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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第4章

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14 傷の少ない方法を

「成程」

 何度目になるか、ニイロドスは言った。

そうさ(アレイス)。気の毒なロズウィンド王子」

 エズフェムはちらりとロズウィンドを見た。

「お前は湖神の力など得ていなかい。妹だけは確かに片鱗があったが、お前のそれは俺が仕込んだもの。それもお前を騙すためですらない、稀に妖力と相性のいい人間がいる、そうした素材だとニイロドスに思わせるため」

 残酷に悪魔は言い放った。

「お前をエクール湖と関わらせていたのは、何の益体もない『血筋』だけ――ということになるな」

 ロズウィンドは何も言わなかった。ただきゅっと拳を握り、顔面から血の気を失わせていた。

「ふうん?」

 ニイロドスが呟く。

「僕は何も知らず、ただ君の指示通りに踊っていた?」

「まあ、それほどでもない。だが悔しいだろ? 負けたと、そう思ってるだろう。なら認めろよ」

 にやにやとエズフェムはニイロドスを指した。

「今回は賭けるものも決めちゃいないし、ただ俺の勝ち数が一回増えるだけのことだ」

「まあ、僕らに名誉なんてないしね。その通り(アレイス)、悔しいだけさ。エズフェム」

 ニイロドスは肩をすくめた。

「いいよ、認めよう。今回は僕の完敗だ。君の駒で遊んでたなんてね。でもこんなやり方は今回限りにしてくれないかな。これじゃ、君と勝負したという気持ちになれない」

「そいつはマーギイド・ロードに言えよ。俺が画策した訳じゃない」

 エズフェムは肩をすくめた。

「仕方ない、潮時だね」

 ニイロドスも同じようにした。

「最後はいろいろ巧くいかなかったけれど、これまで僕も充分楽しんだし、今回はおしまいにしよう。次の勝負についてゆっくり話し合おうじゃない」

「ああ、いいとも。何か面白い題材が見つかるといいな」

「――待て。お前たち。何を」

「さよなら、王子様。あとは自分たちで勝手にやるといい。助言としては、高望みはしない方がいいよって辺りかな。足元をしっかり固めて、地道に生きるんだね」

「散々あおったお前が言っても説得力がないな」

 ははっとエズフェムは笑った。

「まあ、確かに楽しませてもらったさ。俺はもう少しだけつき合ってやってもいい。だが力は貸さないし、口も挟まない。あとはお前ら本来の力だけで乗り切るんだな」

 そんな言葉が最後だった。

 ニイロドスは姿を消し、その瞬間、ロズウィンドは目眩のようなものを感じた。それはラスピーシュも一緒だった。彼らは揃って少しふらつき、それから姿勢を正して――そうできなかった者を見た。

 ガン、と音がして、そのような扱いを受けるべきものではないものが床に転がった。彼らはそれをちらりと見やって、それからぴくりとも動かない彼らの父親を見た。

「もう、死んでいたも同然でした」

 気だるげに、先に声を出したのは弟だった。

「ご存知の通り、内蔵まで酷くやられてしまって、あとは息を引き取るばかりでいた。寝台の上で署名をする力があるかどうかというところをエズフェムが人形のように動かした」

「茶番につき合わせるため、か」

そうですね(アレイス)。王位継承なんて茶番です。でも王国である以上は必要な儀式だ。――さて」

 淡々と、弟は言った。

「どうしましょうか、兄上」

「……ラスピーシュ」

「黙っていたことは詫びます。ですが私なりに出した結論だ」

 そう言うと彼は踵を返した。そして部屋の中央に設置された台に向かうと羽根ペンを取った。

「私は王位を狙っていた訳じゃありません。しかしここまできたからにはそれしかない。悪魔の力を失っては、ラシアッドがナイリアンに勝つ術はない。私たちだけが戦って死ぬならそれもよいでしょうが、民にまでは強要できません」

 言いながら彼は――国王としての署名を済ませた。

「申し訳ありませんが」

 彼はペンを置き、死んだ前王の頭から転がり落ちた王冠のところに歩み寄った。

「私がラシアッド王になります。兄上は国を破滅に導こうとした。エクールの栄光などという、ありもしない幻影に惑わされて」

「ありもしないだと」

 ロズウィンドはラスピーシュをとめようとはせずに、ただ繰り返した。

「ありもしないと、言うか」

「聞いたでしょう。あなたは、私も、最初から悪魔に導かれていたんです。ニイロドスではなくエズフェムでしたが、同じことだ」

 ふう、と彼は息を吐いた。

「目的を持つのが人間……それに力を貸すのが悪魔。ですが、その目的さえ、兄上は作り出されていた」

 苦々しい、声だった。

「ルアムとは、エズフェム。ニイロドスがヴィレドーンや湖神との遊びを再開するだろうと踏んだエズフェムが、東へ去ったエクールの血筋に種を植えて芽吹かせておけば餌になるだろうと判断して」

「――本当に、あれがルアムだったと、言うのか?」

 ぽつりとロズウィンドは呟いた。

「本当に、全てのはじまりが……画策されたものだったと」

「悪魔の遊びに巻き込まれたんですよ、私たちは。逃れる術はなかったかもしれない。災害のようなものです。ですが」

 ラスピーシュは首を振った。

「無関係な者たちを守る術があるのなら、それを採るのが我々の責任でもありましょう」

「悪魔の手を取った私の上だけに天が落ちればよい、ということか」

「私もです、兄上。――私もですよ」

 彼は王冠を拾い上げた。

「王位を望んだ訳じゃない。それでも私がそれを負うしかない。まさかウーリナに任せることもできませんから」

「ではお前の計画では、私はどうなるのか?」

 ロズウィンドはやはり怒るでもなくただ尋ねる。

「処刑。それともナイリアンに引き渡すか」

「それはしたくありません」

 ラスピーシュは王冠を弄んだ。

「ナイリアンに対して『なかったことにしてくれ』なんていうのはいくら何でも図々しい要求ですし、受けてもらえるはずもない。しかし正直なところ、向こうだって面倒に思うでしょう。損害を請求し、ラシアッドから全てを吸い尽くしたって大してうまみはないのに、仮にも一国の力をそれだけ手にすればヴァンディルガやカーセスタがうるさく言ってくる。殊に、カーセスタとうちはつき合いがありますしね」

「どうやらずいぶん、考えたようだな」

「考えました。いちばん傷の少ない方法を模索しています。まずはやはり、何より、ナイリアンに受け入れてもらわなくてはならないので――」

 ラスピーシュは扉の方を指し示した。

「いかがかな、〈白光の騎士〉殿。この上なく勝手な言い草であることは承知しているが、ラシアッドはこのたびの出来事を第一王子、いえ、王兄ロズウィンドの暴走であったとし、国として関与はしていないとしたい」

 ジョリス、オルフィ、そして居心地悪そうにうつむいているライノンが、そこにいた。

「だがその責任は取る。ロズウィンドからは王位継承権の剥奪と、そして」

 彼は唇を噛んだ。

「生涯の幽閉」

 ロズウィンドは黙って聞いていた。

「どうかここは、兄弟の情に免じて」


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