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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第2章

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08 その声は

 (オファ)の鳴き声が遠くに聞こえる。美しい月の女神(ヴィリア・ルー)の姿が、小さな池に映っていた。

 若者がひとりとぼとぼと歩いている姿は、道に迷って途方に暮れているようにでも見えただろう。

 いや、彼は確かに、道に迷って途方に暮れていると言えた。

 どちらに進めばいいのか。

 道はある意味、判りやすくふたつに分かれていた。哀しみと痛みに耐えることでたどり着く理と、ねじ曲がっていようと哀しみと痛みを癒やす理。「あるべき様」を保つ道と、「誤りを正す」道。

 そう、果たして「正しい」のはどちらなのか? ファローが、メルエラが、カナトが死に――ヒューデアのことをオルフィは知らない――、ジョリスは生き延びたけれども限りなく死に近づいた。これは「起きたこと」だ。「起きたこと」が「正しいこと」か。

 アバスターやラバンネルが言うのはそうだ。どんなに理不尽で痛みを伴う出来事であろうと、起きたことは起きたこと。過去を変えることはできず、或いは悪魔の力によってねじ曲げることは世界の存続を危うくする。

 だがオルフィは認められずにいる。彼らの不幸が「正しい」はずはない。

 気遣わしげにしているファローにもう寝るよう促してその部屋を離れ、館を出て木々の間を歩いていた彼は、両英雄のところに戻っていいのかどうかも決めかねていた。

 判らない。道が。

 ファローについては彼自身が行ったことだ。もしも再び同じ状況に陥れば、きっと同じことをする。しかしメルエラが生きていたなら、「同じ状況」は起きないかもしれない。

 ジョリスの負傷を防ぐには、ハサレックが黒騎士として現れないことが条件となるだろう。籠手の有無は絶対ではない。ここはオルフィには直接手出しができないところだが、ニイロドスからハサレックに関わらないという約束でも取り付ければ可能となるだろう。

 黒騎士が誕生しなければ、カナトも死なない。或いは籠手がオルフィの手に渡ることがなければ、という点に限定してもいい。もとよりニイロドスの手を取れば「オルフィ」は発生しないことになる。

 カナト。

 少年のことを思うとぐっと胸が痛くなるのは、ファローのこととはまた別に「自分のせいだ」という気持ちが大きいからだろうか。

 もしも再び同じ状況に陥れば、そのときは今度こそ救いたいと。

 いや、そもそも、同じ状況になることがなければ――。

『人のせいにするんですか?』

 見るともなしに池の月を眺めた、そのときであった。

「……何?」

 どこからか、声がした。

『誰かを死なせたくないから仕方ない。そういうことでしょう? そんな選択は間違いだと判っているくせに』

「なっ……」

 オルフィはぴたりと足を止め、顔を上げて辺りを見回した。

 だがすぐに判った。声が聞こえたのは「どこからか」ではない。聞こえるのは頭のなかだ。

 これまで何度も聞こえていた、あれは疑いなくニイロドスのものだった。

 だが違う。これは違う。

 彼はこの声を知っている。波動と言うのか。初めてこれを聞いた、或いは感じたのはアレスディアを隠しながらサーマラ村を訪れたとき。

 不意に頭のなかに響いたその声に何も知らない――知らなかった――彼は驚いたものだった。

 そして、思い出せば息の苦しくなるような、別れの場でも。

 魔力があってよかったと。最期まで話ができたから――と。

『死別は、それはそれはつらい出来事です。ましてや突然の事故や事件、何の心がまえもないまま親しい人物の死に直面させられるのは身を切り裂かれるような思いだ』

 その声は神官のように言った。

『ですが、死んでしまったものはどうしようもない。時は戻らないんです』

「でも」

 反論する彼の声はかすれた。

 この声は、何なのか。彼の内なる声なのか。それとも。

「現に、戻ったじゃないか。俺はこれが夢だとか幻だとかは思えない」

 ファローも。ラバンネルも。アバスターも。

『確かにここはあなたの体験し得たもうひとつの過去……ですが、ここで彼らを生かしたって、あなたの世界の彼らが生き返る訳じゃないですよ?』

「どういう、ことだ?」

 オルフィは尋ねた。自分の言葉には、思えないような。

『どうもこうもないです。ここがあなたの過去そのままじゃないことは判ってるでしょう。つまり、ここの未来だって同じです』

 声は続いた。

『戻ることができるとすればあなたは元の軸に戻るでしょう。彼らは死んだままです』

「でもあいつは、俺がやれば影響が出るって……」

『そんなこと、どうやって判ります? あなたがここにいたままなら、元の場所がどうなったかなんて判らない。どうとでも言えます』

 簡単に辛辣な指摘がきた。

「でも」

 彼はうつむいた。そうしたことも考えなかった訳ではない。

「そうだとしても、彼らがこの世界……この軸で生きられるなら」

『いけません』

 厳しく声は言った。

『ラバンネル術師が世界の崩壊と言ったのを覚えているでしょう。あれは彼の仮説ですが、もともとひとつの世界であったものを無理に分けたのだとしたら、違う道筋を作っていくのはふたつともをそれぞれ薄く(・・)し、ついには消えてしまうというようなことは確かに考えられます』

「は……」

『それに大きく関わるのが人の生死ですね。子々孫々に影響を及ぼす可能性がありますから。少しずつ、しかしやがては大きく、全く違う世界が作られる内、どちらの世界も薄くなり、そして消える』

「でも……そっちが『正しい』ものだとしたら? いや、消えることがじゃなくって、ファローが生きていく世界こそが」

 彼は請うように言った。

「俺の愚行はあっちゃならない出来事だったんだから」

『どちらの世界が正しいとか間違っているとかじゃないんです。ああ、どう言えば判ってもらえるだろう』

 声は悩むようだった。


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