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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第2章

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07 彼らに頼むのが

 首都の混乱は、続いていた。

 東西南北の杭が見張られていたのは、最初から妨害が想定されていたためだったのだろう。気づいて陣を砕きにくるような者がいれば、それは今後の邪魔になる人物であるから早めに消してしまえと。

 もはや彼らは陣を構成する要石の存在を隠さなかった。「黒騎士」がいなくなろうとも、八大神殿を恨む者たちがその場を守護した。

 〈ドミナエ会〉。いや、少し前までその会に所属していた者。いまは〈キゼーナ会〉と名乗るようになったかつての〈ドミナエ会〉の過激派たちが、杭の守護者だった。

 とても、そうであるとは、見えなかったが。

「化け物が、街壁の手前に立ちはだかっていると」

 メジーディス神殿長ギネッツアはうなった。

「そうした報告が上がってまいりました」

「こちらも同様です」

 サクレンも渋面で言った。

「角や牙を生やし、赤い目をして……」

「普通の何倍もある大きな手に、かぎ爪がついているとも聞きました」

 魔除けの印を切って神殿長は嘆息した。

「〈ドミナエ会〉とは違う紋章を使っていますが、装束の意匠は似ています。白いマントに赤いしるし」

「念のため、〈ドミナエ会〉の方にも確認を取りました。彼らのもとを離れた者たちが新たに〈キゼーナ会〉なるものを立ち上げたらしいです」

「それが、例の連中だと判った訳か」

 レヴラールは両腕を組んだ。

「カーセスタの方へ向かったというのは見せかけで、ナイリアールに潜んでいたと。しかしそのような外見であっては、既に人ではないと見えるな」

「悪魔の仕込み、なのでしょうね」

 魔術師ですら忌まわしげに言った。

「自業自得とは言え、人間をやめる覚悟まであったかどうか。さすがに少しだけ、気の毒にも思えます」

「確かにな」

 王子も同意した。同情できる相手ではないが、それでも悪魔に駒以下の使われ方をされているとなれば、すっきりしない思いがあった。どんな悪党でも小物でも「人間」なのだ。もはや「だった」と言うべきか。

「神殿としては、救うべきだとも言いたいところですが」

 メジーディス神殿長は複雑な表情を見せた。

「こうなってしまっては、いち早く……解放(・・)してやることが、唯一の救いになるやもしれません」

 彼が言葉を濁すことを魔術師も揶揄しなかった。とてもそのような状況ではないということもある。

「魔術師協会から組織としての協力はもう見込めません。優秀な術師をこれ以上失う訳にはいかない。確実に勝利が見込める手段でも見つからない限り、導師はもとより、どんな魔術師の出向もないと思って下さい」

「サクレン導師ご自身は」

「私は、こうなったからには最後まで関わります」

 きっぱりと彼女は言った。

「協会長とは悶着があるでしょうけれど、どうするかはあとで考えますので」

 お気になさらず、と大胆に述べる。

「助かる」

 王子は感謝の仕草をした。

「キンロップの……言ったことは、本当だな。必要だ。魔術師も」

「殿下」

「ギネッツア神殿長。ことが落ち着いてからになるが、そうしたことは貴殿にも受け入れてもらいたい」

「――キンロップ殿のご指名は身に余る光栄でありますが、私自身、まだ祭司長の重職に就く覚悟はできておりませんというのが本心です。ともあれ、そうした話は」

「そうだな」

 レヴラールはこみ上げるものをこらえた。キンロップの突然の死はとても受け入れがたいが、それでも、いまはまだ。

「全てが、片付いてからだ」

「……例の陣ですが、力を溜めているように感じられます」

 サクレンもまた報告に戻った。

「神殿の力を抑えるためのものであるのは、もはや明らか。そうした意味では協会の助力よりも神殿、神官たち自身の行動が有用です」

「指針が定まれば祭司長臨時代行としていくらでも指示を出しますが、現状では」

 ハサレックがいなくなったとは言え、あの化け物のような元〈ドミナエ会〉の力は馬鹿にならない。たとえ僧兵を警護につけたとしても、神官の身の安全を保証できない。

 もちろん神官たちは自分の安全よりも人々のそれを選ぶだろう。しかし何の当てもないまま身を危険にさらしても意味はない。ギネッツアが言うのはそういうことだった。

「では、先ほどの話の通り」

 レヴラールは青い瞳を閉じ、少し息を吐いてからまた開いた。

「いささか不安な点もあるが……彼らに頼むのが最上、ということだな」

「――人とは思えぬ外見をしているということだ」

 眉間にしわを寄せて〈白光の騎士〉は告げた。赤銅位二名、黄輪位三名の騎士たちは厳しい表情でその言葉を受け止める。

 各地を回っていた騎士たちも首都に急ぎ戻り、城への道すがら怪異を目にしては、自らの驚きを抑えて人々を安心させんとしてきた。

 その彼らを再び驚かせたのが、ジョリスの復帰であった。彼らには真実が伝えられており、〈白光の騎士〉が任に就けるのは半年以上先だろうと考えられていたからだ。

 ここがレヴラールの「不安な点」でもあった。

 快復したと見えるジョリスは断じて、彼に力を貸したものについて説明をしなかったのだ。

 サクレンの助けであの街道から城に戻った彼だったが、その力は決して邪なものではないとだけ言い、悪魔の助力であることを否定した。しかし、では何なのかという段になれば、レヴラールが命じても、ちらとも洩らさなかった。

 いまはとにかく騒ぎを収めることだけに集中しなければならないというジョリスの主張をレヴラールも受け入れざるを得ず、追及をやめて、騎士らが街壁に向かうことを許可したのだった。

「残念だが、捕縛ということは考えぬ方がよかろう。無論、投降してくるのであればその限りではないが、まず見込めない」

「凶悪な(イネファ)に相対するようなもの、と思えばよろしいか」

 最若手のホルコスは真剣な眼差しで問うた。

「化け物のような外見というのであれば、また異なる覚悟も必要だ」

 サレーヒに次ぐ年嵩のノイシャンタもまた厳しい表情で言った。

「ジョリス殿。ひとつよろしいでしょうか」

 そこで二番目に若いシザードが片手を上げた。ジョリスはうなずいた。

「本当に、快復されたのですか?」

 〈赤銅の騎士〉のひとりは慎重に問うた。

「そのことか」

 〈白光の騎士〉は少し躊躇いのようなものを見せた。シザードは顔をしかめる。

「もし、魔術薬の類で身体に負担をかけているのであれば、どうかこの場は我々だけに託していただきたい。貴殿に何かあっては――」

 優男のような風貌をしたシザードであるが、このときは年嵩の騎士でも言いづらいことを迷いながらも口にした。

「気遣いは有難い。だが、問題はない」

 きっぱりとジョリスは言った。

「どちらかと言うならば神術が近いだろう。いま私を動かしているのは私自身の体力であるという意味において」

 問題はないとジョリスは繰り返した。

「そのように、言われるなら」

 シザードは引いた。もしサレーヒがいたなら、隠しごとをせぬようにと忠告したかもしれないが、彼はラシアッド国にいるままだった。もっとも、ジョリスがその言葉を聞いたかは判らないが。

「サクレン導師によれば、四ヶ所の杭を同時に破壊することが必要ということだ。それから二本の線が交わる点にも警戒すべきと」

「人数が足りて何よりですね」

 いつも丁重なパニアウッドが真顔でうなずいた。

「ホルコスは誰かと同行を……」

「いや」

 ジョリスよりも年上のマロナが最も若い〈黄輪の騎士〉を気遣ったが、制止が入った。

「ホルコス殿にもひとりで一点を引き受けてもらう」

 言ったのはジョリスであった。

「は、はいっ」

 若輩故に仕方ないと思っていたホルコスは、任せてもらえそうなことに顔を輝かせた。

「では、あとひとりは」

「殿下の護衛をなくす訳にはいかない。万全の警備ですら繰り返し破られた。兵に落ち度はなく、魔術や妖術によるものだが、生じた結果は深刻なものばかりだ」

 二度に渡る「黒騎士」の侵入はコルシェントの手引きによるものだった。ハサレックの力もあったろう。そのふたりはもはやいないが、ハサレックに与えられた悪魔の力はラシアッド兄弟もまた持っているはずだ。ナイリアール、スイリエ間を簡単に行き来していたことからも、城内への侵入などはたやすいはず。

「魔術の〈移動〉に似た能力さえあれば、暗殺など容易なのだ」

 たとえジョリスがレヴラールの隣に常に控えていたところで、何の前触れもなく背後に現れられ、力を――妖力でも武力でも――振るわれたなら、防ぐのは困難だ。


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