07 魔力錠
たどり着いたルタイの砦では、五分とかからずに答えを得ることができた。門番にジョリスのことを尋ねてみたら、チェイデ村の方へ行ったきりだと返ってきたからだ。
カナトの魔術は上手に働いているようだった。と言うのは、兵士らに籠手のことが見咎められなかったことはもちろんだが、身につけているオルフィ自身の目にもそれが見えなくなったからだ。
だがもちろん、そこに籠手の感触はあった。なのに見えない。初めて魔術というものに直接触れたオルフィは驚くやら感心するやらであった。
オルフィは五分を有効活用して、もう一度エントン小隊長に面会した。黒騎士を見た件を話し、ジョリスへの伝言を変更してもらうためだ。
黒騎士の話は、昨夜訪れたヌール村からもう伝わっていた。遭遇したのがオルフィであったということに小隊長は驚き、「ジョリス様のことと言い、引きが強いな」などと言ってきた。彼としては苦笑するしかなかった。
「ジョリス様には、オルフィはナイリアールに行きました、とお伝えしてほしいんだ」
手早く話したあとで彼はそう告げた。カナトとの相談の結果、それがいちばんいいだろうということになったのだ。
籠手のことはおおっぴらにしない方がいい。ルタイの砦でも、カルセン村でもだ。包帯を巻いたままカルセンに滞在はできないし、カナトの魔術もひっきりなしにかけ続けることはできない。とりあえず、オルフィに「その腕はどうした」「見せてみなさい」「治療を受けなさい」と言うであろう知り合いがいるところを避けなくてはならなかった。
となると、オルフィの「縄張り」であるこの付近の村はどこも駄目だということになる。それに、どうせ仕事で首都へ行く予定はあるのだし、カナトの提案も「大きな街の神殿」であるし、何よりジョリスは首都に戻るはずだ。
少なくともオルフィはそう思った。
当然だと。
「カルセン村には、兵士さんが伝えてくれることになったんですよね?」
「ああ、巡回のついでにリチェリンかニクールさんに話してくれることになった」
「オルフィの村には、伝えることはなかったんですか?」
「特にないよ。父さんには別にいちいちどこへ行くとか話さないけど、今回に限って言えば砦の誰かから伝わるだろうし」
「えっ、挨拶はしてこなかったんですか?」
「別に必要ないって」
だいたい、とオルフィは笑った。
「五分って思うと焦っちまってさ」
「すみません」
カナトはまた謝罪した。
「もう少し保つかもしれませんでしたが、心配で」
「謝ることじゃないっての」
オルフィは手を振る。
「何かさ、罰則作ろうか」
「何ですって?」
「謝るようなところじゃないのに君が俺に謝ったら、何か罰っての」
「……それって、変じゃないですか」
「変かな」
「『謝るようなところじゃない』って決めるのはオルフィでしょう。ずるいです」
「ははっ、そうか」
カナトは謝るところだと思うから謝るのだ。これでは〈神官と若娘の議論〉。妥協点がない。
「左腕のことですけど」
真剣な顔をして少年は若者の腕を見た。
「隠しておくべきなのは、ナイリアールでも同様です。包帯というのはいい案だと思います」
「そりゃどうも」
オルフィは苦笑いをして礼を言った。包帯で籠手を隠したのは妙案と思った訳ではなく苦し紛れの選択だからだ。
「でも本当にいいのか?」
「何がです?」
「だから、本当にナイリアールまで一緒に?」
「そのことはもういいじゃないですか」
少年は笑った。カナトの内ではとっくに決定事項であるかのようだった。
「それより、ちょっと思ったんですが」
カナトは顔をしかめた。
「籠手の収まっていた箱というのを見せてもらえますか」
「箱? ああ、これだけど」
いまや空となった箱だが、迷った末、オルフィは最初と同じように身体にくくりつけておいた。やり場に困ったせいもあるが、「この箱だってかなり高価だ」という庶民の意識が働いたせいでもある。
「はいよ」
「有難うございます。……これは」
布を開くとカナトは息を呑んだ。
「この箱も相当、きれいだよな。俺、驚い」
「オルフィ、どうやってこの箱を開けたんですか?」
珍しくも若者の言を遮るようにして、カナトは尋ねた。
「どうって……留め金が見えるだろ? それをぱちんぱちんと」
彼は空中で指を動かし、架空の箱を開ける真似をした。
「鍵はどうしたんです?」
「え?」
オルフィは目をしばたたいた。
「ああ……鍵穴があるけど、鍵はかかってなかったんだ」
「そうですか?」
カナトはひょいとオルフィの目の前に箱を突き出した。
「な、何だよ」
「見てください」
少年は留め金を外し、蓋を開けようとした。だがそれは、ぴくりとも動かない。
「……え?」
「ご覧の通り、開きません」
「そんな馬鹿な。ちょっと貸してみろよ」
力を必要とした覚えはないが、カナトはもしかしたら見た目以上に非力なのだろうかなどと考え、オルフィは手を差し出した。少年は黙ってそこに箱を載せる。
「ほら、簡単に……あれ」
蓋は開かなかった。
「おかしいな。あんときは何も苦労しなかったし、閉めるときに壊したとも思えないんだけど……」
「『鍵穴』と言いましたね」
「うん? ああ、これ、鍵穴だろ」
彼は正面にある小さな穴を指した。
「これを見て俺も鍵がかかってると思ったんだよ。でもあっさり開いちまって。……いまは開かないけど」
何でだ?――と彼は首をひねった。
「それは確かに鍵穴ですけど、オルフィが思うような鍵は使いません」
「は?」
「僕も見たのは初めてですが、それは魔力錠だと思います。その穴には魔力を通すんです」
「……は?」
オルフィはぽかんとするしかなかった。
「それも、魔術師なら誰でも開けられるというものじゃない。この錠を作った人物が認めた魔力の持ち主でないと無理です。本人だけが開けられるということが多いようですけど、他者に許可するやり方もあったと思います」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺には」
彼は胸に手を当てた。
「俺には魔力なんてないぞ!?」
「判ってます。『魔術師には魔術師が判る』と言って、魔術師同士では魔力を隠そうとしたところで決して隠せないものなんです」
カナトはオルフィが魔力を隠しているのでも、知らない内に魔力を目覚めさせているのでもないと言った。
「ですが、箱は開いた。魔力錠はほかでもない、あなたを認めたんです」
「何かの……間違いじゃ」
「いいえ」
あくまでも真剣に、少年魔術師は首を振った。
「箱が開いたとき、あなたのほかに誰もそれに触れていなかったのなら、間違いなくあなたが開けました」
「そりゃ、俺が開けたことは確かだよ。でも」
「ただ、一度だけ、というのは少々解せません。通常の魔力錠であれば、いまだってオルフィの前には容易に開かなくてはおかしい。ですがそうした形に魔力を編むことも可能なのかも……」
ぶつぶつと言いながらカナトは考え込んだ。
「ちょっと、待てって」
おかしいだろう、とオルフィは言った。
「どうしてあの夜、俺がその箱を開けられた?」
「それは判りません」
カナトは表情を曇らせた。
「ただ少なくとも、オルフィがその箱を開けたことは本当でしょう。そしてそこに魔力錠があることも本当です。僕には開けられないし、いまはオルフィにも開けられない……」
「確かに、事実だ」
魔力錠のことは判らないが、カナトが嘘をついているとは思えない。少年の方でもオルフィの言を信じて「事実」を列挙した。
「この錠を作った人物についても、調べる必要がありますね」
カナトは呟いた。
「籠手に魔力を込めたのと同じ人物であるとは思いますが……」
「魔力の込められた籠手を魔力の錠前で守り、〈白光の騎士〉がそれを運んでいた」
オルフィも、カナトに告げるでもなく呟いた。
「〈白光の騎士〉は人を探していた。その人物の居所を知る神父様に籠手を預けようとしていた。……もしかして」
ふっと浮かぶものがあった。
「ジョリス様が探していた、タルー神父の知っていた誰かというのが、籠手や箱に魔力を込めた人物、なんてのは」
彼は黒髪をかいた。
「飛躍しすぎか」
「いえ、可能性としては有り得ると思います」
カナトは身を乗り出した。
「まさかと思うけど」
ちらりとオルフィは少年を見た。
「はい?」
「それってミュロン爺さんじゃないだろうな」
「お師匠に魔力はありませんよ」
苦笑いを浮かべてカナトは手を振った。
「だいたい、お師匠の居場所をタルー神父しかご存知ないってことは、ないです」
隠れ住んでる訳じゃないんですからと弟子は言った。
「それもそうか」
ちょっと都合のいいことを考えすぎたな、とオルフィも苦笑した。
「ですが、お師匠に訊いてみる手はあったかもしれませんね。お師匠にと言うより、たまに連絡を取っている導師の方に、ということになりますけれど」
「それは誰なんだ? カナトは知っているのか?」
「いえ、直接は存じません。サーマラ村の方にも、オルフィのように仕事にしている訳ではないですけど、荷運びを引き受けて下さる人はいるので」
そうした人物に手紙等を預けるだけだとカナトは説明した。
「確か首都の方にお住まいだったと思います。協会で尋ねてみるのもいいかもしれません」
「どうやって?」
「名前が判っていれば、魔術師に連絡を取ることは可能なんです」
「魔術で?」
「もちろん」
当然の答えがきた。愚問だったなとオルフィは思った。
「相手が拒絶すれば別ですけれど、お師匠と交流がある以上、ミュロンの弟子ですと名乗れば無視されることもないと思います」
「おしっ、それじゃそれについてもカナトを頼ることにしよう」
オルフィはうなずいた。この案なら、いまからサーマラ村に戻らなくてもいい。
「よろしくな」
「はい!」
頼ると言われたことが余程嬉しいのか、カナトは目を輝かせて応じた。
いったいどうして少年がこんなにも彼に懐いたものかと、オルフィはやっぱり不思議だった。




