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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第5章

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03 深いところにあるもの

 その光はまるで神子の呼びかけに応じて現れたかに見えた。

 まさか、とリチェリンは思わざるを得なかった。

(もしかしたら本当に湖神が)

(ソシュランさんを助けに)

 だが、光が瞬時にソシュランを癒やしたり、ロズウィンドらを追い払ったりするようなことはなかった。それどころか光は、現れたときと同じようにすっと消えてしまい――。

「ちょっと!」

 そのとき、不意にすぐ近くで不満そうな声がした。

「あんまりなんじゃないの? こんなに血ぃ流したら、死んじゃうじゃん!」

 いまひとつ緊迫感のない口調と、同時にとても真っ当で、なおかつまっすぐな怒りを帯びた口調。

「あっ、あなたは」

 リチェリンは見覚えのある少女の姿に目を見開いた。

「ジラング!?」

「おっそい!」

 と彼女が怒鳴ったのはリチェリンに対してではなく、息を切らしながら駆けてきた男にだった。

「シレキ、さん」

 目をしばたたいてリチェリンは覚えのある男の名を呼んだ。

「もうっ、おっさんだなあっ」

「俺がいま、十六歳だったところで、お前の瞬発力に敵う、もんか」

 シレキは息を切らしながら苦情を言った。

「いいから、何とかしなよ!」

「何とか……してやりたいのは山々だが」

 ちらりとシレキはソシュランに目をやった。大量に血を流し、意識を失い、身体を痙攣させるばかりの男は、いまにでも命の火が消えるところと見えた。

「俺にできるのはせいぜい、苦痛をなくしてやること、くらい」

 シレキは戸惑いながらもソシュランの傍らにひざまずいた。魔術師ではない男でもその術は知っていた。

「守り人、か。この湖の村に根付いた……待てよ」

 彼は片手をソシュランの胸につけ、もう片方で大地に触れた。目を閉じ、何かを探す。

「何よ。何かできるの?」

「うるさい、ちょっと黙ってろ。正直、俺には難しいと思うが」

「何でもいいからやんなさいよ」

「やろうとしてるんだろうが」

 いいから静かにしろとシレキは言い、黒髪の少女は渋々と口を閉ざした。

「エクール湖……湖神エク=ヴー、その守り人」

 考えながら呟くようにするシレキをリチェリンは心配そうに見守った。

「さて、届くかね」

 彼が探しているのは、サクレンとキンロップが話していた「魔力線よりも深いところにあるもの」だった。シレキ程度の能力では、魔力線ですらはっきりと掴むことができないのに、それよりもずっと奥深くにあるもの。知識でかろうじて知っているだけ。いや、その観念をはっきり判っているとも言い難い。

 普段のシレキであれば、さっさと諦めるだろう。自分の実力はよく判っている。「頑張って手を伸ばせば届く」くらいの場所であれば努力もするしちょっと無茶をしてもいいが、台を使っても届かないような高いところにあるものを取ろうと飛んだり跳ねたりしてみても、得られるのは疲労だけだ。

 だがこのときのシレキは諦めなかった。と言ってもそれは、人の命がかかっているからとか、正義感に燃えたからとか、そうした理由ではない。

 このときに限って言えば、それは「頑張って手を伸ばせば届く」場所にあり、彼はそれを感じ取ったからだ。

「――これだ」

 シレキは目に見えないものを掴んだ。実際に指を動かしたということはなかったが、そういう感覚を持った。瞬時、彼は電流に打たれたような感触を覚えたが、ソシュランと大地のどちらからも手を放さなかった。

「これで……何とか」

 ふう、と息を吐いてシレキは額を拭った。

「何なに、どうなったの? 助かるの?」

「湖神のご加護ってとこかね」

 シレキはちらりとリチェリンを見た。

「どうだ? あんたになら判るんじゃないか?」

「命が……流れ出るのが、とまったわ」

 感じるままにリチェリンは答えた。ソシュランは意識を失ったままだったが、その顔から死の影が消えたのがはっきりと判った。

「ああ、有難う、シレキさん!」

「俺はつないだだけだ。本来ならこんなに浅いところにないはずのもんで……この場所が特殊なのか、それとも湖神が」

 ううむ、と彼はうなった。

「一時的に地脈の類を引き上げるなんてことが、可能なのかね」

「ここは、湖神の土地だからな。不可能ではないだろう」

 不思議と、と言うのか。これまで口を挟まず、邪魔もせずに、ただじっと彼らを見ていたロズウィンドがここで声を出した。

「よお、王子様」

 立ち上がって膝の土を払いながらシレキはリチェリンをかばうように前に立った。

「先日は結構な部屋に案内を有難うよ」

「……ああ」

 ぱん、とロズウィンドは手を打ち合わせた。

「ナイリアンの使者か」

「……あんた、いま、忘れてたな?」

 シレキはじとんとロズウィンドを睨んだが、仕方なさそうに嘆息した。

「ま、そんなもんだ、俺の扱いなんて。替え玉処刑の駒にでもなればめっけもん、ならなきゃならないで適当に始末、いや、王子様の頭からは俺の存在なんざぽっかり抜けてて、誰か気の利いた兵士がお尋ねしない限り、あのまま永遠に忘れられて」

「何、拗ねてんのよ」

 ジラングがじとんとシレキを睨む。

「別に拗ねちゃいない。俺の立ち位置なんてそんなもんだという自覚だ。それが、何でまた」

 嘆息して彼は周囲を見た。

「こんなところにいるのかね」

「どうして、いらっしゃったんですか?」

「どうやって、の方を問いたいところだ」

 ロズウィンドが首を振った。

「脱獄した時刻はリチェリンとそう変わらないはず。魔術でも使わなければやってこられない。リチェリンについてはライノンという人物が手を貸したことが判っているが」

「ライノン?」

 シレキは片眉を上げた。

「あいつ、魔力はなかったはずだが……」

「ほう、お仲間かと思いきや、君にも未知の人物か。ではナイリアンとカーセスタは極秘裏に手を組んでいると」

「どうせあんたは好きに考えるんだろうが、俺はナイリアン代表じゃないし、あの妙な野郎もカーセスタ代表じゃないらしい。それは『公的には違う』って意味でもなく、まじで、関係者じゃないってこと」

「たとえそれが事実であろうと、招待者の連れとしてやってきた事実もまた覆らない。そのことは判ってるだろう」

「ああ」

 しかめ面でシレキは返した。

「こんなことになると判ってたら招待状なんざ破り捨ててやったんだが」

「仕方がない。予知者(ルクリード)でもなければ未来は読めないのだから」

 ただの捨て台詞に真っ当な言葉を返され、シレキはますますしかめ面になった。

「さて、シレキ、だったか。君は何者かな」

「俺はただの調教師だがね」

 唇を歪めてシレキは答えた。

「もう一度問おう。どうやって?」

「あんたには関係ない、と言ってやりたいが。正直、俺も判らんのさ」

 ひらひらと彼は手を振った。

「こっちに向かってたことは確かだ。だが俺は移動術なんざ使えんのでね。地道に足を使うしかなかった訳だ」

「魔術師協会を利用しようとは?」

「は、知らない訳じゃないだろう。万一知らないなら、別に秘密じゃないから教えるが、協会からの移動先は通常、協会と決まってるんだ。いや、正確な座標を提示できるならできないこともないが、俺には少々困難でね」

「成程」

 ロズウィンドがうなずくのは本当に知らなかったと言うより、それともシレキの返答を計ったものとも思えた。

「それで、歩いてくる途中で、何があったと?」

「……判らん」

「急にね、光が、ぱーっと射したの」

 ジラングが答えた。

「おい」

「何? 秘密?」

「いや、別に、かまわんが」

「光か」

 繰り返したロズウィンドの声はどこか満足そうだった。

「やはりな。神子の祈りは湖神に届き――使者としてお前が連れられた」

「あ?」

「届いていたのだ、リチェリン。だからこそ守り人は命を留めることができた。シレキとやら、お前もエクールの民だったのか?」

「何言ってんだお前」

 シレキはぽかんとした。

「俺ぁ、この湖のことなんか何も知らんよ。まあ、多少の知識はあるが、幸か不幸か俺はエクールの民じゃない。遠い先祖が、なんて話になったら確認しようがないが」

「少なくとも自覚はないか。だが何の関係もない者が湖神に選ばれるとは思えん」

「いやいや、俺は関係ないって。まじで」

 困惑しつつシレキは手を振った。


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