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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第4章

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05 役者が揃った

 およそ三十年前、そしてその十数年後に起きた事件を体験した者はみな、鮮明に思い出した。謎の爆発音が村を襲った、不可解な夜のこと。

 それらのときに何が起きたのか、明確に説明できる者はいない。いや、長老ともうひとりだけは理解していたが、そのどちらも詳細を語ることはない。

 村中に響き渡る轟音が聞こえたとき、素早く反応して飛び出した者はふたりいた。

 ひとりは、守り人ソシュラン。

 彼はその責任と故郷への愛情でもって、その音の原因を突き止めるために外へ出た。もし危険があればそれを排除するだけではない、村人たちを近づけないようにしなくてもならない。本当に何かが爆発したのであれば、巻き込まれて怪我をした者がいないかどうか確認する必要もある。

 だが幼い頃からこの村の隅々までに慣れ親しみ、鍛錬を続けてきた彼にも、その音がどこから聞こえてきたのかぴんとこなかった。

 彼は周囲を見回し、異常な場所を探した。しかし少なくとも見た目には、どこかに火の手が上がっているということはなかった。

「あっ、ソシュランさん!」

 彼が振り返ると、ひとりの娘が走り寄ってきた。

「神子様」

 守り人はすっと頭を下げた。

「や、やめて下さい、そんな」

 慌ててリチェリンは両手をぶんぶん振った。

「その、神子に対して敬意を払うのがここでは当然だってこと、知ってます。でも私は、な、慣れてないですし」

 守り人ソシュランのことは、彼女の記憶にあった。いや、これまでは覚えていなかったも同然だが、長老のところを訪れたときに思い出していた。子供の頃から素質と守り人の魂を見出され、自らも望んでその道を進んだ彼は、彼女が村を去るときには坂の上からずっと見送っていてくれた。

 だが――まだ思い出せない。

 そのとき彼女の手を引いていたのは、誰だったのか。

「お戻りになったからには、こうした敬称に慣れていただかなくてはならない。だが」

「いまは、そんな話をしてる場合じゃないですね」

 リチェリンはキッと目線を上げた。

「神子様」

「リ、リチェリンでいいです」

「では、リチェリン様と」

「うう」

 「様」などとつけられれば気恥ずかしいを通り越していたたまれなくなるのだが、やはりいまはそんなことを言っていられない。彼女は当座、耐えることにした。

「ものすごい力を感じました。あっちです」

 その言葉と迷いなく一方を指すリチェリンにソシュランはこくりとうなずいた。三十年以上の年月をここで暮らしてきた彼よりも、神子の方が判ることがあって何がおかしかろうか。十年を超す不在など、神子には関係がない。離れていたところで、自覚が、記憶がなかったところで、彼女は間違いなくエクールの神子であったのだから。

「あっちです」

 気を取り直して彼女は強烈な力――気配、波動、何と言うにせよ、感じた何かのもとへとソシュランを案内した。

「――村でのことを覚えておいでか」

「少し、だけ」

 彼女は正直なところを言った。

「私はここで暮らしていた。誰かに手を引かれて、向こうの坂を下りていった」

「何のために、ここを出ることになったかは」

「ごめんなさい。よく……」

「きっかけは、似ていた。先ほどの大きな音と衝撃に」

「え」

「三十年前……いや、二十八年前か。そして、十三年ほど前。その二度。此度は三度目ということになるのか」

「え」

 その数字にリチェリンはすぐ思い浮かべていた。ハサレックの所行が三十年前の再来のように話されたこと。正確には二十八年前であったはず。

 そして十三年前。

(四つか五つの頃にこの村を出た)

 長老の言葉が思い浮かんだ。

 ――オルフィは、十八だ。

(それが何の関係があるの?)

 彼女は自分の連想に困惑した。

 長老は、オルフィが悪魔と呼ばれる生き物と関わっていることを彼女に話した。リチェリンは信じられなかった。長老を疑うのではないが、オルフィがそんな怖ろしいものと関わることがどうしてあろうかと。

 ヴィレドーンの名は語られなかった。長老は何もそれを忌まわしい名としたのではない。それを告げるのは自分の役割ではないと知っていたからだ。

 もっとも、そのためにリチェリンは長老の話を理解しきれていなかった。

 しかしそれは、「判るべきとき」がまだこないから――ということでも、あった。

「一度目は、悪魔がヴィレドーンへの『罰』として村を滅ぼそうとしたのだと聞いている。幸運なことにそれが成されなかったのは三人の英雄が力を尽くしたためだ」

「三人の、英雄?」

「ああ」

 ソシュランはうなずいた。

「アバスター、ラバンネル。そしてヴィレドーン」

「ヴィレドーン」

 それが「裏切りの騎士」の名であることはナイリアールで耳にしていた。だが、その名が英雄として語られることの不思議さ。

「二度目と、言うのは?」

「詳しいことは判らない。しかし彼らが湖神の力を借りて抑えた力は、消えたのではなく分散された。残りの衝撃が十数年後に届いたのだとされている」

「え、ええと」

 リチェリンには判りづらかった。彼女ならずとも、ある程度以上魔術を学びでもしなければ理解はできないだろう。ソシュランとて「そういうものだ」と納得はしているが、本当の意味で理解しているとは言えなかった。

「一度目のときは、私は幼子だった。だが二度目のことは覚えている。三人の内、ふたりの英雄が帰ってきた」

「ふたり? 帰って……こなかったのは?」

「ヴィレドーン」

 短く、ソシュランは答えた。

「彼は、語られているように王城では死んだのではなかったが、結局はその十数年の内に死んだ。見聞きした訳ではないが、そうなのだろう。彼らもヴィレドーンのことになると歯切れが悪かった」

「そう、なんですか」

 相槌は打ったものの、そのことが何か関係があるとは思えなかった。

 だが引っかかる。

 しかし、何が。

「湖神はそれ以来、姿を消している。二十八年前には村を守るために力を使い、おそらくはその十年後に消えた。そのために二度目が起きたのだ」

「それって」

 リチェリンの知識は「湖神と呼ばれる存在が死を迎えたのではないか」と考えた。「神」であれば死ぬということはないが――「神殺しの矛盾」は別の話だ――、神殿の知識でいけばエク=ヴーは「土地神」。

 土地神信仰というのは、仮に山であれば「山」そのものに神聖性を見出したり、長寿の大きな生物、いわゆる「山のヌシ」への畏怖が変化したものであったりするとされている。もしもエクールの信仰について八大神殿の神官が調査をすれば、特殊な水棲生物、大きく育った水蛇の類を神としている、などと考えるだろう。

 彼女の神女見習いとしての知識はやはりそうしたことを考えさせた。しかし神子はもちろん、知っている。湖神は湖神であり、水蛇などではない。エク=ヴーはエク=ヴーであり、エクール湖の神だ。

 それが「何」であるのかは、エクールの民には問題ではない。湖神エク=ヴーは湖にいるもので――いまはいなくとも、必ず、帰ってくる。

 神子が、帰ってきたように。

「おかえり、と言えばいいのかな」

 湖の前にたどり着いたとき、彼女を迎えた男は両手を拡げてそう言った。

「できることなら私も言ってもらいたい言葉だ。もっとも、正式な帰還でもない。あとの楽しみに取っておくのがいいだろう」

「あなた……」

 リチェリンはぐっと両の拳を握った。

「どういうこと? さっきの大きな音は何? 何をしたの?」

「あれは、言うなれば祝砲だ。私の前に、湖神の帰還を称えなくてはならないからね」

「湖神……帰還ですって」

その通り(アレイス)。まさかこの私が、蛮族の王がやろうとしたように、兵士なんかをこの地になだれこませるような真似はできない。ここは私の守るべき土地でもある」

「何を言って――」

「話しただろう? 理解もしたはずだ。私がこの〈はじまりの地〉を統べた王の末裔であること」

 ロズウィンド・ウォスハー・ラシアッドはにこやかにしていた。

「王、だと」

 リチェリンの肩をそっと押し、ソシュランは彼女の前に立った。

「我々は王など戴かない」

「いまは、な。クロスの子孫たる守り人よ」

「クロス」

「その名は知っているだろう? キエヴには伝わらなかったようだが」

「もちろんだ。守り人がこの地を守るのは当然のことだが、それでもクロスは守り人のなかの守り人、英雄と言ってもいい」

「そうだな」

 こくりとロズウィンドはうなずいた。

「役者が揃った、というところだ。守り人、神子、そして王。長老は湖の傍らで長く生きたためにいくらか影響を受けただけにすぎない。生まれながらの存在ではないからな」

「生まれながら?」

 リチェリンはぴくりとした。

「生まれながらの存在なら、偉いとでも?」


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