表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

492/520

13 駒

「覚えていてくれたかい、王子様」

 ラスピーシュであるはずの男はにやりと笑った。それはちょっとした悪戯が成功したときに見せる、懐かしい兄貴分のそれだった。

「もちろん、そうだろう。俺の話した通りに、エクール湖に執着してはナイリアンを乗っ取ろうとした。俺は訊いたよな、仇討ちなのかと。お前はきっかけのひとつにすぎないと答えたが、最初のきっかけがなければほかのどんな働きかけもお前の心を掴むことはなかった」

 男は肩をすくめた。

「――ルアムは、死んだ」

 予想だにしない状況を前に、ロズウィンドはしかし我を忘れなかった。

「その幻影で惑わそうというのは、しかし、ラスピーシュらしくはない。彼に可能か不可能かは別として」

 ロズウィンドは唇を結んだ。

「彼を騙り、我が弟を騙るなど、許されることではない。何者だ。魔術師か。それとも」

「は、はは」

 男は笑った。

「判らないかな。だがお前は手がかりを持っている。全く違う意味だったとは言え、何も知らないお前たちの父親より、お前が愚かだということもないだろう?」

「父上……?」

 先ほどからずっと黙ったままの王は、しかし驚いた顔などしていなかった。彼はその場で、まるで彫像になったかのようにぴくりとも動かなくなっていたのだ。

「口を挟まれては面倒だからな、静かになってもらった。何、案じずとも生きている。前王としての署名は済んだのだからもう不要だが、平和裡に行きたいところさからな」

「署名。平和裡。戯けたことを」

 ロズウィンドは首を振った。

「ノイ。これはラスピーシュではない。捕らえよ」

「は――」

「下らない」

 ぱちんと男は指を弾いた。クロシアは目を見開き、その状態で、ラシェルードと同じように固まった。

「捕らえる。投獄する。俺を? はは、つまらない冗談を言うんじゃない、ロズウィンド。お前は俺をかばってくれたじゃないか。有り得ない冤罪だと。処刑など断じて行ってはならないと。あのときは哀れなくらい必死だったな」

「口をつぐめ。ルアムのふりなどよせ。お前がルアムであるはずはない」

「確かに」

 男は肩をすくめた。

「その名前は本当のものじゃない。この身体でもなかった」

 気軽な調子で奇怪なことを言うと、男の顔は再び、ラシアッド第二王子の者に戻った。

「だが、俺なんだよ。お前にルアムと呼ばれ、兄のように懐かれながら、お前の血筋の根源を教えて〈はじまりの地〉奪還という夢想の種を植え込んだのは」

「何、を……」

俺が先(・・・)だった(・・・)

 くすりと男は――それ(・・)は笑った。かと思うと、視線をロズウィンドから逸らして少し上に向ける。

「どうだ? 少しは概要が掴めたか? 聞いているのだろう、姿を見せろ、ニイロドス」

「――どういう、ことなのかな」

 すうっと青年の姿をした悪魔が現れた。それはいままで彼らの前に見せていた美しい青年の顔のままだったが、いささか雰囲気が違った。与えられた損傷の結果として、まるで「憔悴した」という風情であった。

エズフェム(・・・・・)、だね?」

その通り(アレイス)

 ラスピーシュの顔をした男――生き物はにやりとした。

「完全に、油断をしていただろう。お前との勝負に敗れて、俺は消滅したと。だが生憎だったな、俺たちの勝負を見物して楽しんでいたのは何も獄界の女神ドリッド・ルーだけじゃなかった。死神たるマーギイド・ロードも密かなる観戦者だったようでな」

「人間に比べたら滅多に味わうことのできない悪魔をただ食べてしまうより、盤上に戻してまた遊戯を続けさせようとした、ということか」

正解だ(レグル)

 第二王子、否、ニイロドスの好敵手として消滅したはずの悪魔エズフェムは手を叩いた。

「そして盤上と言うのもこの上なく適切な表現だ。俺とお前は人間を駒にして遊んできたが、いまは俺たちがドリッド・ルーとマーギイド・ロードの駒として遊ばれている」

「――は」

 ニイロドスは唇を歪めた。

「成程ね。ずいぶんと気前がいいと思ったんだ。道理で、質のいい魔業石やらバームエームの種やらをくれたりするはずだ」

「それが俺に対抗するため……させるため、とまでは思い至らなかったか」

「ふうん。ドリッド・ルーは知ってたんだ」

「そういうこった。ドリッド・ルーはお前にいろいろな助力をする代わり、俺の存在を洩らさない。マーギイド・ロードとそういう取り決めをしたんだ。俺の方はろくに力も使えなくて不利だからな」

「成程ね」

 ニイロドスはまた言った。

「それで、この不意打ちか。でもそれはラスピーシュの肉体だろう。その辺りの説明を少し聞いても、いいかな?」

「いいとも」

 エズフェムは肩をすくめた。

「俺が不利だと言ったのはこれ(・・)も含めてだ。何しろ、人間の身体。ろくな力は出せないわ、跳ぶにも重いわ……」

ラスピー(・・・・)シュはどう(・・・・・)したんだ(・・・・)

 そこで、ロズウィンドが声を出した。

「お前たちの……悪魔の、獄界の遊戯、賭けごと遊び、何と言ってもいい。そうしたものが影で存在した、それは判った」

「ほう?」

 片眉を上げてエズフェムはロズウィンドを見た。

「これだけのやり取りで理解し、なおかつ受け入れるとは、人間にしてはなかなか賢い上、度量もあるな。さすが、俺が見込んだだけはある」

「黙れ」

 ロズウィンドは手を振った。

「ラスピーシュをどうした。私はそれを訊いている」

「少し教育がなってなかったんじゃないか、ニイロドス」

 眉根をひそめてエズフェムは言った。

「たかが人間が、俺たちにこんな口を利くなんて」

「弟の安否を気遣ってるのさ。いい兄さんじゃないか」

 ニイロドスは嘯いた。

「僕も聞きたいね、エズフェム。どうやって人間の皮を被っていた?」

「なぁに、大したことじゃない。言っておくが、ロズウィンド。俺は別にお前の弟を乗っ取った訳じゃない。さっきも言ったろう、約束したのさ」

「ラスピーシュも……悪魔と契約をしていたと……?」

「契約じゃない、約束だと言っている」

 首を振ってエズフェムは繰り返した。

「血の契約を交わせば、それは破れない。だが約束は、破れる。俺はそっちの葛藤を見る方が好きでね」

 約束を破れは自分の願いは叶わないが、命は助かる。そこで苦しみ悩む姿が大好物だとエズフェムは言い放った。

「まあそのせいで、前回はニイロドスに負けたんだが」

「全てを賭けた真剣勝負で、遊びが過ぎたね」

「こればっかりは言い返せないな」

 ニイロドスの揶揄にエズフェムは口の端を上げた。

「そう、約束だった。ニイロドス、お前はあの人間を利用しただろう? ハサレックのことだ」

「死の瀬戸際で、彼を助けてやったこと?」

「ああ。それと同じでね」

「何……」

 ロズウィンドは目を細めた。示唆されることに気づいたからだ。

「この身体の持ち主は、旅の途上で山賊(イネファ)に襲われてね。腕に覚えはあったんだろうが、ああいう連中は卑怯でえげつないもんだ。まあ、俺たちが言うことじゃないが」

 悪魔は肩をすくめた。

「一緒にいた隊商ともども、殺されて身ぐるみを剥がれて谷底に落とされるところだったのを救ってやった。何しろ歴史学を教えてやった仲だからな」

 簡単にエズフェムは話した。

「そして約束を持ちかけた。助けてやる代わりに兄貴を裏切れとな。だが兄貴思いなのは出鱈目じゃなかったようで、そうしなきゃ死ぬってのに簡単には応じなかった。しかしこのままロズウィンドがことを進めればラシアッドがどうなるか教えてやれば、これは故国を取ったという訳」

 もっとも、と悪魔は続けた。

「親愛なる兄上殿のことは殺さないというのが条件。は、悪魔に助けてもらうのに条件をつける人間なんてそういない。その辺りも、俺は面白く思ったさ。こいつを選んだのは大正解だった」

「ようやく、判ったようだよ」

 ニイロドスは肩をすくめた。

「君がラスピーシュのふりをしていたのでもない、紛う方なき人間のラスピーシュだったからこそ、僕は気づかなかったということか。まあ、もしも疑ってかかれば判っただろう。これは僕の怠慢だな、仕方ない」

 しくじりを認める、とニイロドスは手を振った。

「やれやれ。対抗者を湖神だけと見て、のうのうとナイリアールで遊んでいるところを突かれたとはね。でもどうしてだい、戴冠と署名を終えて『上がり』に着く前に僕を待っていたのは」

「俺の勝ちが決まったあとにお喋りをしたってお前が面白くないだろう? いまはまだ、逆転方法を考えてる。だが決まり上、俺たち自身は殺し合えない。つまり俺がラスピーシュと同化している内はこれを殺せない。国王を殺しても意味はない。こっちの署名は済んでいるからな」

 どうだと言うようにエズフェムはにやにやした。

「第二王子が選ばれていたという話はもう城の外にまで伝わっている。人望はロズウィンドの方が上だが、ラスピーシュについて甘い汁を吸おうとする人間も当然いるな」

 国は二分するとエズフェムは言った。

「そんな状態ではナイリアン征服も困難だろう。膝元の意見が割れているようでは諸外国に出す予定の『正当なる奪還だ』という切り札も弱くなる。その辺も考えてやらないとな」

「人間界のことなんて知らないよ」

 ひらひらとニイロドスは手を振った。

「僕は新生ラシアッドの平定にまで手を貸す約束じゃない。彼が王手をかけたらそこでおしまい」

「だが、いま王手をかけてるのは俺だ」

 エズフェムは「彼らの駒の勝負」と「駒としての彼らの勝負」を一緒くたにした言い方をした。

「さっきので通じなかったんならもう一度言うが」

 髪をかき上げて、エズフェムはにやりとニイロドスと、そしてロズウィンドを見る。

「そいつは――ロズウィンドは俺が用意した駒だった。お前はそれを知らず、中途半端に終わった昔の遊びを再開するのにちょうどいいと思ってまんまとそれを拾った。ちょうどよくて当然さ。俺が仕込んでおいたんだから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ