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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第4章

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06 悪魔の所行

「ヒューデアが」

 騎士は唇を噛んだ。

「信じがたい」

 彼がイゼフの言を疑うというのでは、無論なかった。それはあたかもヒューデアが、オルフィが、レヴラールが、ジョリスの死を聞かされたときに感じた思いのようだった。

 信じたくない、という。

「遺体は、コズディム神殿へ運んだ」

 イゼフは面を伏せて言った。

「キエヴの里にも連絡をしなければならないが……」

 神官は少し躊躇った。

「言いづらいが、酷い状態なのだ。こうしたことをこちらで決めるのはあまり例がないが、遺族には見せず、焼いてしまう方がよいやもしれぬ」

「それほどの状態か」

「ああ。腹が……獣の爪でさばかれたかのように」

「何と」

 その怖ろしい報せに、ふたりはぎゅっと眉をひそめた。

「剣では不可能だな。魔術ならば、或いは」

「悪魔の所行だ」

 祭司長はうなった。

「そういうのを……悪魔の所行と言うのだ」

 実際に「悪魔」が行ったかどうかではない。そうしたことを目論み、実行するのがまるで悪魔だと、彼の言うのはそういうことだった。

「だが、悪魔の所行ならばもうひとつ」

 イゼフは顔をしかめた。

「死者が蘇った」

 その端的な言いようにキンロップはイゼフを見た。

「『死んだ魔術師』の話か」

「無論」

「蘇ったとは?」

「たとえではない。そのままだ」

「先ほど、見たと言ったようだな。だが」

 祭司長は戸惑った。

「死者は蘇らぬ。コズディム神官には言うまでもなかろうが」

「無論」

 イゼフはまた言った。

「人の業では決して。神術も魔術も可能にしない」

「ならば妖術、か?」

 ジョリスが問うた。キンロップは顔をしかめイゼフはうなずいた。

「私は見た。宮廷魔術師だった男が生前と同じようにローブを着込み、街を歩く姿を。幻影ではないことには、町憲兵隊も彼と話をした。誰であるかは判っていなかったようだが」

「待て、だがまさか」

「何者かが彼のふりをしているということはないのか」

 考えて騎士が言う。

「彼に生き別れの双子の兄弟でもいるのならば、或いはそうかもしれぬ」

 イゼフは答えた。

「魔術で似せているということは」

「ないとは言えない。瞬時に魔力の有無を見抜けるほどの魔術師ではない故」

 魔術師であれば「瞬時に見抜ける」のは当たり前のことだった。魔術師ではないとの主張とも取れ、祭司長は友人に謝罪の仕草をした。イゼフは片眉を上げ、かまわないとばかりに手を振った。

「ただ、〈ドミナエ会〉の者は言っていた。死んだはずの魔術師が、もう一度契約を持ちかけてきたのだと」

「何と」

「言ったように、『過激派』のいなくなった会は、幸いにしてその契約を断った」

「内容は」

「神殿の本格的な焼き討ち、というようなことだったらしい」

「確かに、幸いだな」

 ふう、とキンロップは息を吐いた。

大魔術師(ヴィント)級の力を浴びれば、聖域とてただでは済まないだろう。ましてや」

 少し言いにくそうに彼は続けた。

「死者であれば……協会の禁忌も関わりがなくなるのだから」

「生前からいささか無視はしていたようだが」

「リチェリン殿を宿からさらったときのことか。あれは」

 キンロップはあごに手を当てた。

「実は少々、奇妙に思っていた。あやつがどう切り抜けるつもりだったとしても、魔術師協会という組織は宮廷魔術師職などに遠慮するような可愛らしい連中の集まりではないはずだ」

「魔術ではない力を使った、ということは?」

 ジョリスが尋ねるように言った。

「む」

 キンロップは虚を突かれた顔をした。

「成程」

「それは十二分に有り得ることだ。私があの場で感じたのは、その残り香であった可能性もある」

「しかしいまとなっては別の可能性も出てきそうだが」

 ジョリスは顔をしかめた。

「ラスピーシュ王子は本当に、かの魔術師の術を受けて倒れたのか」

「む」

「何らかの影響を受けていたことは確実だ。演技でなかったとも言い切れぬが、そうだったのであればあの殿下は一流の役者だ」

 倒れたラスピーシュを見たイゼフが言う。

「一流の役者では、あるやもしれんぞ」

 苦々しくキンロップは言った。

「我々がみな、騙されたのであれば、な」

 わずかに、沈黙が下りた。

「手段は何であろうと」

 次に口を開いたのは〈白光の騎士〉だった。

「死んだ魔術師と同じ顔をした人物がナイリアールを歩き回っているのであれば、それだけで看過できぬことだ」

 その言葉に神官らははっとした様子を見せた。

「うむ、それはその通りだな」

「手段や真贋(・・)は二の次」

 神官たちは自分たちがそこにこだわっていたことに気づいた。

「予断は危険だが、その死に関わった人物が変わらずナイリアールで暗躍しているとなれば、可能性は念頭に置くべきかと」

 慎重に述べてジョリスはふたりを見た。

「ラシアッド第二王子、ラスピーシュか」

 またその名を口にして、キンロップはうなる。

「謎のある人物とは見たが、いたずらに生死を弄ぶようには思えなかった。私があの館で最初に疑いを抱いたのも、単純に殺害に関わったか、或いは下手人を逃がす等の幇助をしているか、そうしたことを考えてだ。死者を去らぬよう留め……戻すなど」

「もしも偽物でないとすれば、オルフィ殿やシレキ殿の言っていた、件の悪魔とやらが関わっていると考えられる」

 イゼフは慎重に言った。

「さもあろう」

 キンロップは息を吐きながらうなずいた。

「人の業ではない」

「失礼ながら、真贋は二の次とのイゼフ殿のお言葉をお忘れなきよう」

 騎士が片手を挙げた。

「おふたりが神官として重視なさることは判るつもりだ。だが、いまは」

「そうであったな」

 すまない、とキンロップは謝罪の仕草をした。

「偽装でも何でも、あの男の似姿をナイリアールに放ってどうしようと言うのか――」

 そのときであった。扉が再び、今度は性急に叩かれる。顔をしかめてキンロップはそちらへ向かった。

「どうした、何ごとだ」

「祭司長に……緊急のお知らせを」

 かすれるような声が室内にもかろうじて伝わった。

「何だ。どうした。ラ・ザイン神官長ともあろう者がそのように取り乱して」

 叱るようにキンロップは言った。

「で、ですが」

 ラ・ザイン神官長の声は震えているようだった。

「化け物が出たのです」

「……何?」

 ジョリスとイゼフもはっとそちらを見た。

「化け物だと。落ち着いて話せ」

 キンロップもまた思うことはあったが、表には出さずに神官長をなだめた。

「は、はい」

 神官長は汗をぬぐった。

「ラ・ザイン神殿に、人々が駆け込んで参りました。幽霊(ベットル)だ、との騒ぎで、我々も戸惑いました。幽霊話などが起きるのはたいてい夜ですし、集団で、いえ、それぞれが別々に訴えてくるなどということはまずありません」

「幽霊」

 最近聞いたばかりの話だ。だがコルシェントの幽霊という話とは違いそうだった。

「それで? 貴殿は見たのか?」

「は……」

 ごくりと神官長は生唾を飲み込んだ。

「はい」

「どのようなものを」

「白い、影のような」

「白い影?」

「そうなのです。まるで壁に映る影のようなのですが、白いのです。いえ、もとより、影を作るはずの人の姿はなく」

 彼がそこまで話したときだった。また慌ただしく扉が叩かれる。

「キンロップ祭司長に、緊急のお話が!」

 次に現れたのはフィディアルの神官長だった。続いてメジーディス、ヘルサラク、ナズクーファの神官長が次いで現れ、イゼフに顔なじみのコズディム神官長もやってきた。ピルア・ルー、ムーン・ルーからも僧兵に付き添われて神女が。

 キンロップは焦る彼らを厳しく叱責し、冷静さを取り戻させて、順番に報告させた。

 もっとも、話はどれも似たようなものだった。おののいた人々が神殿に飛び込んできて、すわ幽霊だ化け物だと恐慌状態で告げ、彼らを慰める一方で神官たちが外に出てみれば、白い影としか言えないようなものがあちらこちらを徘徊していた。

 それはただふらふらするだけで人を襲うようなことはなかったが、見るからに不気味であり、人々は叫んで逃げ惑った。神官は当座、屋内に入っているよう指示したが、閉じこもったところで解決にはならない。

「何と……」

 前例のない事態に祭司長も呆然とした。


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