魔の力を捨てて彼の庇護を求めたなら……彼はいまも休めずにいたのだのだろうから」

「あんた」

 湖で対峙したときの静かな迫力は、もうそこにはなかった。毒気の抜かれた、とでも言うのか。それとも、全てを悟った――とでも。

「示した、のかもしれない。湖神は確かに、私に道を。だが私は目を眩ませたまま、それをいいようにねじ曲げた。あの湖で、エク=ヴーの姿を見たときならば、私はまだ……引き返せたのだろうか」

 その声は呟きに近くなり、誰に話しているとも知れなかった。

「湖神や貴殿らの言う通りだったようだ。エクールの栄光を守ったのは貴殿らだな。いや、我々は所詮、駒だった」

 再びオルフィを見てから、彼は首を振った。

「私は、私の望み自体が間違っていたとは思わない。だが、やり方が間違っていたことは、認めなければならないようだ」

 誰も何も言わなかった。

 〈はじまりの地〉の奪還を夢に描いた青年は、絶望も失意もその態度に上せることなく、ただ用のあるから出向くだけだとでもいう調子で、生涯幽閉されることとなった部屋へと自らの足で歩いて行った。


(最終章 vo1.1/2へつづく)


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