07 すまないが忙しい
「おや、これはこれは。勢揃いで何よりだ」
彼ら三人を認めてにっこりと笑みを浮かべたのは、ラシアッド第二王子ラスピーシュであった。
「王子殿下」
〈赤銅の騎士〉はそれでも礼節を保って、立ち上がると礼をした。サズロとディナズも、王子に相応しいだけの挨拶をする。怪しんでいてもいきなり敵意を見せるのが得策ではないくらいは、さすがのディナズも思うようだった。
「いいところにいてくれた。ちょうど貴殿らに話があったところだ」
「――お話とは、どのような?」
少し躊躇いがあったが、サレーヒが問い返した。本来ならばサズロの後ろに控え、侯爵や識士が王子とやり取りするのを聞いている立場だからだ。しかし経験の少ないサズロや、世間擦れしていないディナズに任せるよりは、自分が分を超えた方がよさそうだと判断した。
「大事なことだ」
王子は、「護衛とは話せない」
などとは言わず、サレーヒに向かい合った。
「サズロ殿、ディナズ殿には少々ご不便をおかけするが」
にっこりと彼は笑んだ。
「ことが落ち着くまで、今後一切、外部との接触は禁じさせていただく」
「何……」
「ふざけたことを」
サズロは困惑し、ディナズは鼻を鳴らした。
「ラシアッドにそのような権利はない、と?」
「こうしてのこのこと足を踏み入れておる以上は、権利があるのないのと言っても無意味」
ディナズは手を振った。
「ただ『ふざけたこと』だと言った。私は望みはせぬが、それでもカーセスタの代表だ。納得できる理由もなくそのような宣言を受け入れられるはずもない」
「では、納得できればよろしいか?」
ラスピーシュは首をかしげた。
「〈仁の識士〉ディナズ殿が使者に立てられた理由について、貴殿らはお話し中だったかな」
「それは」
「何も隠すことでもない」
返答を躊躇ったサレーヒに、ディナズは手を振った。
「ラスピーシュ殿下もご存知だ。識士などと賢人のように言われても、その実体はナイリアンの騎士のような特別な存在とは違う。むしろどこにでもいる、自らの権力や金ばかり欲する下世話な野心家だ」
「貴殿にそうしたところはなさそうだが、だからこそ疎まれるのであろうな」
歯に衣着せず、ラスピーシュは肩をすくめた。
「話題に上がったかどうか判らないが、こちらももう隠すことはないから話をしよう。カーセスタの『演習』の件」
彼は指を一本立てた。
「あれは本来、ナイリアンよりもカーセスタを混乱に導くものでね。演習を許可した、いや、積極的に計画した〈義の識士〉の決断はあまりに短慮だったと国内でも問題になっているはずだ」
その言葉をディナズは否定しなかった。
「しかし、彼の目的がはっきりしないと思われている。でも実は、とても簡単なんだ」
ラシアッド第二王子はにっこりとした。
「私が、言ったんだ。そうすれば、〈義の識士〉殿の目の上のたんこぶである〈仁の識士〉殿をラシアッドで始末してあげるって」
その言葉に当のディナズは顔をしかめ、サレーヒは躊躇ったが、サズロがうなずくのを確認してから少し前に出た。
「おっと、待ってくれ。本当にそうするとは言っていない。いや、正直に言うなら兄上は考えていた。ナイリアンの使者殿にカーセスタの使者殿を傷つけてもらうこと……実際にやらなくたっていい、そういうことにして両国の間に溝を作り、それぞれに恩を売るやり方」
「それぞれ、とは」
ディナズが問うた。
「私がいなくなれば、成程、あやつの得になる。だが〈赤銅の騎士〉殿や侯爵閣下がいなくなって得をする者がナイリアンにいるのかね」
「何でも、サズロ殿は弟君と不仲であるとか?」
くすっと笑ってラスピーシュが言えば、サズロははっとした顔をした。
「まさか……」
「ふざけたことを」
今度はサレーヒがそう言った。
「閣下。私が、騎士の名誉にかけて誓います。ジョリス殿は閣下を兄上としてとても大事に思っている。もとより、彼がそのような男ではないこと、私よりもサズロ殿がよくご存知のはず」
真摯に騎士は言った。
「そう、だな」
サレーヒと視線を合わせずにサズロは相槌を打った。
「無論、だ」
「『いっそ、ちょっとした行き違いで兄の殺害を目論むような男であれば楽であったのに』というところかな」
ラスピーシュは肩をすくめた。
「できのいい兄弟を持つ苦労については、私も少しばかり判るつもりだよ。私は弟だから、まだいいが」
少し笑ってロズウィンドの弟は言い、ジョリスの兄はただ黙っていた。
「いまのは『そうした展開になることも有り得た』という話だ。私がいまそんなことを考えて実行しようとしているなら、言うはずがないだろう」
もっとも、とラスピーシュは肩をすくめた。
「兄上の計画のなかには、あったことだった」
淡々と、重要な言葉が発された。
誰も何も返さなかった。
その真偽についても。
彼が「兄の計画」を過去のものとして語ったことにも。
「さて、すまないが忙しいんだ。本題に入ろう」
ぱんと手を叩いてラスピーシュは雰囲気を変えようとした。
「これから、戴冠式がある」
「は……」
これにはサレーヒも目をしばたたいた。
「無論、オードナー閣下はそのご招待にあずかられて」
状況はどうあれ、それは事実だ。
「いやいや、そうじゃないんだ」
ラスピーシュは手を振った。
「予定は少々、変わった」
「日時が変わったというような、ことでしょうか?」
いますぐ執り行うとでも言うのだろうか。そんなふうに思ってサレーヒは問うた。だからと言って外部との接触を断つなどとは異常であり、呑めるはずはなかったが、応じようと応じまいとラシアッドの地でラシアッド王子が決断したなら結果は同じだ。
「それもある」
ラスピーシュはうなずいた。
「でもそれだけじゃない。実はね」
彼は両手を拡げた。そこには楽しげな笑みが浮かんでいた。
続いた言葉は、思いがけないものだった。
「ラシアッド新王として戴冠するのは兄上ではなく――私ということになったんだ」




