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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第2章

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04 言葉の毒

「殿下、おひとりで出歩かれるなど」

 すぐさまジョリスは王子のもとに向かった。

「ひとりではない」

 レヴラールが片手を上げると、すっと姿が現れた。

「ジョリス様にはお初にお目にかかりますわね? わたくし、魔術師協会で導師をしておりますサクレンと申します」

 黒ローブの女魔術師は丁寧に頭を下げた。

「サクレン術師か。お噂はかねがね」

「まあ、どんな噂をされているやら」

 言ってサクレンは少し笑った。

「魔術師協会の導師?」

 ハサレックは顔をしかめた。

「協会が動き出したか。意外と早いな。だが生憎、どうせ魔術師には判らない――」

「得意気なところ悪いけれど」

 サクレンは遮った。

「私はこの場合、殿下の護衛兼ジョリス様の見張りなの。あなた方の隠しごとに興味はないわ」

「見張り? 私の?」

 ジョリスが聞き返す。

「ええ、そうです(アレイス)。協会は原則として依頼者を特別扱いはしないけれど、いまは非常事態ですから。〈白光の騎士〉に何かあったら(まず)いというのは、協会でも出した結論なんです」

「非常事態」

 繰り返してハサレックは口の端を上げた。

「さすがに協会は見るとこ見てるようだなあ。その辺、八大神殿はどうにも遅い。ま、これは頭が九つもあるせいかもしれんが」

 魔術師協会は協会長ひとりの決断で動けるが、神殿は全神殿長と祭司長の意見がまとまらないと動けない。ハサレックはそのことを言った。

「それで? 協会の決定はジョリスをナイリアールから出さないってなとこかい?」

「当座は無事でいてもらうことよ。ただ私はいま、個人的に王家に雇われているから」

「何?」

「宮廷魔術師があのような罪を犯したいま、城内では魔術師への不信が高まっている。正直に言えば、俺もだ」

 レヴラールは肩をすくめた。

「だがそれが俺の決定ではいかん。殊に奇怪な現象については、神官のみならず魔術師の知識と意見も必要だ。それにキンロップは多忙で、俺につきっきりではいられない故、な」

「協会に打診がきたとき、私が立候補したのよ。この件には少しだけれど、関わりも持っているから」

「この件?」

 サクレンの言葉にハサレックは引っかかった。

「――何を知っている、と?」

「あら」

 女導師は目をしばたたいた。

「ぺらぺら話すと思ったら大間違いよ。ただ、導師級の魔術師が積極的に絡んでくればそちらの予定にも狂いが生じるでしょうね。ざまあみろだわ」

「導師」

 こほん、とレヴラールは咳払いをした。失礼、とサクレンは肩をすくめた。

「ジョリスが侯爵邸を離れ、城での寝泊まりも避けていることは知っている。だがそんなことのできる身体ではないはずだということを思えば、採った手段も想像がつく。そこで俺からサクレン導師にお願いした」

 レヴラールはざっと説明した。

「お前はもっと自分を顧みるべきだ、ジョリス」

 その言葉に〈白光の騎士〉は敬意を示す仕草をしたが、必ずしも承諾とは取れなかった。返事は判っていたとばかりに王子は嘆息する。

「はは、それを仰るなら殿下、あなたこそ大事な御身では? 何しろもはや国王陛下も同然だ。供が魔術師ひとりとは、ご自覚がない」

「貴様が」

 これには冷静を装っていたレヴラールもかっとしかけた。

「貴様らが、父上を」

「殿下」

 ジョリスとサクレンが同時に彼を諫め、王子は唇を噛んだ。

「いまのところ、物事はお前たちの思う通りに運んでいるようだな。だがこれからはそうはいかない。覚えておけ、ハサレック・ディア」

「私に言われても、いささか困りますな、殿下」

 元騎士は肩をすくめた。

「伝言ということであれば、お伝えしておきますが」

「伝えておけ」

 レヴラールは言い放った。

「親玉はロズウィンドか。それともラスピーシュなのか。いや、どちらでもかまわん。伝えておけ。これ以上、好きにはさせんとな」

「レヴラール殿下は自らを正義とお思いだろうが、それは誤りかもしれないとは?」

「戯けたことを。人の国に入り込んで平和を乱し、あまつさえ王の暗殺までする、そのどこに正義があると言うのだ」

「まあ、おそらくロズウィンド殿下は全く同じ言葉を返されると思いますがね」

「何だと? ナイリアンはラシアッドに何も――」

「説明をするのも面倒だ。ジョリス、あとで話してやれよ」

 ひらひらとハサレックは手を振った。

「待て! 逃げる気か!」

 気配を察してレヴラールは言った。

「ええ、逃げますとも」

 悪びれずにハサレックは返した。

「ジョリスがひとりだから話もしようと思ったが、〈白光〉殿に加えて王子殿下や導師殿まで揃われた日には、俺だけじゃどうしようも」

 それとも、と彼は口の端を上げた。

「命じますかね?〈白光の騎士〉に。殿下のそれはそれは大事なジョリス・オードナーに。命がけの魔術下にあるまま、かつて親友だった裏切りの騎士を殺せとでも」

「く……」

「言葉の毒はいずれ自分に返るわよ、ハサレック殿」

 ゆっくりとサクレンが忠告した。

「もっともいまの刃は、両刃でもあったんじゃないかしら?」

「はは、自虐の趣味はないな、導師殿」

「捕らえよ、と命じることはできる」

 じろりとレヴラールはハサレックを睨んだ。

「だが、いまはするまい。貴様から話を聞くならば牢獄に閉じ込めた方がよいとは思うが、どうせ魔法のような力で消えてしまうのだろうしな」

「ではお見逃しいただけるので?」

 宮廷式の礼などするのは皮肉以外の何ものでもないだろう。

「いまは、な」

 レヴラールも負けなかった。

「貴様が悪魔に見放されるときが楽しみだ」

「そのときがくれば俺は、ナイリアンで裁かれる前に死ぬと思いますがね」

 それがハサレックの返答だった。

「さて、交渉は交渉にも入らない内に決裂ときた。殿下方にどう言い訳しようか、早く思いつかないとな」

 にやりとすると裏切りの騎士は彼らの前から消えた。ふう、と息を吐いたのはサクレンだった。

「本当に、邪というのはこういうのを言うのね」

 やはり彼女もまたシレキと同じようなことを呟いた。

「ジョリス様、白い影とやらへの懸念については私もご相談に乗れます。休めるところに戻ってからお話と、それからその危険な術は解かせてもらいますからね」

「しかし、導師殿」

「お前が言う通りにしなければ、俺もこのままひとりで城下をうろつくぞ」

 王子は両手を腰に当てた。

「馬鹿げた脅しだが、効果があることは判っている」

「レヴラール様が人質という訳ですか」

 ジョリスはかすかに笑った。張り詰めていたものが少しほぐれたようだった。

「致し方ありません。ここは従いましょう」

 そう言って彼は王子を守る位置についた。レヴラールが彼を見上げる瞳に、どこか危惧が浮かぶ。

 案じさせたのだ、と判った。

 それは彼自身の体調のみならず――ハサレックについていくのではないかと懸念を抱かせた。

 これをして「王子が騎士を信頼していない」などと言うつもりはない。ジョリスも、判っている。レヴラールが子供の頃と同じように、彼を頼りにしていること。だからこそ、王子は不安になるのだ。

 ジョリスの「死」がレヴラールに与えた影響についても、密かにキンロップからは聞かされている。二度とそのようなことがないようにと祭司長が言うのは、ジョリスに自身を気遣わせようという配慮でもあれば、王子が必要以上にジョリスを頼らぬようにせよとの意図でもあったろう。

 キンロップの要求は難しいものだと言える。ナイリアンの騎士は王子を守って当然だからだ。

 もっとも祭司長とて、いますぐどうにかするようにと厳命してきた訳でもない。キンロップも判っているのだ。レヴラールが雛鳥のようにジョリスを頼り、同時に親鳥のようにジョリスを案ずるこの状況は、不穏な事情の多いいま現在に限っては、悪くない。

 あとのことはあとのことだと、ジョリスはそっと首を振ってレヴラールの護衛につき、そして――ふと、風を感じた。

 反射的に振り返ったのは、誰かに呼ばれたように思ったため。

 しかしそこには誰もいない。ハサレックも、もういない。

(気のせいか)

 ジョリスは再び王子の護衛に集中した。

 もし彼が振り返っていれば、目にしたかもしれない。静寂を取り戻した路地裏で、かすかに何かが明滅しているのを。


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