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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第1章

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06 立ち返る強さ

「なあに、今更ひとつふたつ『奇妙』が増えたってどうってことないさ」

 気楽にアバスターは言った。

「この『謎』はいまは解けない。材料が少なすぎる。そうじゃないか?」

「その通りですね。考察はしたいですが、これもあと回しにしましょう」

 やや仕方なさそうにラバンネルは同意した。

「ヴィレドーン君、あなたは再び悪魔と新たに出会い、次の契約を持ちかけられている。そういうことでいいですか?」

「次の契約って意識は、正直、なかった」

 彼はまずそう答えた。

「でもあんたのさっきの話を思えば、そういうことなのかもしれない」

「んで?」

 アバスターは伸びをした。

「悪魔との契約のおかげで親友を殺し、祖国を侵略国に仕立て上げかけた経験を持つお前さんですら乗っちまいそうな、どんないい条件を持ちかけられたんだ?」

 声に責める様子はなかった。だがオルフィはぎゅっと胸が痛くなるのを感じた。

「俺は……」

「あまり苛めないように」

 ラバンネルが忠告する。

「苛めたつもりはないとも。純粋なる好奇心だ。どんな誘惑が?」

「もし……もしも、だけど」

 ぼそりと彼は言った。

「死んだ人が、大事な人が、死なずに済むって言われたら、あんたはどうする」

「『もし』も何もないな」

 ふんとアバスターは鼻を鳴らした。

「告白同然だ」

「まあまあ」

 ラバンネルが取りなす。

「俺ならと言ったか? 俺は、否と答えるね」

 剣士はほとんど逡巡なく答えた。

「俺の力が及ばなかったと思うことは、片手じゃ足りない。ほんのちょっと、数(トーア)だけでも物事がずれていたら、あいつは死ななかっただろうなと思う出来事も」

 だが、とアバスターは呟くように続けた。

「死者は蘇らない。決して。たとえば神は俺の罪悪感や、『あいつは生きているべきだった』というような感情を治めるために奇跡を起こさない」

「そんなことは、判ってる。ただ」

そう(アレイス)。そこだ」

 ぱちんとアバスターは指を弾いた。

「俺は、悪魔の業を知ったとは言えない。だがその片鱗に触れただけでも相当やばいと感じたさ。その力で、たとえお袋を生き返らせてくれると言ったって、俺ははっきりお断りするね」

 彼は手を振った。

「それはお袋の姿をした化け物に決まってるからさ。親不孝な息子じゃあったが、これ以上迷惑もかけられん」

「生き返らせるんじゃない」

 オルフィは首を振った。

「死なない、としたら」

「ああん?」

「成程、それで過去なのですか」

 例によってラバンネルはさらっと把握する。

「言う通りにすれば、今後(・・)……ファロー殿と、それから神子の娘は死なないと」

「それ、が」

 オルフィはうつむいて訂正した。

「そのふたりのことだけじゃないんだ」

「おいおい。ほかにもいるのか」

「ああ。四十年後の、方だけど」

 かろうじて生き延びたものの、ジョリスは重傷を負った。そして何より、カナト。思えば息苦しくなるようだ。

「ほう……未来はなかなか波瀾含みのようだな。俺はどうしてるんだ。死んだか。まあ、四十年後なら死んでてもおかしくはないか」

「先のことは聞いちゃ駄目ですよ」

 ラバンネルは焼き串で地面をとんと叩いた。

「この時代の人に会っても未来を話さないようにと何度も忠告したでしょう。それと同じで、あなたと私が彼から聞くのも好ましくありません」

「もう既にいろいろ聞いてるじゃないか」

「これは仕方がないんです」

「適当な禁止だな」

「じゃあ言い換えますけど」

 ラバンネルは片眉を上げた。

「この先、自分の身の上に何が起こるか、あなたは本当に知りたいですか?」

「む」

 アバスターは顔をしかめた。

「判ったら、つまらんな」

「でしょう。別にあなたの楽しみを守ろうとしている訳じゃありませんが」

 ふたりのやり取りが何だか懐かしく感じた。もっともこれは「ヴィレドーン」としてでは、ない。

(何だかミュロンさんとカナトみたいだ)

 あの師弟の話をそんなにたくさん聞いた訳でもなかったが、ミュロンが気軽に何か言ってはカナトが諫める、そうした光景は容易に思い浮かんだ。

(もっともミュロンさんは、カナトの遠慮がちな性格をどうにかしてやろうと、そんな態度でいたのかもしれないなんて)

(そんなふうにも、思ったことがあったけど)

 どうなんだろうなとオルフィはつい考えた。あれは実際、かの老人の素顔なのかもしれない。

「死なないように、か」

 アバスターは少し考えるようにした。

「巧いことを言うもんだ。それなら俺も少しぐらっときちまうかもしれん」

 だが、と彼は再び渋面を作って首を振った。

「たとえ、明らかなる俺の失態で、最愛の恋人が死んだとしても。俺は、悪魔の手は借りん」

 判らなくは、ない。

 「ヴィレドーン」は理解できる。その冷静な、冷徹とも言える、理性的な判断のこと。

 だが「オルフィ」は。

 何かが彼の内でふつふつと沸いた。

「――言えるのか」

 彼は小さく呟いた。

「何?」

「仮定の、話だから、そんなふうに」

 オルフィは急にあふれてきたものをとめられなかった。

「もしも本当にあんたの妻や子供が死んだとしても、あんたは本当にそう言えるのかよ!?」

 半ば激情に任せて口走った。アバスターは目をしばたたき、オルフィははっとした。

「あ、いや……」

「生憎だが俺には妻も子もないんでね……なんていう逃げは打たないで、答えるとするが」

 アバスターは肩をすくめた。

「もし、もしもだぞ。目の前に神様が現れて、気の毒にも死んでしまったお前の最愛の家族を生き返らせてやろうとのたまったら、俺だって泣きながら平伏して、どうかお願いしますと言うと思うね」

「え……」

 意外な返答に今度はオルフィがまばたきをした。

「待てって。それはほんまもん(・・・・・)の神様だった場合、だ。だが残念なことに、そんな奇跡は起こらない。どんなに願い、祈り、全てを捧げると誓ったところで、神様ってのはそんな真似をしてくれないもんだ」

「神話時代にはあったとも言いますが、ね」

 ラバンネルが口を挟んだ。

「だがいまは神話時代じゃない。神様が目の前に現れたら、性質(たち)の悪い魔術師か、悪魔の存在を疑うのが正解」

「でも……」

「いいか。俺は、悪魔の掌の上では踊らないと言ってるんだ。いいか。それは絶対に、破滅につながる。絶対にだ」

 剣士は繰り返した。

「俺自身の破滅だけならまだいい。だが絶対に(・・・)、もっと酷いことになる。それが(・・・)悪魔の仕業ってもんだ。生き返った家族が悪魔崇拝者になったなんて辺りならまだ可愛い方で、お前が予定されてたみたいに俺を使われたとしたら、どれだけ被害が広がるか」

 彼は両腕を組んだ。

「俺も。お前も。まあ、研鑽して力を手に入れたな。だからこそ悪魔の目にとまり得る訳だ」

「こう言っては何ですが、何の能力も持たない市井の人間であれば、悪魔が弄んだところで影響はごく狭い範囲にしかすぎません。技能があり、なおかつ名の知られたあなた方であれば」

 魔術師はそこで言葉を切った。

「そういうことだ。誘惑に屈しないこともまた、俺らが身につけた力の責任」

 黙って、オルフィは感じていた。

(この既視感は、ファローに覚えたものだ)

 汚れたところのないきれいな理想論。何も知らない「お坊ちゃま」が口にしそうな。

 しかし、そうではない。

 彼らにあるのは、強さ。心が闇に閉ざされ、誰にも言えずに悩み、苦しんだあとで、再びそこに立ち返る強さだ。

 彼は、立ち返れなかった。その結果として複雑な業を自ら背負い、いまここにいる。

「迷ってるのか?」

 剣士は尋ねてきた。

「それとも、もう答えを決めている?」

「――決められずに、いる」

 オルフィは正直に答えた。

「それはつまり、乗る方に迷ってるってことだな」

 アバスターは指摘した。オルフィは否定できなかった。

「はっきりと拒否の意志を固めておく以外、どんな考えも意味がない。わずかな隙間を突いてくるのが悪魔って奴らだ。その隙間が小さいか大きいかは」

 関係がないと剣士は肩をすくめた。

「彼の言う通りです」

 魔術師はうなずいた。

「私たちは、助言をすることしかできません。助言の内容は、言うまでもないかと思いますが」

 拒絶――だ。当然、彼らはそれを勧めるだろう。

 だが頭ごなしに言ってこないのは、それがオルフィの心にきつい決断だと判っているため。アバスター自身が言ったように、彼らにだって後悔はある。死んでしまった、死なせてしまった誰かが生きていてくれたならと夢見たことは皆無ではないはずだ。


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