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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第4章

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12 彼女にも理由が

 あった、という報告がサクレンのもとに届き出したのは、集中するために彼女が協会に戻ってからすぐのことだった。

「封じ石の一種ではないかと思います。呪術に近い」

「壊せそう? 石そのものでも術だけでもいいわ」

「守りの術があります。石の破壊は可能と思いますが、術者にすぐ気づかれるかと」

「そうね。もっと数を見つけてからがいいわ。見つけた場所や石の特徴をほかの術師に伝えて」

「判りました。引き続き捜索をします」

 こうしたやり取りは全て〈心の声〉と呼ばれる遠話術だった。魔術師同士ならば、最低でもどちらかに技能があればほぼ問題なく声を交わせる。

 問題があるとしたら、近場または意図的に行動を探ろうとしている魔術師がいれば内容や場所を知られてしまうというようなことだ。警戒をすればある程度は防げるものの、完璧にとはいかない。その辺りは、たとえば普通の声を使った秘密の話を誰にも聞かれまいとするより困難だ。

「サクレン師、こちらも見つけました」

 別の魔術師から知らせがくる。

「妖術、と言われる類ですな。正直、気味が悪い。触るどころか近寄りたくもない」

「まあそう言わないで。無事に済んだら、読みたがっていたジノルーの本を貸してあげるから。ただし持ち出しは禁止だけれど」

「直筆書ですか?」

「そうよ」

「ならお受けします」

 こうした〈損得の勘定〉をサクレンは叱らなかった。彼らはナイリアン王家に忠誠を誓っている訳でもないし、もともと国や街のためという意識が希薄だ。騎士や兵士たちはもとより、たとえ生まれたときから暮らしていたところで、一年住んだ普通の街びとよりも感傷を持っていないことが多い。

 それは人から「不吉だ」と避けられる彼らが自然と育んだ感情だ。もちろんそうした魔術師ばかりでもなく、積極的に垣根を取り去る者もいるが、全体的な傾向としては「避けてもらえるなら楽でいい」。自立とも孤立とも取れる方向に進んだ結果、全体的な意識や「故郷」への愛情などは持っていなかった。

 サクレンとて、そう変わらない。レヴラールが王族の責任を感じるのは判るが、キンロップの熱意やジョリスの義侠心については、正直、ぴんとこない。決めごとに囚われている、一種の呪いであるとも感じる。

 しかし今回ばかりは、彼女にも理由がある。

 カナトやピニア。教え子への愛情ならば抱いていた。彼らの不幸の背後にラシアッドがいるならば、戦うもやぶさかではない。

「周囲には充分、注意して。何か罠が仕掛けられているかもしれない」

 サクレンは思いつく限りの忠告をし、聞いていた若い魔術師たちは少しだけ苛ついたが――彼らは概して能力に自信を持っており、言われなくても判っていると思いがちだ――それなりに上手に隠しながら、了解したと伝えた。

「サクレン師」

 次にかけられた声に、彼女はとっさにまた次の報告かと思ったが、そうでないことはすぐに気づいた。

「ピニア?」

 その声は小さかった。空気を震わす「音」とは違うものの、やはり魔力の強弱が術の強弱に関わるものだ。ピニアは〈星読み〉にこそ長けているが、単に「魔術師」として見た場合、彼女は初等術師程度だ。実際のところ、気忙しくしていたサクレンが彼女の声を聞いたのは、ピニアが最初に試みてからしばらく経った頃だった。

 しかし上級者、この場合はサクレンが相手を特定してきちんと照準を合わせれば、何の問題もなくやり取りができる。もちろん、導師はそうした。

「どうしたの? あなたが声をかけてくるなんて」

「すみません、街が混乱していることも、術師たちが動いていることも承知なのですが」

「かまわないわ。同時に対応もできる」

 〈心の声〉は思考でもある。実際に言葉を交わすよりずっと短い時間で意思の疎通が可能だ。

「もしかしたら、ジョリス様のことかしら?」

「え、ええ、そうです」

「状況を知れば、混乱を収めようとするでしょうね。彼のひと声が人々に大きく響くことは事実だけれど、薬もそうそう保たない。荷が重いでしょうけれど、何とか彼をとめて」

「薬は、既に切れてしまったんです」

「何ですって?」

 もうそんなに時間が経ったのかとサクレンは驚いたが、そうではなかったことをピニアの話によって理解した。

「そう、コルシェントが……」

 悪い知らせであり、いい知らせでもある。本当に滅したならば。

「そんなものと対峙したなら消耗も激しいはずね。こう言っては何だけれど、ラバンネル術師の薬が切れたのは運がよかっ――」

 言いかけてサクレンははっとした。

「待って。ピニア、その不思議な光がコルシェントを消した、正確な時刻は判るかしら」

 これは難しい質問だった。サクレンも無茶な要求と知っていたが、感じるところがあったのだ。ピニアは考え、数十分(カイ)から半刻ほど前ではないかと応えた。それは大雑把な返答でもあったが、サクレンの推測とも一致した。

「これが連中の企みであることは考えるまでもないこと。ナイリアールを混乱に陥れるのが目的とは思うけれど、唐突に感じたわ。前触れもなく、というのも充分に混乱の要因になるけれど、それなら一度目で拡散していればいいはず」

「サクレン師……?」

「コルシェントの消滅。おそらくそれが引き金」

 どういった時機を予定していたにせよ、ラシアッドは彼ら自身の目論見でこの混乱を開始するはずだったのではないか。そのきっかけがコルシェントの――二度目の――死。

「予定外ね。ざまあみろだわ」

 思わず呟いたが、大筋で向こうの計画通りなのは変わらない。彼女は首を振った。

「あなたは、そのまま館にいなさい。ジョリス様を見張っておくように。不本意でしょうけれど、この際、星を読んだとでも何とでも言って外に出しては駄目よ」

 占い師が予知について嘘をつくなど、最大級の禁忌である。判っていながら、サクレンは言った。

「その、それは」

 ピニアはやはり、容易に応とは言えなかった。

「もちろん、可能なら本当の星読みもしてほしいところだわ。何か視たならすぐに連絡を」

「は、はい」

 こちらには返答ができる。彼女の気持ちは手に取るように判ったが、サクレンは敢えて先の言葉を撤回しなかった。「この子にはこれくらい強く言わないと迷いが生じる」という判断のためだ。

「サクレン師、見つけました」

 別の魔術師からの声が入った。

「それじゃピニア、よく連絡してくれたわ。何かあったらまた」

 導師は占い師にそう告げ、封じ石の件に意識を戻した。


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