11 誰だっていいんだ
「何故、私のところに?」
そうした問いがきた。
「お前と話したかった」
簡潔に彼は答えた。
「何か困っていて、私に解決を手伝ってほしい?」
「そういうことでもない」
「何を話したかったと言うんだ」
「何でも」
彼はうつむいた。
「何でも、よかった」
(もう一度)
(お前と話せるのならば)
(俺は、それで)
「……ヴィレドーン」
ファローは躊躇いがちに、彼をその名で呼んだ。
「お前は……いや」
よそう、と友は首を振った。また何か気づかれたのだろうかと彼はぎくりとする。
『いいや、そうじゃないよ』
くすくす笑いが、聞こえた。
『彼は鋭いね。何の情報もない状態で、とある推測をした。それは君が死んでいるんじゃないかというようなこと』
(俺が?)
『そうだよ。彼の立場からすればもっともな推測と言えるね。だから違っていても鋭いと言えるんだ』
(……そうか)
異なる時間軸などという知識は、さすがのファローにもあるまい。協会で学んだ魔術師でもあまり知らぬような話だ。だが彼は似たような何かを考えつき、そこでヴィレドーンが、「このファロー」の知らぬヴィレドーンが死したのだと推測した。
未練を抱き、友と語りたがっているとでも。
『死んだ人物は違っても、目的はその通りだよね』
楽しげな笑い声。
『話したいだろう? もっと話せばいいじゃないか。でも勘違いは正しておいた方がいいね。君は確かに彼の友人で、眠れないから話をしたかっただけで、少し様子がおかしいのはいまだけだ、明日からまた一緒にやっていこうと』
(ふざけるな。俺は「ここのヴィレドーン」を乗っ取る気なんか)
『ない? そう。じゃ、いいんだね? このままならばやっぱりメルエラは突き落とされ、ファローは君に殺され、僕から逃れた君は再びオルフィとなり、ジョリスはハサレックに刺され、君はカナト少年を連れ出し、ハサレックの凶刃の前に追いやる』
ぱっぱっぱっと怖ろしい光景が――ヴィレドーンもオルフィも見ていないはずのものも含めて――目の前に浮かんだ。彼はうなって頭を振る。
「よせ!」
「ヴィレドーン」
「あ……いや、違う。いまのはお前に言った訳じゃ」
悪魔の声と気配は消えた。
「判った」
こくりとファローはうなずいた。
「話したいのであれば、もっと話そう。夜が明けるまででも」
「ファロー……」
「君が満足するまで、毎晩でもいい」
(成程、確かに霊だとでも思われていそうだ)
少し彼は苦笑した。
「無茶を言うなよ。眠らなきゃならないだろ。お前も、俺も」
幽霊ではない――とほのめかしたが、しかし、本当のことも話せない。
死んだのは彼ではなく、ファローだなどとは。
ふたりともナイリアンの騎士になって、〈漆黒〉たるヴィレドーンが〈白光〉たるファローを後ろから斬り殺しただなんて。
(もし……)
ふっと湧いた、妖しい思い。
(もしも、言ったら、どうなるんだ?)
(気をつけろというようなことは、今朝、既に言っちまった。寝言みたいなものだと思って、ファローは覚えていないかもしれないけど)
(もしいま、この先のことをみんなぶちまけたら?)
違う未来もあるだろう。過去が――現在が違っているのだ。全く同じではないはず。
しかし騎士を目指していることは確かであり、おそらくそうなるだろう。そして、王が同じ選択をすれば、また同じことが。
(起こさなければいい)
(収穫祭に、エクールの神子のことなんか持ち出させなければ)
(それとも、気に入らないが、長老を説得してメルエラを祭りに出させてしまえば)
(傭兵を雇う話に反対すれば)
(ファローに全て打ち明けて、相談すれば)
それができるのは、彼だ。「ここのヴィレドーン」ではない。
真摯に全てを話してファローに託せば、彼自身と同じ真剣さでファローは臨んでくれるだろう。彼自身がここのヴィレドーンに会うことはできないが――どちらかが死ぬかもしれないと言われて冒険する気にはなれなかった――ファローに話してもらえれば。
(ラバンネル術師は、これから起こることを話してはならないと言ったけど)
(そうすることで、あの事態が回避されるなら)
彼は拳を握った。
『気の毒だけれど、この時間軸で君の引き起こす悲劇を消す画策をしても、君の時間軸に変化はないよ?』
再び、あの声と気配がやってきた。
(何だって?)
『ほかでもない、君がやることで初めて、君の時間軸にも影響するんだ。ここの彼らを代わりに動かしたところで、君に利点はないよ』
(俺の、利点)
『そう。もとより、君が何も手を出さなくたって、ここでは何も起こらないかもしれない。割と離れた場所を選んだからね。でも起こるかもしれない。どうする? 放っておく?』
離れた場所云々という意味や真偽は、彼には判りかねた。ただ少なくとも、悪魔が「彼」を動かそうとしていることだけは判った。
(どうして、俺なんだ)
何も尋ねるつもりではなかった。半ば、愚痴のようなものだ。
『別に誰だっていいんだ』
返答があった。
『面白そうなら、誰でも』
ファローでも。ジョリスでも。ラバンネルでも。アバスターでも。
いや、むしろ悪魔はそれを望んだのではないのか。だが彼らはつけ入る隙を与えなかった。その代わり、ヴィレドーンやハサレックが。
『何を選んだっていいよ』
悪魔は続ける。
『行きたければ英雄たちと行けばいい』
見ていたと、悪魔は示唆した。
『でもそれは、君が死なせた彼らをもう一度死なせること。見殺しにすることに、なるよ』
耳障りな笑い声が、冷たい風のように肌に粟を立てる。
世界の崩壊。ラバンネルの静かながら強烈な警告のことも忘れてはいない。
なのに、決められない。まだ。
オルフィは何かに祈るように、きつく目を閉じた。




