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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第3章

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02 今更、そのような

「あやつがここに?」

「閣下に直接害を加えるとは考えづらいですが、彼は……」

 サレーヒは少し躊躇った。

「彼はジョリス殿の親友であった。ジョリス殿がご家族を大切に考えていることも、よく知って」

「凡庸な兄貴をジョリスへの人質に? そいつは いまひとつ面白くないな、サレーヒ殿」

 その声は、言葉とは裏腹に面白がるようでもあった。

「だがサズロ殿を遠ざけようってのは正解だと思うね。兄貴でなくともさ。つまり〈白光の騎士〉にとっては守るべき一ナイリアン国民であるということ。サレーヒ殿じゃそうはいかない。場合によっては切り捨てる」

「無論、そう在るべき」

 サレーヒは口の端を上げた。

「それはラシアッドの騎士の制服か、ハサレック」

 戸を叩くことはもとより、開けることもせずにその場に現れた元騎士にサズロは仰天した顔を見せ、サレーヒはただ顔をしかめた。

 魔術師たちが肌に粟を立てるようには感じないものの、何か邪な力が働いたのだという判断は、よくも悪くも容易にできる。

「生憎、この国に騎士制度はないんだ。客員という辺りでね。服はラスピーシュ殿下の見立てだ」

 薄灰色を基調にした意匠は制服めいてもいたが、肩口のふくらみやきらびやかな飾り留め具からすれば、戦いを想定したものではなさそうだった。

「面白い話をしていたようじゃないか?」

「聞いていたのか。悪魔との契約は魔術のようなことを可能にするのだな」

「魔術と言えば魔術師には気に入らないんじゃないかね。連中は妖術などと言うようだな。俺はどちらでもかまわないが」

 ハサレックはひらひらと手を振った。

「もっとも、俺には制限がある。あんまりほいほい使っちゃ、命を削ることになるんだそうだ。だからいまはほぼ移動手段にだけ限定してる。安心したか?」

「……何故、そのようなことを」

「黒一角獣と契約した〈不死のルウィスリー〉にも弱点はあったろ。それくらい教えておいてやるのが公平ってもんだと思うからさ」

「〈ルウィスリーの左手〉か」

 有名な物語にサレーヒはまた顔をしかめた。

「貴殿は不死ではあるまい」

「さて、どうかな」

 ハサレックは嘯いた。

「試してみるか?」

「ナイリアンの騎士が他国でその客員に斬りつけるという訳にもいかんな。いかにそれが自国での咎人であろうと」

「さすが、ナイリアンの騎士様は道理を判っていらっしゃる」

 かつての騎士はにやりとした。

「ああ、侯爵閣下がご不安そうだ。ご心配なく、オードナー閣下。現状、あなた方を傷つける予定はありませんよ」

 宮廷式の礼を決めて彼は笑みを浮かべた。

「ただ、病気になって帰っていただく訳にもいかない」

 ハサレックはくっと口角を上げ、サレーヒは唇を結び、サズロは困惑した表情のままだった。

「拘束したり監禁したり、そんな野暮な真似はしないさ。好きに過ごしてもらっていていい。ただ、あくまでもスイリエのなかでということになるだろうな」

「『この部屋』や『王城』でもなく、首都内と?」

「かまわんだろうよ。――魔術師協会を使ったってナイリアンと連絡を取れんのは、判ってるだろうしな」

 その言葉にサレーヒは眉根を寄せた。

「魔術師協会は権力に屈しないと聞いたが」

「いろいろあるさ。特に、個人的なつき合いがあれば、意外と魔術師連中ってのは融通が利くらしい」

 俺は知らんが、とハサレックは肩をすくめた。

「ロズウィンド王子殿下は、ここの協会長と懇意だとか」

 それは天を仰ぎたくなるような情報だった。協会は勢力図に不干渉であるというのは建前に過ぎなかったのか。明らかに反対側につかれては、不干渉という言葉さえずいぶんと暖かい、慰めのあるものに思える。

「王家の」

 ぽつりと言ったのはサズロだった。

「魔術師協会と王家の癒着は危険だ」

「は」

 元騎士は目をぱちぱちとさせる。

「俺に対する最初の台詞がそれなのか、閣下」

「……貴殿は私と話したい訳でもなかろう」

 それがサズロの返答だった。

「貴殿が私にあまりよい感情を抱いていないのは知っている。会うことはあまりなかったが、常に騎士として丁重な態度を保ちながらも、その目はほかの者たちとよく似ていた。先ほども言われたな。『何故、ジョリスのような男の兄がこのように凡庸なのか』」

 自重するように〈白光の騎士〉の兄は肩をすくめた。

「いや、貴殿は少し違ったろうか。『父親と同じように友人につらく当たる下衆(げす)な男だ』と」

「そこまでは思っていない」

 首を振ってハサレックは否定した。

「最初は少し驚いたさ。てっきりオードナー家はジョリスみたいな聖人一家だと思ってたからな。だがむしろあいつが突然変異(・・・・)で、あんたらはごく普通の、鼻持ちならない貴族連中と一緒ってだけだ」

「ハサレック」

 諫めるようにサレーヒが声を出した。

「嫌味を言ってる訳じゃない。それどころか気の毒だと思うさ。俺なんかよりずっとあんたはあいつと比較され、面倒臭い思いをしてきただろうからな」

 ハサレックは手を振った。

「どこに不幸があったのか、と考えてみたことはある。多くは、ジョリスが優秀すぎたことだろう。そして兄上殿、あんたが黙っていすぎたせい」

 そんな言葉にもサズロは黙っていた。

「感情的に喧嘩でもしてたら、状況はまた違ったろうからな」

 どっちに転んだかは判らんが、と他人事の目線でハサレックはつけ加えた。

「貴殿とジョリス殿を比較する者は、そういなかったと思うが」

 そこでサレーヒが言った。ハサレックは少し笑った。

その通りだ(アレイス)、サレーヒ殿。常に奴との比較をしていたのはこの俺自身さ。おっと、妬んで陰鬱としていた訳じゃないぜ? どうすれば奴のようになれるのか、日々考察と研鑽に励んだってもんよ」

「だが」

「言わなくていいさ。俺はジョリスじゃない。奴のようにはなれない。俺には俺の道がある。それが、これだ」

「親友を斬り、祖国を裏切ることか」

「それは結果だ、サレーヒ殿。結果だよ」

 ハサレックは片目をつむった。

「あんただって、一度も思わなかったとは言わせない。自分の努力もジョリスの手柄扱いされることに、ただの一度も違和感を覚えなかったとは。だが奴を恨むことじゃない。それは奴が〈白光の騎士〉だからで、〈白光の騎士〉にはその分の重責がある。いや、そんな話はどうでもいいか」

「ハサレック」

 再びサレーヒはかつての同僚を呼んだ。

「今更、そのような話をしたいのか?」

「は、手厳しい。確かに今更さ。だが昔話も悪いもんじゃない。どうせあんたらは、監禁されていなくたって虜囚みたいなもんだ。すぐに殺せという命令だってきてない。のんびり話したっていいだろ?」

「――何の真似だ。時間稼ぎか」

「ただ、あんたらに静かにしててもらいたいだけだ。俺だって、同郷の人間が痛い目に遭うのは忍びないからなあ」

「よく言うものだ。ラシアッドが戦を仕掛けるつもりでもあれば、ナイリアン人にも多くの死傷者が出ように」

「戦か。それはまた別の話だ。だいたい、あんたが思うような戦にはならんよ。ロズウィンド殿下が湖神の力を手に入れればな」

「湖神」

 エクール湖。その話は耳にしていた。

「〈はじまりの湖〉の信仰だな。それがいったい何だと言うのだ」

「知らないのなら教えてやろう。何ならあんたらもこっちについたっていい」

「馬鹿なことを」

「知らなければそう言う。いや、知っても拒絶するかな。それならそれでもいい。利用させてもらうだけだ」

「利用だと。私に人質の価値はないと判っているだろう。閣下にもそのような真似はしないと」

「そんなことは言っていない。面白みがないと言っただけだ」

 ハサレックは首を振った。

「一ナイリアン国民としてだろうと、見も知らぬ町民より人質としては役に立つ。『役に立つ』のが不思議でもあるがな」

 ジョリスの立場であったら見捨ててもおかしくないと、ハサレックはそうしたことをほのめかした。サズロは顔を青くして黙っていた。

「心配しなくていいさ。あいつのことは判ってんだろ。命を賭けても、兄上殿を救おうとするに決まってる」

「ふざけるな」

 低くサレーヒは声を出した。

「ジョリス殿の状態は知っているはずだろう」

「はは、大人しくしていろと言って聞く男じゃないことも承知だろ。あいつは守るべきものを守るために何だってするさ。籠手を持ち出したときだって、『判ってもらえれば罰されないはずだ』なんて甘っちょろいこと期待はかけらも持っていなかっただろう」

「そこまで判っていながら、何故」

 サレーヒは拳を握った。

「何故、彼を追い詰めようとする」

「追い詰める? 俺が?」

 意外そうにハサレックは目を見開いた。

「あいつを追い詰めるのはこの兄さんや親父さんだろ。俺に関しちゃ、まあ、あいつは人が好いからいくらか心を痛めはするだろうが、きちんと騎士の使命を全うしようとするはず」

 軽くハサレックは言い、サレーヒは黙った。

「何もいますぐジョリスに脅迫状を送るなんて話をしてる訳じゃない。それを決めるのは俺じゃないが、おそらくまだだろう」

 肩をすくめて裏切りの騎士は言った。

「時間はある。ラシアッドがナイリアンに恨みを抱いている理由でも話してやるとするよ」


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