05 助言者となってくれ
「その国王らしくない短慮にも、悪魔の働きかけがあったのだろうと。それが彼女の言だった。曾祖父も彼女も、そしてかの『裏切りの騎士』ヴィレドーンもみな、悪魔の掌の上で踊らされたにすぎんのだと」
その言葉にオルフィは顔を上げた。驚いたことにと言うのか、レヴラールはまっすぐにオルフィを見ていた。
「え」
「メルエラと名乗った神子は、言っていた。どうかヴィレドーンの罪を赦してほしいと。だが、たとえ裏に何があったところで国王の暗殺者を無罪にはできん」
「当然の、ことかと……」
どうにかオルフィは、そうとだけ言った。
「もっともヴィレドーンは死んだ」
オルフィを見たままでレヴラールは続けた。
「仮に、たとえ話として、何らかの助けがあって生きていたところで」
その視線は彼から離れない。
「生きていればもう六十歳近くになるはずだな」
オルフィは何を言えばいいのか判らなかった。
「裏切りの騎士と国中に罵られ続けたことで、彼の贖罪はもう済んでいると俺は考える。公的に赦すことはまかり成らないが、仮に、その生存や居場所が今更明らかになったところで捕らえて罰する必要はないと」
王子の視線は、やはり一瞬たりとも、オルフィから離れなかった。
「レヴラール……殿下」
知っているのだ。そう思わざるを得なかった。メルエラが伝えたのか。レヴラールがヴィレドーンを――オルフィを赦すと信じて。
「俺の方こそ、曾祖父の行いをエクールの民に謝罪せねばならん。公的にできるかどうかは、生憎と俺ひとりでは決められんが、賛同してもらえるよう――」
「……いえ」
オルフィは首を振った。
「充分です。そのように、言っていただけただけで」
彼が――オルフィでもヴィレドーンでも――エクールの民を代表するというのもおかしな話だ。だが長も、ほかの者も、カナトでも同じように言うだろう。公的な謝罪など欲さない。
「そう、か」
レヴラールは少しすっきりしない顔だった。彼としては公的な謝罪をしないというのは責任を逃れている気持ちになるのだろう。
「貴殿の活躍についてはジョリスから聞いた。望まぬやもしれんが、落ち着いたら褒賞を与えたい」
「いやっ、とんでもない」
慌ててオルフィは手を振った。「ヴィレドーン」だと気づかれているはずなのに、そこまでされては。
「これは譲れん。必要なのだ。そうした象徴がな。無論、〈白光の騎士〉を初めとする騎士たちが街を守ったというのも期待される形だが、貴殿のようなただの若者が活躍したというのは明るい話題になるだろう」
それがレヴラールの主張だった。
「受けておけよ」
シレキが彼を小突く。
「……判った」
オルフィはうなずいた。
(俺が受けるべきではない名誉を受けるのも)
(また――贖罪だな)
その考えは、彼は知らぬことながら、ジョリスのものと同じだった。ハサレックだと気づいたためとは言え、黒騎士に敗れたことが事実であるのに、黒騎士を退治したという名誉を受けると決めたときに〈白光の騎士〉が考えたことと。
「ラシアッドの状況は心配だ。何よりまず、サレーヒとサズロ殿のことだが」
「魔術師でも雇って連れ戻すのがいちばんじゃないですかね?」
シレキが言ったが、レヴラールは渋面を作った。
「やるとしても、至急戻るように書を送る程度だな。彼らの足でラシアッドを出るべきだ。監禁でもされていれば別だが……」
「俺は地下牢に放り込まれました。騎士様と侯爵閣下だからやらないとは限りませんぜ」
「そのときは正式な抗議の上で、解放を断れば魔術の使用も辞さないとする」
「はあ。面倒臭いですなあ」
「全くだ」
王子は同意した。
「正直なところ……戦になれば、ナイリアンがラシアッドを滅ぼすのは容易だ。だからこそロズウィンドは悪魔や湖神の力を得ようとした。最初から突き落とす気でいたとも思えないが、俺を殺すことは早期の目的でもあっただろう」
「混乱の隙に乗っ取る。本当にそんなこと、できると思ってたんすかねえ」
「ニイロドスが本気で手を貸せば、たいていのことは可能だったはずだ」
オルフィは言った。
「あいつは退いたけど、完全に手を引いた訳じゃない。殿下、サレーヒ様とオードナー閣下には急ぎ、連絡を取った方がいいと思います」
「そうだな。オルフィ殿」
「は、はい?」
「ジョリス共々、しばし俺の助言者となってくれ」
「へっ?」
オルフィは素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
「一時的なものだ」
「ジョ、ジョリス様だけで充分、十二分でしょう」
「あやつにはほかにも仕事がある」
「ま、まあ、そうでしょうけど」
「さぼるなよ」
シレキがにやりと言った。
「お前は当事者だ。これ以上ないくらいにな。最後まで責任を果たせ」
「……そう言われちゃ、な」
仕方ないかと彼は息を吐いた。
「判りました、殿下。助言なんてのはいくら何でもおこがましいんで、俺の思うところを率直に述べます。その上で、考えて、ご決断を」
「無論、そのつもりだ」
レヴラールはうなずいた。
「では早速だが、きてほしい」
「カナトのことは俺が見ておく。心配しないでお仕事に励んできな」
「判った、判ったよ」
何だか既視感があるな、とオルフィは思った。
(ああ、そうか)
(気を失ったカナトをおっさんに任せて、長老に会いに行ったんだっけ)
あのときは自分のこともカナトのことも知らなかった。
少しだけ、懐かしい。
だが、いまやこれが「自分」だ。そしてカナトが「何」であっても、友だ。
そしてこのまま、先へ進む。
まだ終わらぬ道を。
(元とは言え、騎士としてできることを)
レヴラールに意見を述べるという、この「任」だけではない、何かほかにもっと自分が、いまの自分ができることはないか、真剣に彼は考えはじめた。
「あ、あのっ」
そのとき、不意に聞こえたひっくり返ったような声に、オルフィは振り向いた。
「あんた」
そして目をぱちくりとさせる。つい先ほどシレキと彼のことを話していた。
必要ならばやってくるだろうと。
「どうしたんだ、ライノン」
「何者だ」
レヴラールはややうんざりしたように問うた。
「また侵入者か。もう勘弁してくれ」
「すすすすみません。し、侵入とかそういうつもりじゃ、なくて」
「ああ、いい、いい。あんたがどうとかじゃない。殿下は魔術師やら悪魔とそのお仲間たちの無体な侵入が繰り返されたことにお疲れなんだ」
オルフィはぽんとライノンの肩を叩いた。
「いろいろ、助かった。まだ落ち着いて礼を言える段階じゃないが……」
「そ、それです」
ぐっとめがねの青年は身体の前で両拳を握った。
「すぐ、僕と一緒にきて下さい。ジョリスさんも」
「は?」
オルフィはまた目をしばたたく。
「ジョリス様と? どこへ――」
「スイリエです」
「何だって?」
ラシアッドの首都。おそらくは王城という意味か。
「どうして、また」
「何だか、一気にいろんなことが片づいてしまったみたいなんです」
戸惑い気味にライノンは言ったが、オルフィやレヴラールの方が戸惑うというものだ。
「とにかくきて下さい。ラスピーシュさんが」
「あいつが?」
「その」
青年は少し言いにくそうにした。
「ロズウィンドさんの……処遇について、おふたりに相談がある、と」




