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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第9話・最終話 栄光と正義 第1章

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05 遅いよ

 黒い魔剣が走る。

 サクレンとギネッツアは、賢い者たちであるからこそ、終わりを覚悟した。「人間」には敵わない力というものがあると。

 だが、願った。自らの命が助かることよりも。どうか――ナイリアンが、人々が、これ以上蹂躙されずに救われることを。

 聞き届けたのは、誰なのか。

 〈名なき運命の女神〉であったか。女神はこの日このとき、この時機を彼らに与えたのか。

 カァン、と金属が合わさる音に、高位能力者たちは驚いて目を見開いた。

 いや、それはハサレック・ディアも同様だった。

 あらん限りに目を見開いて、ハサレックは大きく飛びのいた。

「何だ。どういうことだ」

 彼はうなった。

ジョリス(・・・・)。どうやって」

「手段など、どうでもいいだろう」

 〈白光の騎士〉は細剣を片手に返した。

「もはや『何故』とは問うまい。繰り返しナイリアンに害をもたらそうとする者は」

 きゅっとジョリス・オードナーは唇を結んだ。

「敵であると、判断するしかないからな」

「遅いよ、〈白光の騎士〉殿」

 ハサレックは口の端を上げた。

「そんなことは、俺がお前に剣を向けたときから判ってなくちゃならなかったことだ」

「そうだな」

 ジョリスは同意した。

「全く――その通りだ」

「まあ、急に現れたのは魔術でも何でもいい。体調まで魔術で回復してきたか? 不調に気づかない術というのは本当に気づかないだけで、低下した体力や筋力を取り戻しちゃくれない上、限界を超えて死に至ることもあるって話だが」

「幸いと言うのか、お前の考えている魔術ではない」

 首を振ってジョリスは答えた。

「しかし、詳しく説明をする必要はないようだ」

「はっ、まさか悪魔に魂でも売ったかね?」

 悪魔に魂を売った男はそう言って笑った。

「ま、ニイロドスならもともと敵も味方もない。お前さんを誘惑して楽しいと思えばそうするだろう。となれば条件は対等……というところだが」

「自分を売った、という点に関しては合っているかもしれないが」

 ジョリスは肩をすくめた。

「その相手は悪魔ではない、とだけ言っておこう」

「ほう? 悪魔じゃなきゃ神様か? 身売りでお願いを聞いてくれる神様ってのも聞かないがな。どうだい、神殿長」

 ちらりとハサレックは新たな祭司長たるギネッツアを見た。ハサレックの言う通りであったが、ギネッツアは答える必要はないとばかりに黙っていた。元騎士は笑う。

「不逞の輩に答える言葉はないという訳か。結構結構。ここで慈愛を持って諭されても、俺も困るしな」

 さて、とハサレックは黒い細剣をかまえた。

「どこの何にどんなものを売って快復したのか知らんが、無駄なことだったと教えてやろう。残念だがジョリスよ、この世に獄界の力より強力なものはないんだ」

「本気でそう思っているのなら、正してやるほかはない」

 ジョリスもまた剣をかまえる。

「たったいまのことをもう忘れたのか? 私はお前の剣を防いだ」

「……は」

 ぎゅっとハサレックは両目を細めた。

「いったい、何の力を得たのやら」

「お前の支援者と同等とは言うまい。だが対抗できる。それだけで充分だ」

 淡々とジョリスは返した。

「心配することはない。私は全快したと言っていい。お前の望み通り」

 さっと彼は剣を振った。

「――戦える」

「……は」

 黒騎士の瞳が奇妙に光った。

「予定外だ。計画にない。だが、知ったことか」

 軽く両足を前後に開いて彼は言った。

「ここには邪魔なものが多すぎるな。思う存分戦える場所へ行かないか」

「私はここでかまわない」

「俺がかまうのさ。そこのふたりはどうしたってお前の味方をするだろう。それは俺の望みとは違う」

 ハサレックが言うのは何も、術者たちがジョリスを助けたら自分が負けてしまうということではない。彼はもし彼に味方する術者がいたとしても、邪魔だと言っただろう。

『ふふっ、そうだね。こんなところじゃ君たちの決戦の場に相応しくない』

 そのとき、声が聞こえた。

「ニイロドスか」

 ハサレックは口の端を上げた。

『どうかな? ジョリス君にも応じていただけるような、ほかの人間に迷惑のかからない場所に案内できるけれど』

「どこへも行かせないわ」

 青い顔でサクレンが言った。

「四人、いえ、五人の魔術師の命を奪っておきながら、のうのうと逃げ延びられると思ったら大間違いよ」

「導師殿」

 ジョリスが声を出した。

「ここは私に」

 〈白光の騎士〉は静かに言い、魔術師は仕方なさそうに口をつぐんだ。もとより、杖は砕かれた。杖がなければ術を振るえないということはないが、あればより確実に、強力に戦える。その助けがない状態で獄界の力を相手取るのは困難であること、理性的に悟らざるを得なかったのだ。

「悪魔の誘いに乗る気はない」

 ジョリスはまずそう言った。

「ただ、誰にも迷惑がかからない場所という提案は悪くない」

『なかなか上手だ。言質を取られないように、と誰かから忠告をもらっているね。ラバンネルかな。まあ、どうでもいいけれど』

 くすりと悪魔の笑い声。

『応じてもらえたと取ろう。それじゃ』

「待て」

 素早く言ってジョリスは片手を上げた。

「ナイリアールをもとに戻してもらおう」

『ははっ、どうして僕が君らに味方する必要が?』

「無条件でとは言わない」

「おい、ジョリス」

 顔をしかめてハサレックが呼んだ。

「馬鹿なことは」

「私が勝てば件の影をもと通りにし、ナイリアンから引き上げてもらう。だが負ければ」

 彼はきゅっと眉をひそめた。

「――私の誓いをやろう」

『そりゃ、面白い』

 悪魔は本当に面白く思うように言った。

『でも術や契約で縛るんじゃいまいちだな。君自身の意志で祖国を裏切り、ロズウィンドについてもらうというのはどう?』

「……いいだろう」

「は、俺も馬鹿にされたもんだ」

 ハサレックは舌打ちした。

「負けるはずがないと思ってそんな約束をするんだろうが、そうはいかない。今度はラシアッドで、俺の下に甘んじてもらおう」

 ぱちりと彼は指を鳴らした。

「やれ、ニイロドス!」

 次の瞬間、〈白光の騎士〉と元〈青銀の騎士〉は、ナイリアン城から、いや、ナイリアールから消えていた。

「サクレン……殿、いまの、は」

 ギネッツアは大汗をかいていた。さもありなん。神官は邪の気配に敏感だ。

「お話しします」

 サクレンは唇を結んだ。

「ともあれいまは、ジョリス様を信じるほか……ありませんね」


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