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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第1話 託されし運命 第4章

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05 導師

「ですが逆に、いいものを呼ぶために言霊を呼ぶ……はっきり口にするというやり方もあります。それが先ほどの『誓い』のようなもの」

「そっちは、まあ、判るんだ」

 オルフィはうなずいた。

「その、オルフィが『何となく判る』というものを魔術師たちは重視するのだと思って下さい。サクレン導師ももしかしたら何かと判りにくい言い方をするかもしれませんけれど、それはもったいぶっているのではなくて言霊の影響を怖れるからなんです」

「正直、いまひとつぴんとこない」

 でも、と彼は続けた。

「なるべく理解するように努めるよ」

「有難うございます」

 カナトはぺこりと頭を下げた。

「んで? 何だっけ。俺はどういうことを言ったって言うの?」

「え?……ああ、はい。つまりオルフィは、あらかじめ僕が『オルフィの味方をする』と口にすることで、もしオルフィが間違っていたとしても反論しづらくなるのでは、と案じてくれたのですか、と」

「それはまさしくその通りだよ」

 若者は言って、苦笑した。

(別にカナトは何にもおかしなことを言ってない)

(ただ、言い方が小難しいだけか)

 どうやら当人はそれを自覚していない。サクレン導師はもとより、ミュロンもこうした言い方で理解するのだろう。

(もしかしたらカナトには、俺がよっぽど馬鹿に見えてるかもな)

(……まあ、特別に勉強してないって意味では、間違いなく馬鹿だが)

(でも世の中には俺みたいなのの方が多いんだってことは、教えた方がいいかも)

 意図的に「小難しい言い方」をするのも場合によってはいい手だが、それしか知らないというのは問題があるかもしれない、などとオルフィは思った。単に通じなくても困るし、「難しいことを言ってこっちを馬鹿にしている」などと解釈する手合いもいるからだ。

 そうして話をする内に、彼らは再び魔術師協会の建物の前に立った。

 北向きの扉の前には影が落ちていて、「魔術師協会」という名称が持つ陰鬱な雰囲気――印象をいや増すようだった。

「それじゃ、行きましょう」

「ああ」

 オルフィはうなずき、それから目をしばたたいた。

「……えっ!?」

「あ、協会の奥に入るには、黒ローブを着用しないといけないんです」

 茶色いローブをいつの間にか黒いものに替えて――見せて、或いは戻して、と言ったろうか――魔術師は言った。

「先ほどは導師がいらっしゃるか判りませんでしたけれど、いまは奥に入ることが確定していますから」

「へええ」

 オルフィはじろじろとカナトを見た。

「雰囲気、変わるもんだなあ」

 見慣れ出した茶色ではなく、黒いローブを身にまとった少年は、いかにも魔術師然としていた。幼い顔立ちも不思議と神秘的に見える。

「そんなに見ないで下さいよ」

 照れたように少年は言った。その様子はいつものカナトと変わらない。

「僕についてきて下さい。奥の部屋に案内するまでは僕がします。でも話をするのはみんなオルフィに任せますね」

「おう」

 若者はうなずいた。

「有難うな」

「え?」

「あの人のことを言わないでいいように、ってことだろ」

「オルフィに決める権利がありますから」

 言いようは固いが、そこにあるのはもう見慣れ出したいつもの笑顔だ。判ったとオルフィも笑顔を返した。

 協会の内部は朝に訪れたときと変わらなかった。静かで薄暗く、重苦しい感じ。

(朝一番だったせいかと思ったけど、そんなこともないんだな)

 北の窓からは大して日が入らないというのに、わざわざ掛け布までしてある。外から様子がうかがえないせいもあって、ちょっとした好奇心では入りにくい。もっとも、「ちょっとした好奇心」で魔術師協会に足を踏み入れようという者もまずいないし、もしもそれだけ好奇心が旺盛ならば、掛け布の一枚や二枚は頓着しないだろうが。

 オルフィはもちろん、好奇心でやってきたのではない。カナトがいなければ、協会のことを思いついたとしても躊躇しただろう。気合いを入れてやってきたところで上手な説明ができず、導師に話を聞いてもらう段階にまで至れたかどうか。

 入り口にいて訪問者の話を聞く役割にあるらしい見知らぬ魔術師とカナトが朝と同じように話をしている。オルフィは一歩引いてそれを見るともなしに見ていた。カナトが振り向き、オルフィを手招く。うなずいて彼は従った。

 入り口にある部屋も陰気で薄暗く感じたが、奥の扉の向こうはますます怪しい感じがした。

 と言うのも、扉を閉めると一切の物音が遮断されたかのようにしん(・・)としたからだ。

 長い廊下には窓ひとつなかったが、不思議と明るい。いや、不思議ではないだろう。魔術の灯だ。

(魔術師協会、なんだな)

 今更のように思うと、オルフィはごくりと生唾を飲み込んだ。

「こっちです」

 よく知るカナトの声さえ奇妙に響いて感じる。

(気のせい、気のせい)

 オルフィはそっと厄除けの印を切った。

 少年魔術師は幾つもの扉が並ぶ廊下を抜け、狭い階段に彼を案内した。

「通常、協会へ相談にやってきた人は、入ってすぐの小部屋で待ってもらうんです。そこに適切と思われる術師や導師が向かって話を聞きます。でも今回は特別に導師の部屋へ行くよう言われました」

「それはカナトが導師を知ってるからだろ?」

「でも僕の依頼ではないですから、これは少々異例だと思います」

「異例ってのは、まさかと思うけど」

 オルフィは片手を上げた。

「俺の話に、導師が何か心当たりがある、とか?」

「それはちょっと判りかねます」

 カナトは当然の答えを寄越した。

(何だか思ったより広い建物だな)

 階段をふたつ昇り、うねうねと廊下を曲がりながらオルフィは意外に思った。

(これも魔術か?)

 もっとも、実際のところはそれは的外れであった。入り口は狭いが奥に行けば広くなる建物だというだけであって、たとえ意図してそう建てられたのだとしても、魔術ではない。

 少年魔術師が足をとめる。左腕に包帯を巻いた若者は、その隣でとまると深呼吸をする。

「サクレン導師。カナトです」

「お入りなさい」

 返ってきた声にオルフィは目をぱちくりとさせた。

「失礼します」

 カナトが扉をくぐるのに、慌てて彼はついていく。

「ご無沙汰しておりました、サクレン導師」

「久しぶりね、カナト。元気そうで何よりだわ」

 四十から五十歳ほどだろうか。白髪混じりの優しそうな女性が部屋の奥で微笑んでいた。「魔術師」なんて男ばかりだと何となく思っていたオルフィは目を白黒させる。

「大きくなったわね」

「あの頃はまだ十になるならずでしたから」

「ミュロン先生はお元気?」

「はい、ご健勝でおいでです」

「それはよかったわ。でもお年でいらっしゃるから、ご無理させないようにね」

「はい」

 何とも普通のやり取りに、オルフィは却って驚いた。

(魔術の導師なんて言うから、もっと)

(何て言うか、おどろおどろしい感じを想像してた)

「あなたがオルフィね」

「は、はいっ」

 オルフィは思わず姿勢を正して返事をした。

「そこにかけなさい。カナトも」

 客椅子が示される。うなずいてオルフィは言われた通りにした。サクレンも奥の椅子から立ち上がり、彼らの前に着席する。

「カナトからは、あなたが呪いに悩まされているようだとだけ聞いているわ」

 その視線がちらりとオルフィの包帯に向いた。導師もまた、そこから発する魔力を感じ取ったのだろう。

「詳しく聞かせてもらえるかしら」

「……はい」

 オルフィはサクレンに視線を合わせ、話をはじめた。


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