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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第3章

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06 どうか本心を

 四人の騎士たちは、務めを果たすべく東西南北の「杭」の傍で剣を振るっていた。

 化け物となったかつての人間たちは、圧倒的な腕力で彼らを翻弄し、苦戦させていた。騎士たちは技術や速度で上回っても、一撃で吹っ飛ばされるようではなかなか飛び込めない。命を惜しむ者は――よくも悪くも――いなかったが、倒したあとにこそ務めがある。各二名の兵を連れていたとは言え、差し違えてもという訳にはいかなかった。

 時間には余裕があったはずだった。〈白光の騎士〉はそう判断したし、彼ら自身も十二分と考えていた。しかし予想以上に敵は手強く、かつ、まとわりつくような空気が彼らにまるでのしかかるかのようで、本来の速さを出し切れずにもいた。

 だが、どんな悪条件であろうとやらなければならない。彼らはそれを知っていたし、実際、少しずつ押してもいった。

 最初に撃破したのは、熟練のノイシャンタだった。彼は息を整えながら左腕に負った傷の痛みに顔をしかめ、鐘を待った。

 中堅のシザードも苦戦したが、どうにかとどめを刺し、一度地面に強く打ち付けられたためにくらくらする頭を押さえながら、やはり待った。

 マロナとパニアウッドは、厳しい戦いをしていた。敵の攻撃範囲が予想よりも広かったため早い内に負傷をし、防戦一方になったのだ。

 それでも、ナイリアンのために、人々のために、負ける訳にはいかないと。その意志が彼らを高揚させ、何度も斬り込ませた。繰り返す内に向こうも弱り、あと少しというときだった。

 無情にも鐘が鳴ったのは。

 ゴーン、ゴーン。

 正午の鐘の音に、ふたりが焦らない訳にはいかなかっただろう。

 マロナは最後の賭けに飛び出した。これが杭を移動させるための戦いであり、死んでしまえば任を果たすことは不可能だ。そのことは判っていたが、いま彼にできるのは致命傷を負ったとしてもそのあと十数秒程度でいいから何とか保って、杭を倒してから死ぬこと。

 パニアウッドもまた飛び出した。まるで鐘が「走れ」の合図であったかのように、強く地面を蹴って。この場を任された責任。それを果たすために、何としても。

 どちらも危険な選択であった。しかしそれしかなかった。

 だが――何かが変わった。

「ぐ、ぐぐぐ……」

 化け物となった男たちは苦しげにうめき出したのだ。結果、彼らのどちらも反撃を食らうことなくそれを退けると、間を置かずに杭に突進した。

(何だったのだ?)

(鐘が……鳴った途端)

 神殿の鐘が聖なるもので、それが獄界の影響を強く受けた彼らに作用したのか。とっさに考えられるのはそれくらいだったが、いまは考察している暇はなかった。

 もっとも、鐘が鳴り渡って奇妙な空気が晴れ出したということもない。漠然と彼らが覚えたのは「何かが手を貸してくれた」という、神秘的とも言える感覚だった。

 そして、四本の杭は無事、四人の騎士の手によって倒された。

 そのあとに起こることは誰にも判らなかった。だが少なくとも彼ら――ナイリアン人、及びナイリアール住民――にとっては、解決に向かうはずだと彼らは信じた。

 事実、外にいた者たちはみな、重苦しい空気が少し軽くなったのを感じた。そしてあちこちで当てもなくさまよい歩いていた影もすうっと消え失せた――見えなくなったのだが、人々はもう安心という顔はしていなかった。

 まだ街の空気は淀んでいて、酷く不安感を誘う。

 それに、太陽(リィキア)の姿も見えないまま。

 少なくとも影が消えたことでよい方に向かっているとは取れるのだが、冷静にそうしたことを把握できた者はほとんどいなかった。

 ただひとりを除いて。

「――鐘の音に」

 すらりと細剣を抜いて、彼は呟いた。

「特殊な波動が乗っていた」

 彼に魔力はない。どんな「不思議な力」もない。彼に可能なのはほかの人間にも可能なことだ。ただ、もし能力の優劣を数値で表すことができるとしたら、彼のそれは尋常でないほど高いことになっただろうが。

 だがこのときは、勘が冴えていたとでも言うのだろうか。普段感じないものを感じた。そのように思った。

 或いは、彼の右腕にある青い籠手の力であるのか。

 「中心」に赴く前に、ジョリス・オードナーは少し迷ってから、騎士の制服を脱ぐことにしていた。

 〈白光の騎士〉の制服はとても目立つ。普段はそれでかまわない――注視を浴びることも任のひとつだ――が、いまは目的にそぐわない。

 隠密と言うほどでもないが、どちらかと言えば人目につくことは避けたい。人々を安心させることより、中心で「何か」が起きるとき周りに誰もいないことの方が重要だ。

 アレスディアの、と言うより命の恩人であるラバンネルの力は信じるが、大導師とて全能ではない。守るべき街びとを巻き込まぬようにするためにも、〈白光の騎士〉が城下にいるなどとは知られぬ方がよかった。

 各所に向かった同僚たちを思う。

 既知の危険とは言ったものの、「ほかのものよりは慣れている種類(・・)の危険」というだけだ。普段、彼らが素人同然の賊を翻弄するように、異生物から翻弄されないとも限らない。

 だが彼らは、「危ないかもしれない」「敵わないかもしれない」と言って引く立場ではないのだ。

 必ず――成し遂げられるものと信じて。

 生きて戻るものと、信じて。

 みなも。自分自身も。

 ジョリスは右腕の籠手を意識した。これを彼に託した人物のことが思い出される。

『申し上げたように――』

「……申し上げたように、僕はこの国の人間じゃないんで、こういう言い方もあれですけど、ナイリアンの騎士様に特別な感情は持ってないです。すごいなあとか、格好いいなあとかは思いますけど、子供の頃からの憧れだとかってことはないです、ってくらいの意味です」

 少し顔を赤くして青年は言い訳するように言った。

「ですから幻滅するなんてことはないんで、本当のことを言って下さい。もちろん誰にも言わないと、僕の最も神聖なものにかけて誓います。どうか本心を」

 眼鏡の奥の瞳は真剣な色をしていた。

「本当に、命を賭けられるんですか。生き残れば、できることはたくさんある。命を賭けても、失敗に終わるかもしれないのに」

「――国を失えば、騎士は死ぬ」

 ジョリスはただ、そう答えた。

「判りました」

 それから青年――ライノンはうなずいた。

「そこまで仰るなら、僕もやってみます。その、正直、巧く行くとも限らないんですけど」

 言いながら彼は手にしていた箱を差し出した。

「まずはこれを。預かってきました」

 そう言って開けられた簡素な箱のなかには、不似合いなほど壮麗な籠手が入っていた。ジョリスがこれを――これの対のものを見たのは先日、レヴラールの部屋で。オルフィという名の若者の左腕にあったそれが何であるのかは承知だった。

「アバスター殿から?」

「はい」

 こくりとライノンはうなずいた。

「何故、私に?」

「『何故』ってことは、ないでしょう。あなたはこの国の英雄だ」

「私は白光位を戴いているだけで、特に何を成した訳でもない」

「それが重要なんだってことはお判りでしょう」

 彼は言った。

「端的に言えば、あなたではない人物であっても、〈白光の騎士〉は人々の憧れです。違いますか」

その通りだ(アレイス)……と言おうか、そうあるべきだ」

「なら、それでいいじゃありませんか」

 籠手を取り出し、もう一度彼は差し出した。

「実際、あなたの実力は名ばかりじゃない。『アバスターの籠手』としても『ラバンネルの籠手』としても、身につける資格も使いこなす力もお持ちだ」

「名誉のほかに、魔法の力もあると」

「それを借りるのが不名誉だ、なんてことは言いませんよね?」

「必要とあらば、何でもお借りしよう」

「あ、その言い方は少々、危険だと思います」

 心配そうに青年は言った。

「悪いものはいつでも隙をうかがっている……というようなことは、僕の、その、故郷(くに)でも言いますので」

「無論、邪なものとの取り引きに応じる気はない」

 騎士はそう答えた。もっとも、もし本当にそれしかない状況に陥ればどうだろうか、と思うこともあった。

 悪魔の手を取るか、それとも国の破滅かという段であったなら――。

(いや)

 と彼は思った。

(最後まで、正しき力で戦うしかない)

 直面していないからこそ考えられる、それは「きれいごと」であるのかもしれない。

 しかし、騎士は正道を行くものだ。

 たとえその先が奈落でしかなかったとしても。

「では、お願いします。これを身につけてもらえないと、次に進めませんので」

「次、とは?」

 ジョリスは当然の問いを発した。

「――あなたの、その不調をどうにかすること、です」

 そこからが本題だったとも言えた。ジョリスはぴくりとし、青年が何を言うのか待った。

「こんなふうにいきなり現れたことで僕は魔術師と思われているかもしれませんけれど、厳密な意味で、あなたの思う魔術師とは違います。ただ、魔術師にもできないことが可能です。……僕が望んだ訳じゃないんですけど、何と言うか、事故で」

 後半につけ加えられた言葉は情けなさそうだった。

「その辺りは訊かないでおこう」

「助かります」

 青年は本当にほっとしたようだった。

「魔術薬で一時的に快復というのも、巧くはないことが判った。非常事態に面すれば、一気に体力が失われるからだ」

「……僕は」

 ライノンはうつむいた。

「簡潔に、僕のことを話します。知識のある方にも判りにくい話になると思いますけれど、どうかまずは聞いて下さい。その、突然現れた僕なんかの話をこれ以上聞いてもらったり、ましてや信用してもらうなんてことは難しいと、思いますけど……」

「いや」

 ジョリスは首を振った。

「……アミツが」

「えっ」

「私は、それがどのようなものであるのか知らない。だがコルシェントを滅したときに現れた光は、ヒューデアが語っていたものによく似ていると思う。そして」

 彼は自身と青年の間の、一点を見た。

「いまも」


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