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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第4章

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05 答えは既に

「魔術師の遺体を確かめる必要があるやもしれぬ。いや、実際の遺体を使ったかどうかはもはや、問題ではないな」

「何か見たのか」

 キンロップははっとした。

「見た」

 イゼフはうなずいた。

「それから証言も得た」

「証言だと?」

「〈ドミナエ会〉」

 彼は息を吐いた。

「『過激派』が抜けたというのは事実のようだ。だがカーセスタ方面へ下ったというのは出鱈目。そのように情報を流すこともまた、彼らが交わした約束だった。そうすることで会を維持させるとの言質を取って」

「それは」

 キンロップはじっとイゼフを見た。

「誰との約束だ」

「私が話した神官は、その人物の名を知らなかった。名乗らなかったのかもしれない。しかし話に聞いた限りでは、その特徴はラシアッド第二王子と一致する」

 静かに神官は告げた。キンロップは黙り、ジョリスに視線を向けた。

「あまり好ましくはないことだが」

 彼はうなった。

「イゼフ殿。一時的にでよい、オードナー殿がせめて労なく話ができるよう、貴殿の力を貸してはもらえまいか」

「それは少々問題がある」

 イゼフは顔をしかめた。

「正しき回復を更に遅らせる可能性が高い」

「お願いしたい」

 ジョリスは真剣なまなざしを返した。

「とても重要な時期だ。いまを乗り切らねばならぬ」

「ジョリス殿」

 イゼフはしかめ面のまま友の名を呼び、その視線をじっと受け止めてから、静かに息を吐いた。

「神官としては応じたくないところだが……危急の際なれば許容するほかあるまい」

 彼は騎士の横に回ると両手を差し出した。

「手を」

 ジョリスもまた、両手を伸ばす。イゼフはそれを取ると目を閉じた。そして口のなかで何かを呟く。その瞳は、まぶたの向こうで金色になっていた。

「どうだ?」

 数十(トーア)ほど経ったろうか。イゼフはジョリスの両手を解放して尋ねた。

「驚いた」

 正直に言って騎士は蒼玉のような目を瞬かせる。

「とても楽になった」

「だが治った訳ではない」

 神官はまた深く息を吐いた。それは少しつらそうだった。

「イゼフ殿?」

「魔術には、体力の低下を感じさせないというものがある。だがこれはとても危険だ。言うなれば自分を騙しているだけで、実際に体力が戻ったのではないからだ。本来ならば本能が必ずかける制限がかかることのないまま命をすり減らし……そのまま死してしまうことすらある」

 まず彼はそう言った。

「一方で神官の癒やしには二種類。本人の治癒力を高めるやり方が真っ当だ。ちょっとした疲労や軽い心の病には有用で、即効性もある。もっとも貴殿ほどの状態には向かず、もし通常の神術を施すならば術者の体力を分けるという方法を採るだろう」

「それを?」

「いや、必ずしもそうではない」

 イゼフは首を振った。

「通常と言うのであれば、コズディム神官に癒やしの力は宿らぬのだ。それを可能とするのはムーン・ルーとラ・ザイン」

「では」

「ああ。これは魔術でも神術でもない。近いのは妖術であろうな」

「滅多なことを言うな」

 渋面でキンロップが口を挟んだ。

「大丈夫だ、キンロップ殿。自嘲して言うのではない」

 彼はわずかに笑みを浮かべた。

「我が力が異界に端を発することは事実。だがそれをして、私は自身を魔物に近いなどとは断じない。そのように考えた時期もあったが、益のないことだと気づいた」

「ならば、よいが」

 少々キンロップは心配そうだったが、それ以上は何も言わなかった。ジョリスもまたそのことは知っており、書物でもそうしたことがあると読んだことがあった。

 このふたりが偏見を抱くなどないと知っているイゼフだが、だから力を見せたということではない。もはや迷いは乗り越えていると。

「ともあれ、いまの術は術者にも対象にも危険がないようにしたものだ、というだけ。ただし」

 彼は指を一本立てた。

「一度きりだ」

 忠告するように神官は言った。

「吝嗇で言うのではない。続ければどのような負担が生じるか判らないのだ。いや、確実に、貴殿と私の両方に跳ね返るものがある」

 どう跳ね返るかが判らないと、それがイゼフの言だった。

「いまは、問題ないのか」

「効果を感じているのであろう?」

「私ではなく、貴殿だ」

 ジョリスは首を振った。

「顔色がいささか」

「これは……衝撃的なことが、続いたのでな」

「何があった」

 祭司長が問うた。

「コル……幽霊騒動の件か」

「それもある。だが、それよりも」

 きゅっと彼は唇を結んだ。

「ジョリス殿」

 イゼフは騎士の手を再び取った。何か、とジョリスは片眉を上げる。

「気を落ち着けて聞いてほしい。貴殿に術を施したのも、この話をする必要があったからだ」

「……いったい、何が」

 神官の様子はただごとではなかった。

「ヒューデアが、死んだ」

 一言、彼は事実だけを述べた。さっとジョリスの顔色が青ざめ、キンロップも驚いた顔をした。

「どういうことだ、イゼフ殿」

「何があったのか、それは判らない。ただ、中心街区(クェントル)の外れで」

 そこでイゼフは言葉を切った。それ以上語るのが困難だという様子だった。

「――倒れていたのか」

 キンロップが助け船を出した。イゼフは首を振った。

「無理をしたせいで、と言うのではない。何者かが、彼を殺害した」

「殺害」

 ジョリスは厳しい表情を浮かべた。

「ヒューデアがそうそう後れを取るとは思えない」

「オードナー殿には、知らせていなかったが」

 少し言いにくそうにして、祭司長はヒューデアが毒刃に倒れていたことを説明した。

「昨夜まで、この城内で休んでいた。いや、意識が戻らなかったのだ。それが今朝になると姿を消していた」

「何者かが目覚めた彼を連れ出した……少なくとも何かを知らせ、彼をおびき出した。彼が何も言わず、無理を押して出て行ったのであればそれはおそらくさらわれたリチェリン嬢のことか、或いはキエヴに関することか、その辺りであったろう」

「何者かが、彼を邪魔者と考えて?」

「目的は判らぬ。だが邪魔であったならば、殺す機会は先にあった。毒刃を使ったとしても彼が倒れたのであれば、そこでとどめを刺すことは容易であったはず」

「――取り込もうとした。アミツを見る、キエヴの若者を」

 きゅっと拳を握ってジョリスは、知らず、正解を引き当てた。

「考えられる」

 イゼフはうなずいた。

「だが成せなかった。そこで初めて、彼は邪魔者となった……」

「誰が、そのような」

「直接に誰が手を下したかというのは判らぬな。しかし、答えは既に、提示されているようにも思う」

 神官は祭司長と騎士を順に見た。

 ハサレックが、ジョリスに会うことを避けたのではと判定した人物。

 コルシェントの死を見届けたとした人物。

 リチェリンの拐かしの現場にいた人物。

 瀕死の状態から魔術薬で回復したという話は本当なのか。

 そもそも、人の多いこの首都でオルフィやリチェリンに偶然出会ったということなど有り得るのか。

「ラスピーシュ王子、か」

 キンロップが呟いてうなった。

「全面的に信頼はできぬと思っていたが、まさかそこまで」


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