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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第1章

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13 何も訊かないで下さい

 丸眼鏡をかけ、首筋に赤い布を巻いた見知らぬ青年は、彼女にライノンと名乗った。

「ジラングさんがここを見つけたんですけど、これ、本当は数人がかりか、道具でも使って開ける扉じゃないのかなあ。酷く苦労しましたよ」

 まずライノンから出てきたのは愚痴のような台詞だった。

「たぶんそこは倉庫で、ここから大きな荷物を下ろしたりするんでしょうね。別に秘密の出入り口ということはないようですけど、警戒はされてなくて」

 見張りの類はいませんでしたとライノンは肩をすくめた。

「さ、大丈夫ですか? 怪我なんかは」

「していません」

 リチェリンは首を振った。

「あの」

「はい?」

「さっきの、すごい音は? 火事ですか? あの子が火をつけたの?」

 不安に思っていたことを尋ねると、ライノンはぺちんと自身の額を叩いた。

「あれはちょっと……話さなくっちゃなりませんか?」

「どういうこと?」

「いえ、その、少々……言いづらいことがありまして」

「犯罪ということ?」

 顔をしかめてリチェリンは尋ねた。彼女を助けるためでもあれば糾弾したくはないが、ほかのやり方もあったのではないかと――。

 そこで彼女は振り返り、館を見た。

「火の手は、上がっていないようね」

「ええ、もちろんです。ちょっと危険なことはしましたけど、火を放つなんてしてませんから」

「少しだけ安心できたわ」

 ではあの音が何だったのか、それを聞かない限りは完全に安心できないが、少なくともジラングが放火したということはないらしい。

「とにかく、いまは早く離れませんか。ここは裏手で誰かくることはほとんどありませんが、騒ぎが起きている以上、人がいつもと違う行動を取ることも考えられます」

 ライノンに(いざな)われてリチェリンはその場所を離れた。辺りをきょろきょろとすれば、ずいぶんと寂しい感じのするところだ。首都スイリエのなかとは思えなかった。

「スイリエのすぐ近くですよ。数十分(カイ)もかからない」

 青年は言った。

「王家の特別領があるんです」

「特別領? それじゃ、普通の人は入れないんじゃ」

「はい。入れません」

 にっこりとライノンは答えた。

「見て下さい。あの壁。スイリエの外壁より高いんじゃないですかね。お城の尖塔は見えますけど、逆に言えば向こうからも、尖塔以外からはこっちが見えないってことに」

 彼は天を仰ぐように尖塔を見て、それから肩をすくめた。

「厳重に管理されてるんですねえ」

「じゃあどうやってここに」

 彼女は当然の問いを発した。

「秘密です。ということにさせて下さい」

「ええ?」

「あまり言えない手段です」

「……まあ、そうでしょう、ね」

 入ってはならない場所に入る。どんな手を使うにしろ、やはりそれは犯罪ということになるだろう。

「本当は、あんまり目立つことはできないんですよね……カーセスタと先生にご迷惑はかけられないので」

 少し肩を落としてライノンは言った。

「あっ、でもどうせ、リチェリンさんにも体験してもらわないとなりませんね」

 それから気づいたように彼は頭をかいた。

「それも、そうね」

 ほかに方法がなければ、出て行くのもやはり同じやり方になるだろう。

「この辺でいいかなあ」

 今度はライノンが辺りをきょろきょろ見回した。

「すみません。失礼ですが、お手を」

 少し赤くなって青年は手を差し出した。リチェリンは理解して、そっと自身の手をそれに乗せる。

「どうするの? もしかして、あなた」

「しっ」

 静かにとライノンは制止した。

「目を閉じて下さい。僕がいいと言うまで」

「……判ったわ」

 信頼できるのか判らない。しかし信用するしかないだろう。

「――いいですよ、開けて下さい」

 囁くような声にリチェリンが目を開ければ、そこは驚くべき場所だった。

「えっ!?」

 場所と言うよりは、まず明るさ。暗さと言うべきか。たったいままで昼間だったのに、急に夕暮れ刻になったような。

「しっ。あまり大きな声を出さないで。ここは繊細な場所なんです」

「は、はい」

 ごめんなさい、とリチェリンが謝ればライノンはもう片方の手を振った。

「いっ、いえいえ。驚くのは当然でした。僕の配慮が足りませんでした」

「あの、ここは」

「あまり周りも見ないで下さい。僕といれば危険はありません。ただ前を見て、歩いて」

「あの」

「すみません、何も訊かないで下さい」

 本当に青年が申し訳なさそうだったので、リチェリンにもその気分が伝染し、彼女はまた小さく謝った。

 そうして何だか判らない場所を歩いたのは数(ティム)だった。または数分と感じられた。再びライノンが目を閉じるように言い、リチェリンはそれに従った。目を開けたときは昼間の光がずいぶんと眩しく感じる。

「あの……」

「どうですか?」

「え?」

「気分、悪くないですか? そこそこ長距離になってしまったので、どこかに変調をきたしていないといいんですが」

「長距離?」

 リチェリンは首をかしげた。

「どういうことなの? ここは……『特別領』じゃないわね?」

 つい先ほど目にした高い外壁が見えない。街のなかではない。寂れたような街道。少し坂道になっている。

「ちょっと行き過ぎました。ほんのちょっとでよかったです」

 ライノンは息を吐いた。

「何しろ僕はこの辺のこと知りませんし、あんまり遠ざかっちゃうと気配も感じませんし」

「気配? 何の?」

「あなたには判るんじゃないですか? たぶんですけど」

 自信なさそうにライノンは先を指した。

「あなたがこの道を通ったのは一度きりでしょうし、幼すぎて記憶はないかもしれませんけど。本当はご存知のはずですよ」

 彼は目を細めるようにして自らの指す方向を見たあと、リチェリンにゆっくりと視線を戻した。

「この坂を登り切って開けた向こうに何があるか。あなたは」

 ご存知のはずですと彼は繰り返した。

「私が、何を」

(一度、通った? この道を?)

(この先? 気配を感じる?)

(いったい)

 さあっと風が吹いたようと思った。

 だがそれは普通の、或いは実際の風ではない。

 その風は彼女の頬ではなく、身体のなかを撫でていったように感じられた。

「あ……」

 リチェリンは胸の辺りを押さえた。

 知っている。彼女はこの、風ならぬ風を。

 そう、彼女は知っていた。

 この風が、エクール湖から吹いていることを。


(第2章へつづく)


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