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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第8話 絡み合う軸 第1章

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01 信頼に報いよう

 ナイリアン国王レスダール、崩御。

 その大きすぎる報せはすぐにナイリアール中に知れ渡り、人々は晴れたばかりの影が再び国を覆ったことを感じた。

 感情を排除して、唯一幸いだったと言えることは、王城の重要人物は少し前までその可能性を十二分に考えていたということだ。嘆きや憤りの声を別としては、城内に大きな混乱は起きなかったと言ってよい。

 そう、国王の死はさすがに隠すこともできなかったし、レヴラールもキンロップも隠すべきだとは言わなかった。

 ただし、どうしても隠さなくてはならないこともあった。それはレスダールの直接の死因だ。

 もっとも「どのように」「何によって」という点については、その場にいた二者も、内密かつ迅速に呼び寄せた魔術師協会の導師も、明確なことは判らなかった。

 と言っても疑わしい、いや、はっきりと指を差してもいいと思える相手は存在する。

 ラスピーシュ。ラシアッド。ロズウィンド。どの「名」を使うにせよ、答えはそこだ。

 ああしてこれ見よがしに「死んだ魔術師」を連れ――これとて「悪魔の業だ」とする以外、何も判らないが――、レスダールをヒューデアと同じやり方で殺害した。たとえ彼らがラスピーシュを完全に信用していたところで、関与を疑わない訳にはいかない。

 殺害方法が同じである、少なくとも凄惨な遺骸の様子がよく似ていると証言したのは、イゼフであった。

 彼はあのあとほどなく、城内に戻ってきた。件の「白い影」は確かに城下を騒がせていたのだが、少しすると何ごともなかったように消え去り、街はいつもの顔を取り戻したのだと言う。

 あれはジョリスと、もともとはキンロップを分断させるための作戦であったかもしれないと、彼らはそんなことを話した。イゼフが同席していたことがキンロップを城内に残したが、ジョリスの剣を取りに行った祭司長はラスピーシュやコルシェントを見ていない。殊、コルシェントに関してキンロップに知られたくないことでもあったのではないか。そうした推測だ。

 しかしそれとて、何の根拠もない想像だ。

 どうであれ国王レスダールはみまかり、人々は葬礼とレヴラールの即位の支度に追われている。

「戴冠式、か」

 キンロップは両腕を組んだ。

「喪が明けてからになるが、ラシアッドの戴冠式とほぼ時期を同じくすることになろうな」

「それが目的であったとも考えられる」

 イゼフが言った。

「もっとも、同時期に若い王が両国に誕生したとて……何がラシアッドの利になるのか」

「ナイリアンを混乱させておきたいということろかもしれぬが」

 判らないというのが正直なところだった。

 両国で戴冠式がある。もし祭司長がラシアッドに出向いていれば、彼は戻らなくてはならなかっただろう。仕方のないこととは言え、ラシアッドに非礼を働くことになる。

 それは避けられたが、避けられたのはレヴラールをひとり残す訳にはいかなかったからであり、その理由はレスダール王が国務を行えなかったから、つまり、黒騎士がレスダールに傷を負わせたから。そして黒騎士ハサレックがラシアッドと手を結んでいることもほぼ明らかだ。

「連中の思い通りなのだ。しかしその意味が判らない」

 苛立たしげにキンロップは片方の拳をもう片方の掌に打ち付けた。

「彼らがキンロップ殿をこの国から離さないようにしているとすれば、逆に出向かれた方がよい、と考えることもできるが」

「確証もなく、レヴラール様をおひとりにはできん」

「ほかにも彼の味方はおろうに」

「無論、新たな王には新たな味方ばかりであろうさ」

「成程」

 キンロップの危惧が判った、とイゼフはうなずいた。

「それではなかなか、私が補助するという訳にもゆかぬな」

「そのようなことを考えていたのか」

「ああ。祭司長の代行などはおこがましいが、神に仕える立場としての助言であればと思った。しかし私はただの一神官にすぎない」

 思想はキンロップに近くとも、権力という点で大いに劣る。仮にキンロップが、代行者に権限を全て預けると書類を作ったところで、人の心はそうそう納得しない。使用人などは黙って従おうが、貴族たちが一神官の指示を素直に聞くとは思えなかった。

「――では」

 キンロップは片眉を上げた。

「貴殿に、ラシアッドへ行っていただくというのは」

「私が?」

 驚いたようにイゼフは目を見開いた。

「ああ。現状を思えば、必要なのは肩書きや権力よりも実際の力……貴殿の神力だ」

「神力とも言えないが」

「この際、呼び名はどうでもいい」

 彼は手を振った。

「少しは考えていたことだ。しかし使者としてはもちろん、オードナー閣下の随行としても一神官というのは不自然であった」

「だが、何も使者やその随行でなくともラシアッドを訪れることはできよう」

 コズディム神官は言い、祭司長は片眉を上げた。

「イゼフ殿。では」

「ああ」

 彼はうなずいた。

「ラシアッドで何が企まれているのか。一筋縄でいかぬことは明らかだ。しかし悪魔が関わるのであれば神官の知識は有用であろう。幼少時に私が触れた異界と、此度の獄界に接点はないが、それでも『ただの神力』より強いことは確かだ。……という言い方は語弊もあろうが」

「判っている」

 祭司長はうなずいた。

「神術に攻撃的なものは少ない。たとえば癒やしの手は戦いが終わったあとには必要だが、それだけで戦いに勝つことはできない」

 魔術に比して神術が弱いなどと言われれば、神官の立場としては反論するところだ。しかし実際に「戦う力」として向いていないことは事実。

「お任せできるか」

「最善を尽くそう」

 こくりとイゼフはうなずいた。

「となれば、すぐにでも支度をしよう。神殿にもきちんと話をしてくる必要がある」

「迷惑をかけることになるな」

「『国のため』というのは、知っての通り神殿は好まない」

 祭司長とて、八大神殿に命令はできない。話をまとめたり、要請したりという形になる。それは彼ら神官はあくまでも神に仕えているのであって王家にではないとの基本精神からだ。「ナイリアン国の祭司長」という地位は八大神殿の基本からすると特殊なのだが、言わば「宮廷魔術師」に対抗する形で存在を認められたようなものだ。

「だが同時に、神官には国境がないとも言える。私は『コズディム神官』だが『ナイリアンの神官』ではないからな。加えて出身地という意味を含ませるならば、私の場合、ナイリアンでもない」

 彼の生まれは遙かに西の地だ。ヴァンディルガも越えたずっと向こう。

「だからこそ却ってナイリアンのためではない(・・・・)と言うことができる。もとより、既に白い影の件で八大神殿も会合を持とうとしている。そこで大まかに話をして行こう」

「すまんな、そこまで」

「話す内容はどのように」

「貴殿の裁量を信じる」

「ふ」

 イゼフは笑った。

「そうした決断は貴殿の仕事だ、と言うのは控えておこう。忙殺されているようだからな」

「は」

 キンロップは額に手を当てた。

「いいとも。私も少しは怠けたい。――任せるぞ」

「信頼に報いよう」

 ふたりの神官は目を見交わし、口に出さずに誓いをした。

 それはラシアッドで進行する企みを暴き、悪魔を追い払うことによってナイリアンのみならずラシアッド国を、いや、罪なき人々を守ること。

 たとえいくらか特殊な力があったところで、人の身には困難なことだと、知識があるからこそよく判っている。

 だからこそ少しでも、できることを。

「クライス」

 キンロップは友人を本名で呼んだ。

「――これを」

 彼は首からいつも下げている聖印を外した。

「持っていけ」

「何を」

 イゼフは驚いた顔をした。

 祭司長のそれは、特殊なものという訳でもない。八大神殿に共通した印がかたどられたものだ。そして一般的にコズディムの神官ならばコズディムの印を下げるが、そうでなければならないということもない。

「大事なものではないか」

 しかし、毎日祈りを込めるものだ。装飾品のようにつけ替えることもなければ、人にやることも、まずない。有り得ない。思い込みを深くした信者が心から頼んできたところで断るのが普通だ。

「ナイリアンで最も私が神に近い、などとは思い上がっておらぬ。だが神殿長らの意見をまとめて祈り続けてきたこともまた事実。神も少しはこの聖印を見覚えているやもしれぬ」

「カーザナ」

 戸惑ったように名を呼んでから、イゼフはひとつうなずいた。

「では、私のものを」

「私がコズディムの印章を身につける訳にはいかんな」

 祭司長は苦笑した。

「では預かっていてくれ。私もこれは借りるつもりで持っていく」

「そうか」

 キンロップもうなずいた。

「ならば必ず」

 ゆっくりとカーザナ・キンロップは続けた。

「生きて戻れ」

「必ず」

 イゼフはまっすぐに答えた。

「カーザナこそ、無理はしすぎぬよう。私が戻ってきたときに床に伏しでもしていたら、説教にやってくるからな」

「ふ、自愛せねばならぬな」

「ジョリス殿もそれくらいの答えを寄越すとよいのだが」

 ふとイゼフは〈白光の騎士〉について触れた。

「もともと体調が厳しいところにあの出来事だ。常人ならば寝込んだところでおかしくもないのに」

「自責の念が彼を動かしていることは理解できるが、あれでは治るものも治るまい」

「王子殿下に禁じていただいても、無駄か」

「公式の仕事を全て奪ったところで、いまのオードナーをおとなしく寝かせておくことはできぬな。その辺りも導師殿に相談をしてみるつもりだが」

「協会のか。魔術で眠らせでもするのか」

「それをするならば神術の方がよかろうよ。まだいくらかは回復が見込める」

「だがそうしない、と?」

「実際、〈白光の騎士〉の存在は強力なのだ。神官として、彼自身の健康と彼という存在の『効果』を天秤にかけるなどあってはならないことだが」

 キンロップは息を吐いた。

「いや、すまない。貴殿の友人を道具のようには扱わぬ。貴殿が戻ってきたとき、私のみならず、オードナーも床に伏していることがないようにしよう」

「信じよう」

 うなずいてイゼフは立ち上がった。

「ではそろそろお暇する。会合は今宵故、明日には発てるかと」

「うむ」

 友を信じて送り出し、友を信じて残した。

 この決断をやがて悔やむことになると、彼らの神が彼らに告げることは、なかった。


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