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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第2章

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12 存じませんわ

「大丈夫ですわ」

 ウーリナはまたにっこりとする。

「全ては、よい方に行くものですの」

 それはあまりに楽天的な発言で、マレサよりずっと子供が聞いても呆れたかもしれなかった。

 だが同時にそれはとても安心できる言葉で、マレサは「あったかくなるってこれかな」と少し思った。

「ところで、さ」

 少々気恥ずかしさも手伝ったろうか。マレサは咳払いなどした。

「どうすんの。どこに向かってる訳」

「それがですわね」

 やはり王女は笑みを見せた。

「よく判りませんのよ」

「はあっ!?」

 当然、ウーリナが行き先を知って彼女を先導しているものだと思っていたマレサは素っ頓狂な声を上げた。

「何だよ、よく判らないって!」

「お城を出て、この大通りを歩いていればご案内していただけるはずでしたの」

「はあっ!?」

「そういうお約束でしたのよ?」

 ウーリナは首をかしげた。

「ひ、日にちとか、時間とか、は……?」

 ふと不安になってマレサは尋ねた。

「いつでもよろしいということでしたわ」

 にっこりと王女は何でもないことのように言った。

「お、おかしいじゃんか、そんなの」

「何故ですの?」

「だって! その迎えは四六時中、城を見張ってるとでも言うのかよ?」

 仮に忠実で誠実な使用人がそうしようとしても、実際問題、困難だろう。彼女らは裏口から出てきたが――予定にない王女の外出に門の兵士はとめようとしたが、ラスピーシュ王子も了承していると言われて見送らざるを得なかったようだ――表から出ないという保証もないし、単純に出入りも多い。日にちも時間も判らずに見張り続けるのは不可能に近いだろう。

「そんないい加減な約束なのかよ」

 マレサは呆れた。

「姫さん、からかわれたんじゃないのかあ? 迎えなんて、いないじゃんか」

「ですけれど、ずっとお城の前で待っていなくとも、判る方には判るはずですのよ」

「あ?」

 剣呑な声で返してから、少女ははっとなった。

「あ……魔術」

 以前の彼女ならばぴんとこなかったろう。しかし不思議な術を体験してたいまは――あれは魔術ではなかったが――そうしたことに思い当たった。

「魔術師、なのか?」

「判りませんわ」

「へ?」

 この答えこそ、判らなかった。

「だいたい、どこの姫さんから誘われたらこんなほいほい外出すんだよ?」

「存じませんわ」

 王女は肩をすくめた。

「存じ上げない方ですの」

「……何だって?」

 マレサは大いに呆れた。

「あんた、知らない奴から呼び出されて、のこのこ出てきたのかよ? 頭足りないのか?」

「とても大事なお話があるとのことでしたから」

「あのなあ」

 そこでマレサは足をとめた。手をつないでいるからして、ウーリナもとまることになる。

「戻ろうぜ? 明らかに怪しいだろ。姫さんを誘拐しようって奴かもしんないじゃんか」

「まあ」

 王女は目を見開いた。

「そのようなことは、ございませんわ」

 そしてにっこりと言う。

「何で! そんなに自信たっぷりに! 言えんだよ!」

 少女の叫びはもっともとも言えた。

「判るものは判りますもの」

 それがウーリナの、ちっとも納得できない返答だった。

「もう帰ろうって。おかしいよ、こんなの――」

 彼女がくるっと踵を返したときだった。向こうから走ってきた子供が、どんっとマレサにぶつかった。普段のマレサなら機敏に避けるか、避けきれなくても均衡を保てるのだが、このときは着慣れないドレス――と言うほどでもないが、彼女にしてみればそのようなものだ――姿である。とっさにウーリナの手は放したものの、それ以上は巧く立ち回れずに尻餅をつく結果となった。

「いってぇ」

「へへっ、ごめんよ姉ちゃんっ」

 子供は笑ってそのまま走り去っていった。

「まあっ、大丈夫ですか、マレサさん」

 ウーリナは慌てて彼女に手を差し出した。要らないと首を振って少女は立ち上がり、顔をしかめる。

「ん、平気」

 ぱんぱんと彼女は服をはたいた。

「普通だったらいまみたいの、掏摸(すり)を疑うところだけど」

 犯罪経験のある少女は顔をしかめた。

「いまのは、違うな」

 追い抜いて行った子供が押しつけてきたものがあったのだ。マレサはそのくしゃくしゃになった紙を広げる。

「……何か、書いてある」

「何と書いてありますの?」

「よっ、読めるはずないだろ。馬鹿にしやがって」

 顔を赤くしてマレサは怒り、手を振り払った。

「まあ」

 ウーリナは困ったように目をしばたたき、マレサはうなった。

「これだよ。ほらっ」

 王女様にかけらも悪気がないことは判っている。ウーリナが人を馬鹿にするとはとても思えない。むすっとしながらもマレサは紙片を渡した。

「でもどうせ、意味なんかないよ。きっとガキの悪戯、遊びだ」

 あんな子供が読み書きを学んでいるとは思えない、きっと拾ったものだろう、内容はおそらく関係なく、知らない誰かに受け取らせたら勝ちとかそんな下らない遊び――とマレサが適当なことを言っている間に、ウーリナはそれを読み終えたようだった。

 王女の顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。

「悪戯では、ないようですわ」

「へ」

「どうやら、私がひとりではないから、迎えにこられないようですの」

「え、じゃあ、オレのせい?」

「いいえ」

 王女は首を振ってそっとマレサに顔を近づけた。

「クロシアですわ」

「へ?」

「お兄様ったら、私に約束を破らせるなんて酷い。今度、お菓子を分けて差し上げないことにします」

 ウーリナは怒っているようだった。おそらく。

「よ、よく判らんけど」

 ええと、とマレサは考えた。

「誰かついてきてるのか? つまり、姫さんの護衛が」

「そのようですわ」

「ま、そりゃそうか。考えてみりゃ、簡単に外に出られたのも、兵士はそいつがいるって知ってたからかも」

「まあ」

 思いもしなかったようにウーリナは目を見開いた。

「秘密の会は失敗ってことだな。散歩は悪くなかったけど、それじゃ帰ろうぜ。正直、この服はぞっとしない――」

 少女は少し安堵して言ったが、王女はそっと首を振った。

「いいえ。わたくし、負けませんわよ」

「へっ」

「クロシアを撒く気があるのならどうすればいいか、ここに書いてありますの」

「……へっ?」

「参りましょう、マレサさん。わたくし」

 ウーリナはにっこりとした。

「このクライス・ヴィロンさんという方にますますお目にかかりたくなりましたわ」


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