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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第2章

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06 お気づきの通りだ

「我々自身もそのように考えている。死者に関わる祈りや儀式は、多くは生者のためであるとな。だが、だからと言って死者の尊厳を踏みにじってよいことにはならぬ」

 キンロップは首を振った。

「私がそこを曲げることはできぬ。祭司長たる者が率先して基準を歪めれば、後の世に影響を与える。それがたとえよい影響であったとしても、私が行うことはできんのだ」

「その辺りが魔術師の代表と神官の代表の違いということになるのでしょうね。失礼いたしましたわ」

 導師は素直に謝罪をした。

「頭の固い古木め、とお思いではないのか?」

「まさか、そのような」

 サクレンは目をしばたたいたが、キンロップが口の端を上げたので、冗談だと理解した。

「祭司長」

 彼女は苦笑した。

「意外と、お人が悪いのですわね」

「失礼を」

 今度はキンロップが謝罪した。

 レヴラールがこの場にいれば、キンロップが冗談らしきことを口にしたのに驚いたであろう。イゼフであれば理解したかもしれない。状況が緊迫していることを誰より把握している両者であるからこそ、その緊張感の緩和と、ある程度の親しみが必要であるとキンロップが判断したことを。

 これが対魔術師ということを考えれば、イゼフでも内心驚いたかもしれないことだ。しかしそれだけ、魔術師の助力が必要だということでもある。

「ではもし仮に『次回』があれば、私たちの出番でしょうか?」

「図々しいお願いとは思うが」

「いいえ。生憎と、協会を挙げてという訳にはいきませんが、幾人か導師に声をかけてあります。有望な若手も。彼らは私の指示で動いてくれることになっています」

 静かにサクレンは言った。

「本来見えないものをやはり見えないように。『消す』ことはもとより『元通りにする』のとも異なりましょうが、何とかなると思います。やり方としては頭が悪いですが、最悪の場合でも、街びと全てに『そんなものは見えていない』と幻惑を施すことができるでしょう」

「な、成程」

 確かにいささか強引な方法だが、それが可能であるなら目的には適うことになる。

「ふむ……となれば、神官にもできることがありそうだ。一対一で、身体に触れる必要があるが、人の混乱を鎮めることは神術にもできるのだから」

「ですが、ひとりひとりに触れながらというのは状況的に困難では?」

「だから『頭の悪いやり方』なのであろう?」

 キンロップは肩をすくめ、サクレンはまた苦笑した。

「術が効かない者もいますし、魔力を持つ者であれば反射的に抵抗してしまうことも考えられますわ。そうした人物には、個別にやっていただくのがよいかもしれません。はっきりと『神官に何かされた』と判ってしまう以上、弁解が要ることになるでしょうけれど」

「落ち着けば、個別に話でも公式に発表でも、することにしよう」

「いまは後手であろうと、対症療法(・・・・)しかできないということですわね」

「遺憾ながら、そういうことだ」

 ふたりはうなずき合った。

「ところで、オードナー殿は、いま」

「大変申し訳ないながら、魔術で眠っていただいております」

 魔術師は謝罪の仕草をした。

「責任を理解されるあまり自らを顧みないというのは困った癖ですわね。祭司長にも当てはまりそうですが」

「む」

「……本当は、ラバンネル術師に見ていただくのがいちばんだと思います。騎士様の回復が遅いのは彼の術の影響ですから。ですがシレキ術師の話によれば、ラバンネル術師は現状、自在に魔力を振るうことはできないということですから」

 仕方ないのでしょうとサクレンは息を吐いた。

「話を聞けば、ジョリス様はイゼフ殿の力を借りたこともあるのだとか。厳密なことを言うのなら、そうした混合はあまりよくないんです。いままでそれが悪影響を及ぼさなかったのは、ひとえに騎士様の体力と精神力が強靱だからというだけにすぎません」

「そう言えば当初、イゼフ殿も、ラバンネル術師と私の神力が悪い形に競合してはならぬと忠告をくれたな」

 キンロップは思い出した。

「ええ、そういうことです。ある程度の期間を置けばよいですが、続けざまにというのは、仮に強烈な副作用を引き起こさなかったとしても、単純に相殺し合ってしまったり、悪ければ徐々に身体を蝕むようなことだって」

 サクレンは息を吐いた。

「回復するまで本当に寝台に縛り付けておいたらよかったのだ。ディアと顔を合わせねばオードナーもあれほど躍起にならなかったであろうし、いない者には誰も頼れん」

 キンロップは辛辣な口調で言った。サクレンはくすりと笑う。

「祭司長も彼に頼っている、と?」

「〈白光の騎士〉の影響力は馬鹿にできない。事実、貴殿でさえ、『様』とつけるではないか」

「あら」

 彼女は目をしばたたいた。

「そうですわね。彼の場合、それが自然で」

「あのような人物が騎士に志願したというのが神の恩寵にも思える。利己的な心を持って悪事に走れば、たいていのことを成功させたであろうからな」

「それはハサレック・ディアにも言えるのかもしれませんわ」

 考え深げに導師は呟いた。

「彼自身が旗を掲げたら、ついていく人物はそれなりにいたはずです。ですが彼はそうせず、違う旗の下へ走った」

「それは認めねばならんな。オードナーと言いディアと言い、他者に仕える道を選んでくれたことによって保たれたものもある」

「乱世であれば、本人の望むと望まないにかかわらず、旗印とされたでしょうね。もっともラシアッドは乱世を作り出そうとしているようですけれど、そのハサレックを仕えさせるだけの人物がいると考えれば、怖ろしくもあります」

「第一王子ロズウィンド、か。強引な第二王子と比べずとも、優秀ながら毒のない若者と見えたのだが」

「ですがその第二王子をも従わせている。そこに着目するべきですわ」

「ラスピーシュが兄を『小心者』などと評していたのはいまにして思えば作戦の一環だったと判る。だがどこかにそうして貶めたい反発心でもあるなら……いや」

 彼は首を振った。

「よそう。ただの憶測を語るのは。内部分裂を期待するというのも、心が弱すぎる」

「ふふ、やはりその辺りが神官でいらっしゃいますね」

 サクレンは少し笑った。

「私の聞いたところでは、ラスピーシュ殿下は妹王女殿下を溺愛しておいでだとか。ハサレックの洩らした話が真実であれば、ナイリアンは彼らにとって敵国でしょう。本気で嫁がせようとしていたとは思えない」

「そのことは判っている」

「いいえ。その話ではありません」

 彼女は首を振った。

「ウーリナ殿下の処遇に関して、両王子には確執があるかもしれませんということですわ。後手を嘆き、次は先手をと仰るのなら、そこを利用する方法も」

「……何と」

 キンロップは反応に困った。

「もとより、私も陰謀が得意ではありませんから、何をどのようにすれば両王子の間に亀裂を作れるか、それを拡げられるかまでは思いつきませんわ。オルフィ殿やシレキ術師に立ち回っていただくというのも難しいでしょうし」

「ううむ……」

「勝手に亀裂ができて勝手に広がってくれれば最上でしょうね。こちらに予定としては組み込めませんけれど」

「導師殿」

「ごめんなさい、私は少々、言い過ぎてしまうみたい」

 サクレンは手を振った。

「いや」

 対してキンロップは首を振った。

「私も、陰謀家ではない。だがいまは、神官としての『善』に固執するのは愚の骨頂……なのやもしれん」

「祭司長……」

 サクレンは唇を結んだ。

「お忘れ下さい。本当に、余計なことを」

「貴殿もお気づきの通りだ。私は最悪の場合、王陛下の死に関する事実を隠すために、ご遺体の処置に携わった者を葬ることも考えた。既に神の代弁者などとは片腹痛い」

「実行した訳ではありませんわ」

「神官ではない者であれば、それで許される。たとえほかに助力が現れたためにその行動を必要としなくなったのであっても、『踏みとどまった』と解釈してよかろう。だが」

 キンロップはサクレンに返事をしていたが、彼女を見てはいなかった。

「私にもはや、神の加護はないのやもしれぬ」

「祭司長」

 警告するように魔術師は呼んだ。

「言霊にお気をつけあそばせ」

「大丈夫だ。自らを案じ、自信をなくしているような暇はない」

 きっぱりと言って彼は顔を上げた。

「神は無慈悲ではない。私を見放して罰を与えるとしても、それをナイリアンそのものの罪とはなさらない」

 彼は両手を組み合わせた。

「――私はまだどこかで、きれいごとで済ませようとしていたのかもしれぬな」

 ゆっくりとカーザナ・キンロップは顔を上げた。サクレンは息を呑んだ。

「ウーリナ王女を我が国に連れる。手段は選ばない」

 ナイリアンの神官たちの頂点に立つ男の青い瞳に、ほの暗い光が宿るようだった。


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