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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第4章

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07 貴殿の負けだ

「邪なものは感じませんでした」

 フィディアル神官が言った。

「ですが、言うまでもないながら、尋常ではない。人々は我々に助けを求めておりますが、我々もどうしたものかさっぱり判らず」

「除霊を試みてみました」

 コズディム神官が言った。

「ですが効果がありません。神官のなかには、聖句に影がやや怯むようだと言った者もおりますが、確証は持てていません」

「邪霊でないのならば効果はなかろう」

 イゼフが言った。

「だが、いったい」

「魔術とは違うのか?」

 キンロップは誰にともなく言った。

「魔術師協会の動きは」

「特に組織だった動きは見られませんでしたわ」

 ムーン・ルー神女が答えた。

「途上でひとり魔術師を見かけましたけれど、ほかの人々と同じように驚いている様子でした」

「私も見かけましたが、同様です」

 ヘルサラク神官が片手を挙げた。

「魔術は関与していないと感じられました」

「……魔術でも、もちろん神術でも、ない」

 先ほど二度に渡って話題に上ったことが思い出される。魔術でも神術でもなければ、それは。

「話は、判った」

 キンロップはうなずいた。

「貴殿らはそれぞれの神殿に戻れ。どこの神殿も、ひとりでも手がほしかろう。安全だと言い切れぬのは口惜しいが、無闇に不安をあおり立ててもならん。とにかく民を落ち着かせ、恐慌状態にさせぬよう。集団でそうしたことになるのが最も怖ろしい」

 神術を使って落ち着かせる方法もあるが、人数が多くては困難だ。どうしたものかと神官たちは顔を見合わせた。

 祭司長も具体的かつ効果的な指示ができないことをもどかしく思ったが、下手なことを言えない立場でもある。何か判明すればすぐ各神殿に届けるとして、キンロップは彼らを帰した。彼らの務めは報告であり、そして確かに彼らそれぞれの神殿では人手がひとりでもほしいところだ。彼らも「答え」を要求することなく、礼をすると急いで戻っていった。

「――伝聞ばかりでは判らん。この目で見なければ」

 キンロップは眉間のしわを深くした。

「祭司長自ら出向くと?」

「行かねばなるまい。ああ、案内できる神官をひとり残した方がよかったか」

「私が」

 素早くイゼフは言った。キンロップは片眉を上げる。

「話を聞いていて、だいたいの場所は判った。中心街区(クェントル)から神殿付近。それ以外にいる可能性も高いが」

「そうか。では貴殿もコズディム神殿へ――」

「いや」

 イゼフは首を振った。

「祭司長にお供する」

「イゼフ殿……」

「私もそうする必要がありそうだ」

「オードナー殿」

 キンロップは首を振った。

「貴殿は駄目だ」

「失礼だが、この件に関して祭司長の指示は聞けない。騎士として私が姿を見せることで人心が鎮まるのであれば」

「その格好でか」

 緊急でもあったため平服姿のままでやってきたジョリスにキンロップは抵抗を試みたが、〈白光の騎士〉は肩をすくめた。

「生憎だが、城内にも替えがある」

「む……」

「個人としては、私にも異論がある」

 イゼフはジョリスを見た。

「だがこの場は同行を願おう。剣で斬れるものではなさそうだが、街びとに指示するならば我ら神官よりもジョリス殿の言葉の方が向きそうであるからな」

「駄目だ」

 キンロップは許可しなかった。

目処(めど)がつかない内は、いかん」

「何と?」

「〈白光の騎士〉の影響力は確かに有用だ。だがこの影とやらがどういうものであるのかも判らず、対処法のない内は駄目だ。言っておくが、危険だからという理由ではない」

 祭司長は真剣に続けた。

「貴殿が出るのであれば颯爽と解決してもらわねば駄目だ、ということだ。状況の判らぬ神官と共に右往左往するだけでは、却って不安を煽る」

「解決策が見えるまでじっとしていろ、と?」

その通りだ(アレイス)

 じろり、とキンロップはジョリスを睨むようにした。

「失礼だが」

 彼もまた首を振った。

「断る」

「オードナー!」

「私は、ナイリアンの騎士は、傀儡ではない。――道化でも」

「……オードナー殿」

「これは、キンロップ殿、貴殿の負けだ」

 イゼフが肩をすくめた。

「もとより、ジョリス殿を一時的にでも回復させるようにと言ったのは貴殿。術を施したのは確かに私だが、強い貴殿の希望があったことを忘れてはおらぬか?」

「覚えているが、そのことは」

「諦めるのだな。これもまた神の導きだ」

「だが、しかし」

 祭司長は肯んじない。

「カーザナ」

 イゼフは片手を上げた。

「ならば私がジョリス殿と同行する。貴殿は立場ある者として、城で待機しておくべきだ」

「馬鹿なことを。この目で見ずに何が判る」

 キンロップが反駁すればイゼフは口の端を上げた。

「立場と主張は違えど、確認に行く意志の強さは我ら三名とも同じということだ」

 これにはもう祭司長もぐうの音も出なかった。

「仕方あるまい」

 本当に仕方なさそうにキンロップは言った。

「ではオードナー殿は早急に支度を。使用人が必要か?」

「従者がいる故」

「そうであったな」

 祭司長はうなずいた。

「先に出向かれても結構だが、私も必ず向かう」

「判った判った」

 キンロップが手を振った、そのときだった。

「何だ?」

 廊下をばたばたと走る音がした。

「王城にまで街びとが詰めかけてでもきたか」

 それは十二分に考えられることだった。

「となるとやはり私と、そしてオードナー殿が姿を見せるのはよさそうだな」

 実に仕方なく彼は認めた。

「殿下に伝言を送る必要がありそうだ」

 話がレヴラールのところまで行けば、王子は必ずキンロップに相談にくるだろう。いや、いまの彼ならば自分の目で確かめると外へ出て行きかねない。それはさすがに、とめなければならなかった。

「おい、誰か」

 祭司長は扉を開け、使用人を呼び止めようとした。だがそこを――滅多にないことだが――走り抜けたのは意外な姿だった。

「マロナ殿!」

 はっとしてジョリスは〈赤銅の騎士〉の名を呼んだ。驚いたように年上の騎士は首位たる彼を見た。

「ジョ、ジョリス殿!?」

「何ごとだ」

 粟を食っている様子であることは咎めなかった。騎士たる者がこれだけ焦るのであれば、理由があるはずだからだ。

「陛下の元に曲者が現れたと」

「何!?」

「詳しいことは判らない、急ぎ、呼ばれたのです」

「判った。行こう」

 ジョリスは逡巡しなかった。

「失礼する。貴殿らは城下へ」

「な」

 キンロップは目を白黒させ、ふたりの騎士を見送る形となった。

「ジョリス!」

 イゼフがその背中に珍しく大声を出す。

「保って一と半刻だ、忘れるな!」

 〈白光の騎士〉は振り返らずに片手を上げた。

「術の効果時間か」

ああ(アレイス)

 神官はうなずいた。

「こうなっては私も陛下のところへ出向くのが優先だな。オードナーのことも見ていなければ」

 祭司長はますますしわを深くした。

「――クライス、どうか」

「判った」

 イゼフはうなずいた。

「城下は私が見てこよう。城内のことはお任せする」

 そう答えてコズディム神官もまた足早に去った。

「いったい、どうなってしまったのだ」

 キンロップは両の拳を握った。

「ナイリアールに、何が起きていると言うのか」


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