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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第1章

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11 半分くらいは

 湖神はいったい、どこにいるのか。

 本当に神子の呼び声に応えるものなのか。

 いくら正統なる血を引きし者であろうと、その力を邪なことに使おうと目論んでいる者がいる場に、呼び戻してよいものなのか。

 誰もリチェリンに答えを教えてはくれない。彼女は自分で考え、決めなければならない。

 守るべきものを守るために、行うべきなのか、そうではないのか。

「――ではやはり、次だな」

 ぱちんと指を鳴らし、ロズウィンドは片手を上げようとした。

「やめて! これ以上は、もう!」

 どうしたらいいのか。何を選んだらいいのか。

 このまま選ばないということは、湖神に呼びかけないことを決めたのと同じである。本当にそれでいいのか。

 先ほどの小屋に住民がいないことをリチェリンは知らなかったが、知っていたところで、次はどうだか判らない。悲鳴のように懇願した。ロズウィンドは片眉を上げ、彼女の反応を見ようとするように手を下ろした。

『悩ましいときこそ』

『――笑顔を』

 リチェリンの内に不意に浮かんだのは、タルーの教えだった。

 だが、とても笑うことなどできない。場に相応しくないことをさておいても、口角が上がらない。

 代わりにと言うのか、優しい神父の笑顔が思い出された。それに続いて、荷運び屋をやりながら楽しそうにしていたオルフィの笑い顔も。

 足のすくむような恐怖が、少し薄れるような気がした。

 キエヴの集落への途上で見た、ヒューデアの笑顔。リチェリンを落ち着かせようと、ピニアが懸命に浮かべた笑顔。屈託のないウーリナの笑みも。それから。

(えっ)

 脳裏をかすめた姿はとても意外だと言うのではない。少々思いがけなくはあるが、印象的な笑顔だった。

 驚いたのは――不思議に思ったのは、その微笑みにどうしてこんなに安心し、懐かしさまで覚えるのかということ。

 話すことも、ほとんどないままだったのに。

『大丈夫』

 その声が聞こえたような気がした。

『心配しないで。思い出して』

 思い出す? リチェリンは戸惑った。いったい何を。

『それとも――気づいて』

 ますます判らないと感じた。しかし、何と安心できる声、気配だろうか。まるで記憶にない母のような。

(そう、だわ)

 彼女は思った。

(安心したのよ、私。心配の種が怖ろしいほどあって、何とかオルフィの無実を証明しなくちゃと頑張っている間)

(どこかで祈り、安堵していたんだわ。彼が)

(一緒にいてくれたのだから)


 ぴくりと振り返ったのはシレキだった。

「何だ?」

 小屋の火勢は弱まってきていた。おそらくもう燃えるものがないのだろう。

 彼らは、念のために探して見つけた消火水槽から水を汲んできていたが、やはり悪魔の火には効果がない。彼らはそれをただ見守っているしかなかった。

 幸いにして「次」はまだないが、もし住民のいる小屋が燃え上がるようなことになれば、シレキは何とかその水となけなしの魔術を駆使して救助に当たれないものかとあれこれ考えていた。

 そこに、何かが感じられたのだった。

(何だか妙な……気配がしやがる。誰かが呼んでるような)

 彼はきょろきょろと辺りを見回した。

 魔術の声とは似て非なる。かと言って悪魔のような邪なものではないこと、マズリールにかけて誓ったってよかった。

「どうしたのよ?」

「どうしたんですか」

 一匹とひとりが怪訝そうに問う。

「いま、何か、感じなかったか」

 彼は問い返してみたものの、ジラングとライノンには聞こえていないだろうこと、心のどこかで理解していた。案の定、両者は否定する。

「だよな……」

「何よ、気になるじゃない」

「いや、これはたぶん、お前にゃ関係のないこと」

「なぁんですってぇ?」

 びたん、と尻尾が背中を叩いた。シレキは顔をしかめ、仕方ないだろうと言った。

「これはもしかしたら」

 すっと彼は再び湖を見た。

「俺がここに呼ばれた意味が、判るかもしれん」

 そう呟いた彼は、きゅっと眉をひそめた。また気配が、声が聞こえた気がしたのだ。

 いや、確実に聞こえた。

「お前……何で」

 シレキは目を見開いた。

「は……判ったぞ。半分くらいは、だが」

 そこで彼はにやっと片頬を歪めた。

「だから俺か。馬鹿野郎、買いかぶりすぎだ」

「どしたのよ、シレキ。ほんと、大丈夫?」

 ジラングが本当に心配そうに言った。

「それで? 俺はどこで何をすればいいんだ?」

 彼はそれに答えず、独り言を続ける。

「あの、シレキさん?」

 ライノンもいささか不安そうになった。

「まじで?……判ったよ、できるだけのことはする。〈口をつけたら最後まで飲み干せ〉ってやつだ」

「ちょっと。誰と喋ってんのよ?」

 苛々したようにジラングが詰問口調で言えば、男はにやっとした。

「神様」

「はあ?」

「それって」

 ライノンが目をしばたたく。

「湖神……ということですか?」

「さて、どうなのかねえ」

 堂々と言った割に、シレキの返答は懐疑的でもあった。

「ともあれ、できるだけはやると言った通りさ。行くぞ、ジラング」

「どこに行くのよ」

「あっち」

 と、彼は村の奥を指した。

「若い連中の行き先をまとめるためにゃ、やっぱり舵取りが要るのさ」

 そう言うとシレキはくるりと振り向き、ライノンの手をぱっと取った。

「あんた!」

「はっ、はいっ!?」

 青年は目をまん丸くする。

「こいつを」

 と彼はジラングを肩から引きはがして差し出した。

「頼む」

「なっ、何よそれ!」

 猫はくわっと牙を剥いた。

「ちょっと! あたしを置いていこうったってそうは……ライノン! 放せっ」

「あの、すみません。頼まれて、しまったので」

 ライノンはしっかりと黒猫を捕まえていた。暴れる猫を捕まえておくのは難しいものだが、青年は奇跡的な器用さを発揮してジラングを捕獲していた。

「シレキさん!」

 くねくねする猫のために妙な姿勢になりながら、ライノンはシレキを呼んだ。

「どうか、無事で!」

「――おう」

 気軽にシレキは答えると、片手を上げて踵を返した。


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