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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第2章

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04 追ってくるがいい

「認めていただけて何よりだ」

 ロズウィンドは優雅に宮廷式の礼をした。

「もとより、我らには兆候があった」

 彼は瞳を閉じて何かを思い出すようにした。

「エク=ヴーを目にした、あの日から。いや、ラシアッドに帰って、ラスピーシュと共にエクールの栄光を取り戻さんと誓ったときから。力の顕現、などと言うには少々ささやかだが」

 目を開けてロズウィンドは続けた。

「あれはエク=ヴーよ、返答ではなかったのか? 私の声に応えた」

「何だよ、力の顕現だとか」

 オルフィは顔をしかめた。

「そんな話、聞いたことがないぞ。民で力を持っているのは神子だけだ。長老も少しはあると言うが」

「それは、貴殿の時代には既に王家がなかったからだ。湖神とのつながりが強いのは神子だが、王家の者もまた啓示を受けた」

「啓示」

その通り(アレイス)。我らラシアッド王家には時折現れた。ウーリナが持っている力もまた、ささやかだが」

「人の様子に敏感だったり……生きていないものの()まで感じ取る、あれか」

 ウーリナがオルフィの――ジョリスの――五十ラル銀貨について言っていたことや、彼に呪いでもかかっているのではないかと言って神殿に行くよう説得してきたことを思い出した。いまにして思えばあれは呪いではなく、彼女はオルフィにヴィレドーンの影を見ていたのだろうと考えられるが、オルフィ自身ちらりとも感じていなかった何かを見て取った、そのことは間違いがない。

 それを言うならヒューデアが――アミツが見たというオルフィの影も同様。

 ヒューデアはオルフィ、リチェリン、カナトの三人に何かを見ていた。それもまたいまにすればエクール湖に関わることだったのだと判る。

(判っていたら、あいつと話せることも、もっとたくさんあっただろうに)

 キエヴの若者はエクールの民であることを否定していた。だがそれは先ほどの「意思」の話とは異なる。彼は湖神を拒否したのではなく、キエヴとエクールが同じであると知らずにいただけだ。

(あいつの、しかめ面しか見てない)

(全てが終わったら、いくらでも笑ってやるとか、言っていやがったのに)

 ふっと思い出された、ヒューデアとの何気ないやり取り。オルフィはぎんとロズウィンドを睨みつけた。

「何が啓示だ。力の顕現だ。そんなもん、クソ食らえだ」

 オルフィは言い放った。

「契約がどうあろうと、カナトを利用なんてさせないからな!」

「貴殿と話しているのではないと言ったろう」

 いささか面倒そうにロズウィンドは息を吐いた。

「貴殿がどう吠えようと、私がエクールの民である以上は」

「何が、自分もエクールの民、よ」

 ぐっとリチェリンは両の拳を握り締めた。

「黙って聞いていれば、図々しいにもほどがあるわ。守り人を殺そうとし、村に火を放つような、そんな人間を湖神がエクールの民として認めると思うの!?」

「殺そうと? いいや、あれは決闘だった。違うかな?」

「よくも、そんな」

「それに第一、ソシュラン殿は生きている。あの小屋も同じ。住民はいない、ただの物置小屋だ」

 誰も死んでいないとロズウィンドはさらりと言った。

「いない……?」

 リチェリンは目をしばたたいた。それが事実ならば少しは安心できると思えたが、それでも憤りが消えるものではない。

「判っていて私を脅したのね。いえ、そのことはいいわ。村の人たちが無事だと言うのなら」

 でも、と彼女は続けた。

「だからって許せることじゃない。人々を閉じ込めて恐怖させていることも……『次』というのは、このまま何も起きなければまた火を放ったり、もっと酷いことだってするつもりだったんでしょう」

「無論」

 王子は簡単に認めた。

「だが、起きた。これも湖神の導きだ」

「ぬけぬけと、よくも――」

「〈神官(アスファ)若娘(セリ)の議論〉はこの辺りにしよう」

 ロズウィンドは手を振った。

「湖神よ」

 呼びかけられた少年はただ顔を上げた。

「もちろん、知っているだろう。判っていると言った方がよいかな。エクールの王家がほかでもない、湖神にとって何であるか」

 少年は黙っていた。そこには寂しげな表情が浮かんでいた。

「いますぐに選べないのなら私が先に動こう。――ノイ」

「は」

「舞台を移そう。王位を継いでからとも思ったが」

 すっと彼は西の方に手を伸ばした。

「戴冠式はナイリアールでというのも悪くない」

「仰せのままに」

 ロズウィンドの守り人は頭を下げ、(あるじ)にひざまずいた。

「待て! ナイリアールだと」

「追ってくるがいい。湖神の力があれば容易であろう。相談し、作戦でも練りたいのならそれもよい。ただ、急ぐことだな。レヴラール王子の命があるうちにたどり着きたければ」

 オルフィが聞き咎めてとめる間もなかった。

 ラシアッド第一王子とその護衛は、魔術師のように姿を消してしまった。

「てめえっ」

 いなくなったラシアッド王子に叫んでも、その声は虚しく湖畔に響くだけだった。

「――カナト。その……」

 少年を振り返ってオルフィは、しかし戸惑った。

 ここで協力を頼めば、ロズウィンドの思うままだからだ。

 もとより、契約の問題は、たとえオルフィが「俺は行かない、お前も行くな」などと言ったところで覆るものでもない。

「火の方は、もうほとんど鎮火していましたが、消しておきました。今回は悪魔もそれほど本気で燃やすつもりじゃなかったみたいですね。僕だってこちら側の存在なので、本気の火力だったらせいぜい散らすのがいいところですし」

 「こちら側」の意味はオルフィにぴんとこなかったが、ともあれカナトの力で消せたのだということは判った。

「それに、もうどの建物も自由に出入りできるはずです。リチェリンさんは、ソシュランさんを薬師の先生のところへ連れて行ってあげて下さい」

 少年は神子の方を向くと簡潔な指示をした。

「僕にできる限りで癒やしましたが、先生に診ていただく方が確実だと思うので」

 まるでそれは魔術師の少年のような言いよう――湖神ではなく――であった。もっとも魔術師であれば「癒やした」とは言わないはずだが。

「は、はい。その……」

 リチェリンは躊躇った。

「エク=ヴー、様」

 先ほどから散々「カナト君」と呼んでしまっていたが、よくなかったのでは――などと思ったのである。

「あの。どうか、いままで通りにお願いします」

 ぺこりと少年は頭を下げた。神子は目を白黒させた。

「エク=ヴーというのは種族名のようなものですし、その……何も覚えていなかったとは言え、騙した形になった。もしそのことを許してくれるのなら、どうか」

「その話は……」

 少し躊躇ってからリチェリンは笑んだ。

「済んだ、はずよね?」

「はい」

 少年も安心したように笑った。

「もっともいまではリチェリンさんでも、と言いますか、リチェリンさんの方が上手にこなすと思います」

「え?」

 何ができると言われたのか判らず、彼女は目をしばたたいた。

「癒やしです」

 さらりと少年は説明する。

「わ、私が!?」

 彼女は素っ頓狂な声を上げた。

「ええ。エク=ヴーの力を人に移すことも古来に定められたことのひとつなんです。つまり力を移されたのが神子ということになるんですけれども」

 素質のある人間を選び出し、力を与える。それを受け入れられる証が背中のしるしだ。少年は簡単にそんな説明をした。

「もっとも、あまり大きな力に人の身は耐え切れませんので、渡しているのは一部です。でもリチェリンさんには、あるんですよ」

「私に、癒やしの力が……?」

 ちっとも実感が湧かないとばかりにリチェリンは自らの両手を見つめた。

「僕自身が力を眠らせていましたから、これまでは何もなかったはずです。これから徐々に判りますよ。そうだ、長老に訊いておいてもいいかと思います。助言をくれるでしょう」

 さらさらと少年は当たり前のことのように話した。彼にとっては当たり前のことでもあった。

「いまは、先生のところへ」

「え、ええ」

 リチェリンはこくりとうなずいた。

「それじゃ、ソシュランさん」

 これまでじっと黙っていた守り人は、神子に声をかけられても、それまでと同じようにじっと少年を凝視したままだった。

「あ、あの」

 居心地悪そうに少年はもぞもぞとした。

「すみません。その、僕みたいな者が」

「だから、何で謝るんだよ」

 オルフィはぽんと少年の肩を叩いた。

「そりゃ、いろいろと思いがけなかったさ。お前も。俺も。リチェリンも。みんな」

 でも、と彼は首を振った。

「湖神だろうが何だろうがお前はお前だし、神子だろうが何だろうがリチェリンはリチェリンだ。それでいいだろ」


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