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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第2章

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02 死なれちゃ困る

 何をしているんだ、と呆れたような声がかかった。

「〈白光の騎士〉様ともあろう者が、こんな路地裏で」

「ここで何をしていると言うなら、私の方が問いかけるに相応しそうだ」

 ジョリスは相手の姿を認めると、ゆっくり答えた。

「私の私室に現れるならばともかく、ここでは人目につこう」

「は、俺の身を案じてくれる訳でもあるまい?」

 何でもないようにナイリアンの地を踏んで、ハサレックは肩をすくめた。

「だいたい、〈白光〉殿の方が目立って仕方ないだろうさ。街中に姿絵なんかが出回ってるのはお前さんくらいだ。気づかれたらうるさいぞ」

「制服姿でもなければ、そうそう気づかれまい」

「本気で言ってるのか?」

 またハサレックは呆れた声を出した。

「自分がどれだけ目立つか自覚がないのか。街を歩いて耳目を集めるのは制服姿のせいだとでも思ってたのか?」

「違うとでも?」

「あのなあ」

 ハサレックはうなった。

「騎士になる前はどうだったんだ。同じだろうが。そりゃあ騎士の制服は目立つからな、視線も増えただろうが」

「以前は特に見られていると感じたことはなかったが」

 ジョリスは首をかしげた。

「妙なところで鈍いんだな、お前」

 ハサレックは口の端を上げた。

「まあいいさ。それで、ここで何を?」

「このような言い方はしたくないが」

 まっすぐにジョリスはハサレックの目を見た。

「お前に話すことは何もない」

「そうか。そうだな」

 かつての友は肩をすくめた。

「何も俺は騎士様の動向を探りにきた訳じゃないが、お前はそれを警戒する義務がある」

「そうか」

 今度はジョリスがそう相槌を打った。

「私の方では、お前の動向を探る必要がありそうだ」

「俺か? この前と同じさ。お前の見舞いだ」

「ハサレック」

 ゆっくりと彼は呼ぶ。

「言うのであれば、見張り、ではないのか」

「そんな顔をするなよ」

 元騎士は肩をすくめた。

「俺は客員という身だがね、命令がなきゃやることがなくて暇なんだ」

「こうして姿を見せるのは命令ではない、と」

「まあ、ジョリス・オードナーに気をつけろとは言われている。もっともそれは俺が、ジョリス・オードナーには気をつけた方がいいと散々忠告したせいだがね」

 気軽な調子で彼は言った。ジョリスはじっとそれを見てから口を開いた。

「今更……何故だの何があっただのと尋ねるつもりはない。お前はお前の思うところに従って行動したのだろうからな」

「思うところ」

 ハサレックは繰り返した。

「そうだな、ジョリス。俺は自分の望みにも忠実に行動したが、ひとつには正統な王家に仕えることにした、ということがあるんだ」

「何?」

「ナイリアン王家はこの地に君臨していていい一族じゃないのさ。この土地は彼らが奪ったものだ」

「――エクールの民」

 ジョリスは呟いた。

正解(レグル)。さすが、すぐにぴんとくるか」

「遠い過去の話だ。国の成り立ちには多かれ少なかれ、争いがつきまとう」

「それは勝者の理屈だな。襲われ、奪われた方はたまったもんじゃない」

「だが湖の民は、ナイリアンの民として」

「まあ、湖に残った連中は平和な共存ってやつを選んだのだろうな。殺されない代わりに選んだ道でもあるだろう。だがあの一族を仇敵と見てずっと悲願を抱いてきた者たちもいる」

「……成程。それが」

 彼は気づいた。

「ラシアッド王家」

その通り(アレイス)

 ハサレックは認めた。

「本当はこの前、ここまで話をするつもりだったんだがな。お前さんといるとどうも感情の整理がつかないことがあってね」

 首に手をかけた言い訳をハサレックはそれだけで済ませた。ジョリスは特に何も言わなかった。

「ま、それは俺の問題だ。ところでお前さんの問題だが、何で普通に出歩いていられる?」

「非常事態だからな」

「答えになっていないようだが」

「休んではいられないということだ」

「それは判る。だが俺が訊いてるのはどうやってってことだ」

「何もたいそうなことをしている訳ではない。誰でも想像のつくことだ」

「――魔術」

 ハサレックは顔をしかめた。

「馬鹿か! お前、死ぬぞ!」

「魔術師殿からも警告は聞いた。そうならぬよう、気をつけている」

 片手を上げて淡々とジョリスは返した。ハサレックは首を振る。

「気をつけてどうにかなるもんじゃないだろう。徴候も何もないまま限界に達するんだ」

「詳しいのか」

「俺だって聞きかじりさ。だが馬鹿な真似はやめて寝ていろ。そんなことでお前に死なれちゃ面白くない」

「死ぬつもりはない」

「その魔術のせいで運悪く死んじまった連中は、誰ひとり、死ぬつもりじゃなかったと思うがね」

「人手が足りないのだ」

 全く気にせぬようにジョリスは言った。

「騎士の半数以上が出払っている」

「は、『黒騎士』に乱された治安を元に戻すため、か」

 皮肉げに当の黒騎士は鼻で笑った。

「田舎を平和にしたって、その間に首都が騒乱に陥ってちゃ無意味だな」

「騒乱?」

 ジョリスは片眉を上げた。

「何か企んでいる、ということか」

「『騒乱』は言い過ぎだった。だがどうせ連中もすぐに戻ってくるんだろう? 国王の葬礼にナイリアンの騎士が揃わないなんてこともないはずだ。ああ、サレーヒ殿は戻れんか」

「彼に、何を」

「おっと、誤解するなよ。戻る訳にはいかないだろうってだけだ」

 ハサレックは両手を上げた。

「彼には何もしていないし、する予定もないんじゃないかね」

「『彼には』か」

 そっとジョリスは繰り返した。ハサレックは笑う。

「兄上殿のことが心配か?」

「――オードナー侯爵閣下は、ご自身の責任においてご自身の務めを果たすはずだ」

「『兄』でいいじゃないか」

 ハサレックは笑った。

「ああ、そうか。もしかしたら生家を避けて、どこかの宿にでも泊まってるのか? 城内じゃ宮廷医師や祭司長がうるさい、と」

「ハサレック」

「怒るなよ、話を逸らしたつもりじゃない。俺だって計画の全容を知っている訳じゃないからな」

「計画ときたか」

 ジョリスは少し息を吐いた。

「ならば聞かせてもらおう。お前の知る、一部をでも」

「その話をする予定は、さすがにないんだ、ジョリス」

「ならば何故ほのめかす? 私を脅し、翻弄するためか?」

「お前が脅されるとは思わないし、翻弄だってされんだろうに」

 ハサレックはにやりとした。

「奔走はしそうだがな」

「ならば奔走でもかまわない」

 ジョリスは笑わなかった。

「騎士が成すべきこと……たとえ理想に過ぎずとも、何を目指すか、お前に話さなくてもよいとは思うが」

「幸いにして記憶を失った訳じゃないんでね、生憎、よく判るさ」

 元〈青銀の騎士〉はさらりと答えた。

「そのためには命を危険にさらすことも厭わない。立派だ、本当に大したもんだよ、ジョリス。いや、自分で言うのも何だが俺もそうしていた。その結果、本当に命を落としかけて人生を変えた」

 彼は手を振った。

「せっかくの新しい人生だ、楽しみがなくちゃつまらない。そのひとつはお前との再戦なんだから、死なれちゃ困ると言ってる」

「『命を賭すという志と行為はそれなりに立派だが、死んでもいいと言うのはただの投げやりな馬鹿だ』」

「何?」

 ハサレックが目をしばたたいたのは、ジョリスらしくない言い様だからであろう。

「死ぬつもりはない、と言っても相手にされぬようだからな。いまのは、師の言葉だ」

 ジョリスは肩をすくめた。

「お前の師? 剣術の師匠か?」

「そうでもある」

「は。侯爵に雇われたあの剣士か。武術大会の優勝経験こそあれど、実戦を知らないおきれいな剣士さんに、そんなことを言えたとはね」

「彼は見事な剣士であり、人間としても立派だった。実戦に出ていないというだけで彼を貶める者がいるとすれば、それは見る目のない人物だと言わざるを得ないな」

「判ったよ、悪かった」

 素直にハサレックは謝罪した。

「その手の小手先剣士の鼻っ柱を折ってやろうとする荒くれ戦士どもの出るような大会で優勝しちまうんだ、確かに技術はあったんだろうさ」

 ただ、と彼は手を振った。

「いまの台詞は、あの先生にゃ似合わないな」

「それはそうであろう。彼の言葉ではないから」

「何?」

「先ほどの言葉は、アバスターのものだ」


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