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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第3章

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04 信じるの?

「僕はわざわざ彼を連れて行ったけれど、本当はどちらでもかまわない。どう転んでも僕は楽しむことができる。おもちゃはたくさんあるから」

「私もそのひとり……いや、そのひとつ、かな」

「かもしれないね。でも気にしないだろう? 僕にどう思われているかなんて」

「そうだな、気にならない。気をつけはするが」

「いいね。そういう慎重さは好きだよ。慎重すぎてもつまらないけれど」

「好みに合うよう、気遣うとしよう」

 気軽に王子は答えた。

「ハサレックからは躊躇を奪う形で力を与えたと。それから、あの黒い剣」

「あれっ、何だ。知ってたの?」

 ニイロドスは目をぱちくりとさせた。

「外から見る限りでは、前と変わらないと思うけれど」

「見る限りでは? とんでもないじゃないか。あの妖気が鞘に収まっているとでも?」

「へえ」

 次にはあくまは満足げに笑う。

「君は見えるのか。それは頼もしい」

「ほう……そのように言うということは、あれは単に『邪なもの』という訳ではない、獄界の力とでもいう辺りか」

「そうさ。魔術師ならば何か感じ取ることもあるかもしれないね。でも君に魔力はない。エクールの血では、あれを見て取ることはできないだろう」

「では、何かな。貴殿と契約した私に、何か変化が生じているとでも」

「そうかもしれないね。でも獄界の生き物になるということはないから、心配しなくていいよ」

 ニイロドスは片目をつむった。

「変質しているのは、力……かな。君たちの血に宿るエクール王家の力は、どちらかと言えば聖なるものであったはず。しかし僕と近づき、僕の力に触れることで、質が変わる」

「鉄が錆びるように……とは言うまい。劣化では困るからな」

「ふふ、聖なる者が汚された、とは言わないのかな?」

「ウーリナであれば、言おう。リチェリンであっても。しかし私はかまわない。私とラスピーシュならば」

「汚れは自分たちが引き受ける?」

「そう取ってもらってもかまわない」

「弟君も同じ考えだと?」

「どうかな。あれはあれで、思うところがあるようだ」

 気にしないようにロズウィンドは手を振った。

「ただ」

 すっと彼は顔を上げた。彼を知る者が見ればはっとしただろう。その表情は、穏やかな王子とも、優しいふりの笑みで怖ろしいことを口にする兄とも、異なっていた。

 そこにあるのは決意。まっすぐで、強い、それは誓い。

 騎士のような、と表現する者とて、いたかもしれなかった。

「清いままで悲願を達成できるとは思っていない。身を汚し、手を汚し、侵略者、僭主と罵られようとも〈はじまりの地〉をこの手に取り戻す――これは」

 そこでふっと、彼の表情はいつものものに戻った。

「〈裏切りの騎士〉ヴィレドーンと似ているかな?」

「かもしれないね。エクールの地をナイリアンの手から守ろうという意味では、君と彼はまるで同志だ」

 ニイロドスはにっこりとした。

「ただし、現状ではそうもいかない。オルフィは戻らぬかもしれないし、戻ったとしても、君が彼の大事な神子を我が物になどと考えているのでは、ね」

「ヴィレドーン。オルフィ」

 ロズウィンドはふたつの名を連ねた。

「成程。こちらに手を貸す可能性があるならヴィレドーン、ということだな」

「だとしても、余程上手な説得が要るよ」

 言葉だけを取れば忠告か諫言のようだったが、面白そうに見ているところからすれば、助言であるのかもしれなかった。

「神子がどこにいるか、私にははっきり見えている」

 ロズウィンドはにこりと笑みを見せて自身のこめかみの辺りをとんと叩いた。

「神子の居場所が判っていても、君には大した有利にならないんじゃないの?」

 悪魔は片眉を上げた。

「湖神の、なら判るけど」

「エク=ヴーの居場所、か」

 ロズウィンドは眉間にしわを寄せた。その様子は「愁いを帯びた」とでも言った雰囲気で、絵姿にでもなれば娘たちの心をときめかせることにでもなりそうだった。

「我が神は何処におわす……戯曲『ネインフォルー』で神を見失った神官アザウィンが嘆く一幕だが」

 彼は首を振った。

「私は嘆かない。嘆いていない。ラスピーシュは湖神が湖を去り、我らの力は蝋燭が消える前に見せる最後の光ではないかなどとも言ったが、私はそうは思わない」

「へえ?」

 ニイロドスは目をしばたたいた。

「弟くんと意見の相違があるのかい」

「先ほどから言っているだろう。彼と私は目的を同一とはするが、選ぶ手段が異なる場合もある。彼が私を出し抜いてまで何かするなら、それは目的のためには絶対にその方がいいと確信しているからというだけだ」

「それは、信頼?」

「どうかな」

 兄は首をかしげた。

「もし『利用』と言いたいのならそれでもいい」

「あはは、僕こそ、どちらでもかまわないよ。言葉は時に人を惑わす道具になるけれど、どう飾ろうと『真理』とでもいうものに収束していけば、同じことだからね」

「真理か」

 考え深げにロズウィンドは両腕を組んだ。

「人の子に見える真理などたかが知れている。私は究極の真実を求めるつもりなどない」

 知識神メジーディスの信奉者が求めるとされるものをロズウィンドは欲さないと言った。

「求めるのは、力……というのでもないね、君の場合」

 計るように悪魔は彼を見た。

「君なりの正義。もっとも、僕はそういうのの方が好きだよ。ただひたすら力や知識を求めるというのも嫌いじゃないけど、余程その『人物』に魅力がなくちゃ、単調でつまらないもの」

「その理屈で行くと、私には魅力がないかな?」

 少し残念そうにロズウィンドは言い、悪魔は笑った。

「そんなこと、思っていないくせに」

「どうかな」

 彼はまた言った。

「ある程度の自負はあるが、過剰にならないようにと思っている」

「ふふ」

 ニイロドスは面白がるようだった。

「少し過剰なくらいが僕には操りやすいけれど」

 それは駆け引きと言ってもよかっただろう。

 悪魔は軽くおだて、男は少しだけ乗ったふりをする。けれど引っかからないというふりを返し、悪魔はまたおだてる。

 まるで「仲間」のように気安く話していても、ロズウィンドは警戒を忘れておらず、ニイロドスもそれを知っていた。

 だから悪魔は彼を面白いと言い――それとて、おだての一種であるやもしれなかったが――彼と契約を結ぶ。

 それはハサレックやヴィレドーンとはまた異なる対応であった。

「ラスピーシュ王子はどうするの?」

「どう、とは?」

「意見が本格的に違うようなら、さ」

 ニイロドスは肩をすくめた。

「もし彼が邪魔になったら?」

「そのことには気を遣うつもりだ」

 というのが兄の返答だった。

「私とラスピーシュが対立すべきではない、ということは理解している」

「それは、ラシアッド国内を考えて?」

「いや」

 彼は首を振った。

「幸か不幸か、ラスピーシュを擁立しようという人物はいない」

「『不幸』かもしれないというのが面白いね」

「そうかな? 私が彼の台頭を怖れるなら幸いかもしれないが、国として第二王子、将来の王弟に信頼がないようでは厄介だろう」

「成程ね。それは判るようだよ」

「もっとも、あれの放蕩も無駄ではなかった。神子を見つけたのはラスピーシュだからな」

「そのことが彼の情を呼んでいるのではないの?」

「少なくとも本人は、確かに情はあるが流されないと言った」

「それを」

 くすり、と悪魔は笑う。

「信じるの?」

「さあ」

 どうかな、と三度(みたび)王子は呟いた。

「選べる道はひとつだ。私も。ラスピーシュも。考えた上で選んだものがもしも対立するようであれば――」

 兄王子は肩をすくめた。

「いや、言霊には注意しておいた方がよさそうだな」

「あれ。僕が何か言質を取ると思っている?」

「警戒はしているが、そうした意味でもない」

 彼は首を振った。

「口にすれば確定するという……魔術師の、或いは魔族の警戒に倣ったとでも言おうか」

「ふうん、成程」

 ニイロドスは楽しげに言った。

「もっとも、それは答えでもあるね?」

 その問いかけにロズウィンドはまた「どうかな」とだけ返すのだった。


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