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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第4章

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07 戦わなくてはならないとき

「ああ、念のために言っておくが、私自身は違う。歴代の王のなかには嫌々その座に就いた者もいるかもしれないが、私はこの責任を喜んで負うつもりだ」

 笑みを浮かべてラシアッド第一王子は言った。

「そう、私は責任を果たす。手はじめが湖神の復活だ。そして〈はじまりの地〉を取り戻す」

「いい加減に」

「誤解をされては困るのだが、私はナイリアンの民に無体な真似をするつもりはない。蛮族の王を廃した暁には、現状以上の善政を敷くつもりだ。騎士制度だって、継続することを考えている。国民にとって大切な存在だということは理解しているからな」

「彼らはナイリアン王家に忠誠を誓っているのに、何を戯けたことを」

「もちろん強制はしない。私の王座に正統性を認め、私の理念に賛同する者だけでいい」

「……それは、ハサレック・ディアのこと」

「彼は確かに私に賛同してくれている。そうだね、白光位という名称まで継続するかは判らないが、それに相当する地位は彼が相応しいだろう」

「まさか」

 リチェリンは表情を険しくした。

「そんなことで、彼の気を引いているの」

「いいや、それも誤解だ。報酬をちらつかせたりはしていない。彼は彼の意志でナイリアン王家を見捨てた。それとも見捨てたのは国よりも親友なのか、それは彼の心次第だが」

 ロズウィンドは肩をすくめた。

「ハサレックのことは僕にお任せよ」

 くすくすと悪魔が口を挟んだ。

「彼が幸せになるように、僕はちゃんと手を打つ。それが首位騎士であるなら彼はそうなるし、そうでないならほかの道に。だから彼のことは心配しなくていいよ」

 「心配なんてしていない」と思わず言いかけたリチェリンだが、神女見習いの理性がそれをとどめさせた。見抜いたように悪魔は彼女をちらりと見て笑う。

「それより、早くお芝居を見せてよ」

 ニイロドスはロズウィンドに視線を移した。

「せっかく駒があるんだから、さ」

「駒ですって」

「おっと、芝居と言ったのだから役者と言おうか」

「言い換えたって同じだわ。私たちで……人間で遊ぼうってことじゃないの」

その通りだよ(アレイス)

 悪魔は目をしばたたいた。

「そんな理由でもなくちゃ、僕はここにいないもの」

 あまりにも当然の様子で返されて、リチェリンは返す言葉を見つけられなかった。

「芝居か」

 ロズウィンドは両腕を組んだ。

「神子姫に力を発揮していただきたいが、その場面にはまだ少し早いようだ。彼女を守るために戦おうという男がいるのだから、戦ってもらうのはどうかな?」

「何を」

「望むところだ」

 ソシュランは前に出た。

「駄目よ、ソシュランさん――」

「悪魔に通常の武器は効かない、という話はアバスター殿から聞いたことがある。だが」

 ぱちり、という音は、彼の戦輪の保護枠が外された音だった。

「血の色がどうであれ、お前は人間のようだ」

 エクールの民の戦輪は、鮮やかな三色で紋様を描くように塗装されていた。

「私か」

 ふっとロズウィンドは笑った。

「ニイロドス殿が駒と言ったね。身分上は私は王子だが、盤遊戯でたとえるならば〈王〉だ。この場では私と神子姫が、ということになるだろう」

 そして、と彼は続けた。

「守り人たる戦士は〈騎士〉が相応しい。ならば私も、駒として〈騎士〉を対抗させようじゃないか。――ノイ」

 彼が呼びかけると、その背後の闇からノイ・クロシアが進み出た。リチェリンはぎくりとしたが、ソシュランも驚いた顔を見せた。

「ずっといたのか?……気配が、なかった」

「おやおや。戦う前から格下であることを認めてしまっては、戦いがつまらなくなる」

 ロズウィンドは首を振った。

「剣か。戦輪か」

 クロシアが問うように言ったのは(あるじ)に対してであったか、「敵」の〈騎士〉に対してであったか。

「お前の好きなように」

 少なくとも主たる〈王〉はそう返した。

「得意の得物を選ぶといい」

 ソシュランはそう答えた。

「得意、と。普段は剣を使用している。戦輪は遠くの相手を仕留めるのに適した武器だ。ごく小型のものなら接近戦も可能だが、正当な使い方ではなく、もとより貴殿は持っていないようだ。近距離でも使うことはできるものの、投げたらそれきり。外したり防がれたりすれば、おしまいだな」

「では剣にするといい」

 怒りも焦りも見せず、ソシュランは促した。

「そして私が外したなら、その剣で私を貫けばいいだろう」

「外さない自信があるという訳か。面白い」

 そう言ってクロシアが取り出したのは、保護枠を外した二枚の戦輪だった。ソシュランは片眉を上げる。

 それはソシュランのものよりひと回り小さいようだった。体格もクロシアの方が小さい。身長はそう変わらないが、がっしりした印象のあるソシュランに比べるとクロシアはすらりとしている。正面から力較べをすればソシュランに分がありそうに見えるものの、敏捷さを言えばクロシアが上だろう。

 だが――ロズウィンドの言うように、それは確かに似通ったふたりだった。ヒューデアもここに並ぶことがあったなら、ますますその雰囲気は強くなったはずだ。

 クロスの血筋。

 エクール湖を、その民を守る戦士ら。

「本来、彼らは互いに戦う相手ではない。しかし、主人の名誉を賭けて戦う〈騎士〉であればそう不自然な話でもない。昨今、その類の決闘では命まで賭さないものだが、今回は生憎」

 クロシアの主はすっと身を引き、彼の〈騎士〉に道を譲るようにした。

「そうもいかないだろう」

「命……」

 リチェリンは青ざめた。

「だ、駄目! 決闘なんて。どうしてそんな話になるの? おかしいじゃないの!」

「何もおかしくない、神子姫。貴女を手に入れるために私が仕掛けた。嫌だと言うなら彼を引かせてもいいが、その代わり、貴女には言うことを聞いてもらう」

「そんな」

「聞きたくないのだったかな。ならば力ずくだ。私はきちんと段階を踏んでいるよ。戦いは嫌だが降伏も嫌だと言ったところで、戦うつもりの相手は聞かない。仮に譲歩して降伏を選んだところで、相手が応じなければただ無駄に殺されるだけだ。判るかな、姫」

 彼は嘆息した。

「戦わなくてはならないとき、というのはあるのだ」

 そう言ったロズウィンドの目線はリチェリンを向いてはいなかった。

「遠い過去……エクールの長老は争いを避けようと降伏した。これ以上、民に手を出さないとの約束と引き替えに、自らの命と〈はじまりの地〉の支配権を蛮族に渡した。その結果、どうなったと思う」

 彼は村を見回すように視線を動かした。

「約束は守られなかった。働き手である年代の男は結局みな殺され、反抗的な態度を取れば女でも容赦なく殺された。我らの祖先は逃げ延びたために殺害を免れたが、〈はじまりの地〉を放棄したことにもなる。その罪は負わなくてはならない」

 最後の部分は呟くようになった。

「――戦うべきとき、というものがある。決して忌避できない戦いがある。何も、意地でというような話ではない。望んでいなくとも、戦いを仕掛けられたときに『自分は嫌だから』と言ったところで殺されるだけ」

 彼は首を振った。

「無論、殺されてもいいと言うならその選択もいい。だがそれが自分だけで済むか、自分の親しい人間を巻き込んでもかまわないか、そうしたことも考えるべきだろうね」

「そんな、そんな言い方って」

 言い返したい。しかし確かにその通りでもあるのだ。

 理不尽であろうと、拳を振り上げられたときにただ目を閉じても殴られるだけ。上手に避けられたとしても、相手を怒らせる。相手が満足するまで殴られてみても、それがどこで終わるかは判らない。死ぬまで殴られるかもしれない。そして自分だけで済むとも限らない。

 ロズウィンドの言う通り。戦いを仕掛けられたなら、自らと仲間を守るためにも戦うしか――。

(本当に?)

(本当に、それしかないの?)

(タルー神父様、私、どうしたら)

 恩人である死んだ神父を思い出した。彼の教えに背くことなどしたくないのに。

「さあ、ノイ。先ほどの失態を取り返す好機だ」

 ロズウィンドは促すように言った。

「ああ、もちろん私は、あれを失態だなんて思っていない。ただの魔術や神術であっても、お前には如何ともしがたかった。そのことにすぐ気づいて私に報告にきた、おかげでウーリナを守れたのだから」

 優しい声だった。

「もちろん私は最初から咎める気はなかったさ。だがノイがどうしてもと言うから、それなら」

 浮かべられるのはいつでも穏やかな笑みだった。

「クロス一族の末裔たちが頂点を決めるのもいいんじゃないかと、ね。生憎なことに、将来有望だった若者はもういないが」

 ぐんっとリチェリンの胸が痛くなった。

(――ヒューデア、さん)

(本当に……)

 仇討ち、などという言葉も浮かぶ。彼女自身にはどうしようもないがソシュランならば対抗できるのではないか、という気持ちも。

(でも)

「リチェリン様。お下がりを」

 守り人が言う。

「彼らは貴女を傷つける気はないでしょう。ですが近くにいては巻き込まれることもある」

「だ、駄目ですっ」

 彼女は繰り返すしかなかった。

「わた、私の」

 両の拳を強く握る。

「神子の、言うことを聞いてくれるなら、ソシュランさん、どうか」

「貴女を守るなという命令は聞けません」

 リチェリンの、初めて自身を神子と認めた発言を遮り、ソシュランはまた進んだ。

「ノイ・クロシアと言ったな」

「ああ」

「我が名はソシュラン」

 まるで決闘の形式に則るかのように彼は名乗った。

「いざ――参る」


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