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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第5章

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01 一刻も早く

 レヴラール王子もまた、顔色を青くした。

 彼は既に十二分なほど試練を抱えていたが、それを最も強力に助けてくれるはずの人物が、何の前触れもなく世を去った。

 いや、そうした冷静なことを考えるよりも早く、気難しくて苦手だと考えていたキンロップがいつでも彼と国のことを考えてくれていたのだと知り、信頼を置いたばかりでもある。

 身体中から力が抜けそうだった。だが彼は立っていなくてはならなかった。

「……手紙を」

 気丈にも彼はサクレンから封筒を受け取り、彼女がしたように手早く読んだ。その内容は重く、彼は沈み込みそうだったが、やはりこらえなくてはならなかった。

「当座の後任には、暫定としてメジーディス神殿長ギネッツア殿をとある。すぐに呼ぶとしよう」

「お引き受けしましょうか」

「有難い。だが『魔術師からの伝言』に彼が警戒するようでは事態が面倒になる。王城から使いをやろう。ああ……コズディム神殿にも、使いをやらねばならぬ、か」

 つい先日も、そのようなことをしたばかりだ。あのときは同席したキンロップやイゼフが弔いもしたが、正式な葬儀のために手続きをした、グードのこと。

 目を閉じてもう動かないキンロップの姿が、彼の騎士の姿と重なった。

「――まるで」

 小さく、レヴラールは呟いた。

「俺が彼らに厄を与えているようではないか。俺が彼らの深い心に気づくと、彼らに災厄が降りかかるのだ」

「馬鹿げたことは考えませんよう」

 サクレンはそっと忠告した。

「口にするのもなりません。言霊は聞いています」

「……そうだな」

 レヴラールは反駁しなかった。

 「不吉なことは言えば返る」という考え方は理解できなくもなかったが、それに納得したのでもない。ただの繰り言だと思ったため。このような感傷をグードもキンロップも叱るだろうと思えたため。

「サクレン殿、知恵を貸してくれ。いまこのときに祭司長が死を迎えたなどとなれば、城下の騒動がコルシェントの呪いだなどという噂に拍車をかける。そうではないことは手紙を読めば明らかだが」

「ええ、私の方にも書かれていました」

 了承しているとサクレンはうなずいた。

「仰る通りですね。時機が悪い。最悪です。ナイリアンには幸運神(ヘルサラク)の祝福が必要かもありません」

 魔術師が言えば冗談または皮肉のようでもあったが、彼女としては半分くらい本気だった。

「俺がここで嘆いて足を止めればキンロップを失望させる。哀しむのは問題を片付けてからだ」

 王子の言葉は強がりでもあったが、本心でもあった。

「その『問題』のひとつですが」

 サクレンはざっと、街を囲う陣らしきものの構成が神殿を基にしているらしいことを話した。魔術師でも神官でもない王子には少し難しかったが、いくらか知識はある。何とか呑み込んだ。

 もっとも、本当の意味でこの奇妙な陣の正体を知ることができる者は、ここにはいなかった。「人間」であればそれは不可能に近かった。街を包む妖力とそれを覆う蓋がどこから骨組みをされているか、「こちらの」者が気づくことは有り得なかった。

「キンロップ殿には、その対策を考える時間がありませんでした。何か思いつかれたのではとも思うのですが」

「もう一通はイゼフ神官宛てということだったな」

「手紙ですか。ええ」

「では導師、何とか彼を探して……いや」

 呼び戻してくれ、というような言葉をレヴラールは飲み込んだ。

「キンロップのことと手紙のことは伝えたい。しかし彼は彼で重要な任に就いている。キンロップが信頼して送り出したのだ。それを呼び戻すのは却って混乱を招くな」

「ええ、彼には任を続けていただくのがよろしいかと存じます」

 サクレンは同意した。

「イゼフ神官とは面識がありませんが、祭司長が信頼していたことは確かです。何度もお名前を伺いました」

「長いつき合いのようだな。もしかしたら親友と言えるような……いや、よそう」

 彼はまた言葉を切った。

「いまは、とにかく問題の解決だ。二神殿に使いを送る。それから導師、陣と神殿の話をもう少し聞かせてくれ」

「は」

 二十歳そこそこの若者が、頼れる人物を次々亡くしてもまず自らの責任をと考える様子は痛々しくも見えた。感情を消すことに魔術師たるサクレンは慣れているが、レヴラールはそうではない。むしろ本来、感情の起伏が激しいくらいだ。

 しかし、こらえている。そうしたとき、人目を避けて本音を吐き出すことのできる人物を失い続けながら。

 サクレンは、その代わりになるとは言えない。彼女は王子を個人的にほとんど知らぬし、感傷でそうしたことを決意する性格でもない。しかし、できる限りの助力をとは思った。

 キンロップに約束したこともある。あれは感傷、衝動に近い発言でもあったが、関わったからには彼女にも責任があると考えていた。

 サクレンは一時的に姿を隠して――彼女の雇用は秘密ではなかったが、こうしたとき「魔術師が王子を操っている」などと噂が立つのもよろしくないと判断したのだ――レヴラールが侍従長や侍女頭に指示を終えるまで、街に敷かれた陣について考えていた。

「殿下」

 レヴラールが人払いをしたあと、彼女は再び姿を見せた。王子は反射的にびくりとし、それから深呼吸をした。

「どうにも、慣れんな」

「仕方のないことです。もとより、普段はこのような術の使い方はいたしませんので、慣れる必要もありません。良識のある魔術師であれば、術の使用を誇示しないものです」

「少し安心した」

 思わず彼は本音を洩らした。サクレンも思わず、少し笑みを見せた。

「それで、陣だが」

「はい。気づいたことがあります」

 彼女はキンロップの部屋から持ってきた地図を広げた。

「このように……陣はどういう目的であれ、神殿を軸に巻き込んでいる。陣を崩すのは難しくありません。しかし私が警戒しているのは、それによって取り返しのつかない状況に陥ること」

「どのような状況を想定している?」

「キンロップ殿は、聖なるものを示す地脈はないと仰った。いえ、正確には、神殿が関与するところにはないと。しかし何かしら、あるのです。人智を超えた、などと簡単に言いたくはないのですが」

「均衡」

 王子は呟いた。

「キンロップも……俺もこれを何度も言いたくはないが、コルシェントも、大事なのは均衡であると説いた。保たれること――」

「それです」

 導師はうなずいた。

「保たれていた。これまで、何ごともなく。それをひっくり返されれば、いま程度の混乱ですら済みません」

「理屈は判る。しかし具体的な事案がなければ。ただここで懸念を述べていても何にもならん」

 レヴラールは額を押さえた。

「サクレン導師。やはりその陣を崩してもらえまいか」

「……何が起こるか、判りませんが」

「しかし、街をこのままにはしておけぬ。連中のやることを追いかけて処理していくのも情けないが、いまは人心を鎮めるのが何より先だ」

「殿下のお気持ちは、判りました」

 サクレンはうなずいた。

「ですがメジーディス神殿長がおいでになるまで、しばしお時間を。不測の事態に備え、神殿との連携が取れる状態にしておきたく思います」

「判った。それは応じよう」

 レヴラールもうなずいた。

「俺は騎士たちを招集して話をする。ジョリスとハサレ……サレーヒがいないのは痛いが、上位でなかろうと彼らにも充分能力があるのだからな」

 王子はそう言ってからふと片眉を上げた。

「ジョリスは? 協会か」

「ああ、そのことはお話が遅れましたが」

 何だかもはやコルシェントのことすら些末な話に思える。感覚が麻痺しかけている、とサクレンは感じた。気をつけなければならない。重大なことを見落としてしまうかもしれないからだ。

「何と……そのようなことが」

 死んだはずの魔術師がピニアのもとに現れたこと、その脅威は去ったがジョリスは薬の効果を使い切ったこと、サクレンは簡単に説明した。レヴラールは頭が痛むかのよに額を押さえた。

「はい。私は少し彼女らの様子を見て、それからすぐ戻ってくることにいたします。『魔術師が先に待っている』のも、神殿長の心証を悪くするでしょうから」

「そうした感情は廃してもらいたいのだが」

「祭司長が任命した方ですから、極端な偏見をお持ちではないと思います。ですが我々の間にはどうしても根深いものがあるのです。第一印象をわざわざ悪くすることはありません」

 肩をすくめて魔術師は言うと、さっと一礼して姿を消した。レヴラールは目をしばたたき、それから苦笑した。

「慣れずともよいと導師殿は言ったが、この調子では慣れてしまいそうだな」

 そう言って彼は振り向いた。

「瞬時に右へ左へ移動することが必要になる……この異常事態を一刻も早く平定するために、どうか、力を貸してくれ」

 小さな呟きに死者たちから返事はなかったが、王子は何か耳にしたかのように顔を上げ、再び地図に向かった。


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