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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第1章

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09 今後に備えて

 曇り空の下、〈導きの丘〉に吹く風は少し冷たく、彼の肌に粟を立てた。

 無意識のうちにオルフィは両腕をさすり、そこでアレスディアの存在を意識した。

 結局、アレスディアのことについては何も告げないでおいた。もちろんアバスターもラバンネルも籠手の存在に気づいたはずだが、オルフィが語らない以上触れないことにするという様子だった。

 もとより、ラバンネルの術が――この時点の彼が知らないらしい新しいものも――かかっているはずだ。魔術師には思うところがあっただろう。だが、自ら知ってはならぬと繰り返した未来を垣間見てしまったことに、やはり彼は何も言わなかった。

「相変わらず、ここはいい風が流れていますね」

 丘を登りながらラバンネルが言った。

「魔力線とは異なりますが、力ある地脈が浅いところにあります。何も魔力を持っていなくとも、心地よい場所ではないかと思いますが」

 どうですかとばかりに彼はふたりを見た。

「まあ、いまは少々涼しすぎるが、確かにここは気分がいいな。あの木の下での昼寝は最高だ」

「私がシレキ君にいろいろ教えている間、よくまどろんでいましたものね」

 ラバンネルは少し笑った。

「どうです? ヴィレドーン君は」

「あ、ああ」

 彼は木を見上げた。

「その感覚はよく判らないけど、奇妙な気分ではあるよ」

 ここにやってきたのは、数月前。カナトとシレキと一緒に。ラバンネルを探すためだった。あのときはシレキがラバンネルのことを知っているなんて思いもせず、おかしな親父だとだけ思っていた。

「前に見たときと同じ光景だ、と思うんだけど……いまは、過去なんだよな」

「それは俺たちからしても同じだ」

 アバスターが言った。

「もっとも、樹齢千年近い大樹の前じゃ、数十年くらいは昨日今日みたいなもんかもしれんな」

「大自然の雄大な時間の前では、魔術も妖術もささいなもの……かもしれないですね」

 彼らは自然と目を閉ざし、辺りの空気を深く吸い込んだ。

瞑想(ウィーセン)にでも入りたくなります」

「おいおい、あとにしてくれ」

 苦笑してアバスターは言った。

「仕方ありませんね」

 冗談か本気か、ラバンネルは少々残念そうだった。

「さて。〈導きの丘〉とこの大樹に流れる自然の気を利用してどうにか」

 丘を登り切ると、ラバンネルは幹に手を触れた。

「なると思ったんですが、どうやら厳しそうです」

「おい」

 アバスターが顔をしかめる。

「仕方ないでしょう。地脈というのは一種の生き物です。調子がよい日もあれば悪い日もあるんですから」

「なら最初からそう言っておけ。自信満々だったじゃないか」

 ついという様子で言ってからアバスターは手を振った。

「ま、ないもんは確かに仕方ないな。で、待つのか? 体調がよくなるのを」

「おそらく、雨神(クーザ)が手伝ってくれるでしょう」

「雨か?」

 くん、とアバスターは辺りの匂いを嗅いだ。

「確かに、降りそうな様子はあるが。水脈が活発になるほど降るか?」

「ただの雨じゃありません。なかなかすごい嵐がきます」

「そ、そんなことまで判るのか?」

 驚いてオルフィは言った。

 雨が降りそうだと思うのは、これまでの経験があるからだ。アバスターが察したのはその気配。

 オルフィも、小雨か、本格的な雨か、くらいも空の様子で何となく判る。雷の音でもしていればすごいのがきそうだと予測もつくが、いまのところそうしたものは聞こえない。

「実は未来が判るんです……と私が言うと冗談に聞こえない危険性があるので控えますが」

 大導師は肩をすくめた。アバスターが嘆息して首を振っている。

「本当は、書物で読んだことがあるんです」

「書物だって?」

「ええ。今日の日にちを特定するのが難しかったですが、これはちょっとずるをしまして」

「人に訊いた」

 手を振ってアバスターがばらした。今度はラバンネルが嘆息した。

「何でも、かつてこの日、この付近に酷い嵐があったらしい」

 これからのことであるのに過去のように語るのは奇妙だったが、これで合っているのだ。

「嵐の潜在力を借ります。雷神(ガラサーン)の手助けもあったら言うことなしですね」

「じゃ、またここで待機か。どうせ俺たちにはできることもない」

「そうですね。まずはヴィレドーン君を帰しますから、あなたは本当に昼寝していてもいいですよ」

「嵐のなかで寝ていろと? まあ、できなくはないが」

「できるんですか……」

 ラバンネルは呆れたように相棒を見た。

「休めるときには休んでおくのも仕事だ」

「あまり嵐の最中は、休めるときという感じがしませんけれど。まあ、いいです」

「えーと、俺は、どうすれば」

 一緒に昼寝をしている訳にも――本当にアバスターがそうするとも思わないが――いかないだろう。

「んじゃ、済んだら起こしてくれ」

 そう言うとアバスターは本当にごろりと横になってしまった。

「起きたばかりじゃありませんか」

「今後に備えて、だよ」

「今後?」

 何があるのか、とオルフィは首をかしげた。アバスターは口の端を上げる。

「ここを旅するのさ。知った土地じゃあるが、もう一度同じ時代を巡れるなんてのも贅沢な話だし、な」

「え?」

 初耳だったオルフィはぽかんとした。

「同じ時代……って、まさか」

 彼らとオルフィでは戻るべき時代が違う。ラバンネルは二度、術を行う必要がある。オルフィはいまになってそこに気づいた。

 「厳しそう」という言葉は、二度行うには厳しいということなのか。それとも、オルフィを帰す分に、嵐の力を借りてやっとだということなのか。どちらにせよ、ラバンネルはそうなることを予測していて、アバスターにも話をしていた。

「あんたたち、まさか戻らない気か」

「んなつもりはない」

 あっさりと、アバスター。

「いくらか時間がかかるだけだ。そうだろ、大導師殿」

「ええ。私たちだって戻りますよ。ただ私たちにはそれほど緊急性がないので……ヴィレドーン君があれから無事にと言いますか、少なくとも悪魔の手に落ちずにいてくれたということで、術がどう稼働したのかもだいたい判りましたし」

 いますぐに戻る必要はないのだと彼は言った。

「歪みについては……思うのです。もしかしたらこれは歴史に既に内包されているのではないかと」

「内……?」

「もう少し判りやすくしてやれって」

 地面からアバスターが呆れ気味に言った。

「つまり、だ。本来ここにいる俺らと別にもうひと組いたら、助けられる奴らも増えるだろ?」

 そういうこった、と気楽に彼は言った。オルフィははっとする。


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