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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第3章

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02 貴殿は非凡か

「呪いなどという戯けた話もたくさんだ。ラシアッド第一王子ロズウィンド殿」

 これ以上なめられまいとばかりに、レヴラールはロズウィンドを睨んだ。

「我が首都に仕掛けた奇怪な陣をいますぐ解いてもらおう。そして遠い過去の諍いなど忘れ、ラシアッドに戻ってその王座に就き、貴殿の国を治めるとよい」

「追いやられた者は追いやられた者らしく、狭く貧しい土地で慎ましく暮らしていろという訳か」

 くっとロズウィンドは笑った。

「ああ、代々の王はそうしてきたとも。だが私は違う。やり遂げるのだ。エクールの栄光を返してもらうために、私はここにいる」

「度重なる王宮への侵入、宮廷魔術師への反逆の教唆、それに……国王の殺害」

 レヴラールは列挙した。

「これらは既に侵略だ。いますぐ貴殿を拘束し、対抗すべく兵を挙げ、ラシアッドを潰すことも造作ない。それでもよいのか」

「脅迫か。やはり貴殿は器が小さいな」

「何だと」

「考えが平々凡々だと言っている」

「何を――」

 かっとなりかけたレヴラールだが、ぐっとこらえることに成功した。

「では貴殿は非凡か。悪魔の協力を得て他国の侵略をすることが非凡の証であるなら、私は平凡で結構だ」

「何、気にすることはない」

 ロズウィンドは肩をすくめた。

「長い平和の上にあぐらをかく貴殿と、研鑽を続けてきた私の差というだけだ」

 刺のある言葉を優しい笑みの上で口にする。ラシアッド第一王子は穏やかな人物だと思い込んでいた自分に、レヴラールは改めて腹が立った。

「陣を解け。脅迫と言ったが、貴殿こそがそれをしている」

「脅迫? 私が首都の民を人質に取って貴殿に国土を譲れと迫っているとでも思うのか?」

 ゆっくりと彼は首を振った。

「生憎だがレヴラール殿。そうではない。これだけのことをしておきながら、血を流さずに国を譲ってもらえると思うほど私も夢想家ではない。端的に言えば」

 にっこりとロズウィンドは人当たりのよい笑みを浮かべた。

「貴殿には死んでいただく」

「何を」

 そこで初めて、ロズウィンドは傍らの男を示すようにした。

 ノイ・クロシアは、彫像さながらに彼の主の傍に立っていた。以前は剣を佩いていなかった――少なくとも隠していたが、此度はその左腰に細剣がある。

 レヴラールの傍らにも、本来であれば護衛がいるはずだ。グード亡きいまでは専属の誰かではなかったが、騎士に余裕があれば騎士が、しばらくはそうもいかなかったものの、優秀な近衛が必ず近くにいた。

 しかし彼らは、その交替のほんのわずかな隙に現れた。その後誰もやってこないことからも、繰り返されたように入り口が――どんな術によってでも――ふさがれているのだろうとの推測はついた。

 だがレヴラールは、「黒騎士」がやってきたときのように助けを求めようとはしなかった。殺す気であるならとうにやっているはずだ。

 いやそれとも、語りたいだけ語って満足してから殺すつもりでもいるのか。

 たとえそうであろうと、レヴラールはロズウィンドをただの訪問客のように扱っただろう。少なくとも怖れおののく様子などは見せてなるものかと、それはナイリアン王子の、それともひとりの男としての矜持であった。

 とは言え、ここまで明確に言われれば警戒もする。さすがに少々、動揺が顔に出た。

「いますぐ殺すなどとは言っていない。そのつもりであったなら、最初にやっている」

 レヴラールが思ったことをロズウィンドは言って肩をすくめた。

 こうしたことはジョリスが危惧したことであった。突如現れられ、術なり剣なりを振るわれたなら、国一番の剣士とされる彼の能力が十倍あったところで防げるものではない。

 そう、たとえ〈白光の騎士〉が隣に控えて最大級の警戒をしていようと、悪魔がレヴラールの心臓をとめようと思えば容易に可能だ。騎士らが対抗できるのは、ノイ・クロシアが正々堂々と正面から剣を使ってきたときだけ。

 そうしたことをレヴラールもまた理解していた。

 いまここにジョリスが――ほかの騎士でも――いたところで、何も変わらない。クロシアと悪魔の隙を突いてロズウィンドを侵入者として殺すのでもあれば別かもしれないが、どちらも隙は見せないだろう。

「どのような事情があろうと、何の説明もせず、背後から斬りかかるような真似は感心できまい」

 平然とロズウィンドは言った。もしもオルフィが聞いていたら、たいそうな皮肉に唇を歪めただろう。

「では事情を説明してから殺すという訳か」

 レヴラールは口の端を上げて返した。そうした宣言にも取れたからだ。

「殺されるつもりはないが、聞かせてもらおう。私に対する脅迫でないのなら、あの陣は何だ」

「言うなれば、湖神との取り引きだ」

 短くロズウィンドは答え、レヴラールは目をしばたたいた。

「何?」

「祈るといい、レヴラール殿。貴殿らが蔑ろにしてきたエクール湖の神がナイリアールの民を救うこと。もっとも、悪魔が勝利しようと民たちに当座の危険はない故、そこは安心してもらっていいだろう」

「湖神。……〈はじまりの湖〉。その、神子」

 レヴラールはうなった。

「成程、湖神の力とやらを見せつけてナイリアールを奪う気でいるのか。やはり侵略以外の何ものでもなかろう!」

「そのように吠えたければ吠えているといい。貴殿には何もできぬ。〈白光の騎士〉殿がいたとしても」

 ロズウィンドはジョリスに言及し、首を振った。

「彼のような人材はほしいが、剣を捧げる先を違えるような器用な真似はできまいな」

「当然だ。彼はナイリアンの騎士だ」

「そのように誇っても無意味だ。言わずもがなとは思うが」

 余裕を見せていた、そのふりをしていたレヴラールからそれは少しずつ失われはじめた。いや、そうではない。彼は変わらず誇り高くあろうとした。だが(あるじ)然としていたロズウィンドの方が役者が上だったとでも言おうか。先手は常に、ロズウィンドが取っていた。

 企みを持ち、それを密かに進めて、不意に攻め込んだ者。

 平和の内に暮らし、攻撃に驚いて防衛をするしかない者。

 禍根を残したことは、レヴラールの罪とは言い難い。ラシアッドの成り立ちにエクール残党の影を見た学者がいたとしても、この段になってそれが顕現するなどとは考えなかっただろう。

 ましてや、普通に考えられるような戦でもない。悪魔の力を持って自在に王宮に入り込み、少しずつ、だが確実に斬り込んでくるなどとは。

「よかろう。では処遇の方法が決まるまで、ナイリアン国の代表として、そこで眺めているがいい」

 彼は大きな窓の方を向いた。

「竜の眷属と悪魔の、滅多に見ることのできぬ戦いを……な」


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