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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第4章

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01 何故、こんなことに

 その路地裏は騒然としていた。

 当然であろう。首都では喧嘩による死傷騒ぎもそれほど珍しくはないが、そこに死体があっても誰も気にしないというほどではない。

 ましてやその死体はどう見ても、殴られたり刺されたりして死んだのではなかった。

 街なかで死体が見つかったとき、場を取り仕切るのは通常であれば町憲兵隊(レドキアータ)だ。魔術の関わる事態であれば魔術師協会(リート・ディル)ということもある。

 後者の事例は圧倒的に少ない。なおかつその対応は素早く、人々――言ってしまえば、野次馬――が近づく前に場を封鎖してしまう。人目につくことはあまりなかった。

 この場合、それは、魔力ではなかった。そのため、協会がすぐに動いて場をどうこうするということはなかった。

 よってここでは町憲兵隊が人々の通報によって駆けつけ、比較的死体を見慣れている彼らでも目を逸らしてしまうようなそれの近くから人々を追い払ったあと、少し離れた場所で目撃者を募りはじめた。

 だが怪しい人物を見たという話はなかった。たいていはひとりふたり、口火を切る人物がいるものだ。深夜ならともかく、昼日中である。

 しかし、誰もその出来事の片鱗すら見かけていなかった。〈嘘つき妖怪(シャック・ハック)〉の気質がある者ですら、それを見てしまっては何か言うのがはばかられた。

 その遺体が、あまりにも酷い状態だったためだ。

 もとより、町憲兵たちの間でも、果たしてこれは喧嘩や恨みが積もった結果の殺人であるのかという疑問が湧いた。何故なら、普通の人間にできるとは思えなかったからだ。

 腹部を大きくえぐられ、臓物が見えているような状態は、たとえば(バル)のような獣に襲われたかのごとく。だが万一にもそのような獣が入り込んでいれば、必ず違う騒ぎになるはずだ。熟練の町憲兵は、遺体の顔がきれいである――恐怖や苦痛のために歪んでいない――ことも奇妙に思った。

 魔術ではないかという声も出たが、それならば協会がやってこないはずはなかった。ただ、その代わりと言おうか、やってきた人物がいた。

「申し訳ありませんが、ここはいま」

 野次馬たちが入ってこないように見張っている町憲兵がひとり、丁重に言った。

「――友人だ」

 新来者は短く言った。

「は……」

「彼は私の友人だ。通してもらう」

「あ、あの、神官殿!」

 街びとたちには強い態度に出る町憲兵も、神官服を着た人物には少々弱い。彼は入ろうとしてくるコズディム神官をとめられず、困ったようにほかの町憲兵を見たが、誰も彼もやはり困ったようにそれを迎えるしかなかった。

「彼は友人だ」

 三度(みたび)言ってイゼフは歴戦の町憲兵ですら及び腰になっている遺体の前にひざまずいた。

「何と……いうことだ」

 感情の表れにくいその顔に浮かんだものは、驚愕であり悲哀であり、怒りでもあった。

「何故、こんなことに」

 イゼフは死体を見慣れた神官でも直視に耐えぬようなその遺骸の前にひざまずき、祈りを捧げた。

「いったい、どうして」

 面を伏せ、彼は唇を噛みしめた。

「ジョリス殿が、無事だったと言うのに、何故、お前が」

 まるで入れ替わるように。

 若い命が。

「神官、殿」

 ようやく年長の町憲兵がひとり、彼に問いかけにきた。

「ご友人というのはこの遺体……いや、この若者のことで」

「ああ。彼の名はヒューデア・クロセニーと言う」

 低い声でイゼフは返した。

「あの、何かご存知でしょうか? つまり、彼がここでこんなふうに、その」

「――幾らかの推測はつく」

 神官は答えて立ち上がった。

「お教え願えますか」

 町憲兵は少しほっとしたように見えた。

 彼らにしてみると、魔術師に事件を持っていかれるのはこの上なく腹立たしいことなのだが、神官に助けを請えるというのは有難いことだ。魔術師と違って事件を隠したりしないし、協力的だからである。

 そう思っていたのであろう、イゼフの返答は町憲兵の目をしばたたかせた。

「この事件は八大神殿の管理下に置く。町憲兵隊は手を引くよう」

「は……?」

 「八大神殿」を「魔術師協会」に入れ替えれば、それはまさしく魔術師たちが町憲兵隊を追い払うときの宣言だった。

「何の冗談ですか、神官殿」

「本気だ」

「失礼ながら、神官殿にも八大神殿にも、そのような権限はないかと」

 少し腹立たしげに町憲兵は言った。イゼフは首を振った。

「特例だ。八大神殿というのが不満なら、王城でもよい」

 彼はコルシェントの館で見せた書状を再度取り出した。町憲兵は胡乱そうにそれを受け取ってから、レヴラール王子とキンロップ祭司長の署名を見つけ、驚愕に目を見開いた。

「もっ、申し訳ございま」

「かまわぬ。もとよりいまは、貴殿らの手を借りたい。彼を」

 痛ましい視線でイゼフはヒューデアを見た。

「コズディム神殿へ運んでもらえまいか」

 その言葉に町憲兵らは怪我人や時には遺体も運ぶための担架を用意し、可能な限り遺体を損ねないように載せて、人目に触れぬよう布をかけた。

 イゼフはその様子を少し見守っていたが、最後まで見届けることはしなかった。

 やらなければならないことがあるからだ。

(ヒューデア)

 その呼びかけはつらいものだった。

(まだラファランに連れられていなければ――我が声を聞け)

 若者はどんな心で逝ったのか。苦しそうな表情でなかったのはせめてもだが、どんな業、どんな事情であれば、あのような残虐と同時に苦痛を覚えぬようにとの慈悲が与えられるのか。

(何が起きた)

(年若い友よ、お前の身に何が)

 さすがのイゼフも冷静沈着とはいられなかった。そうも見えたであろうが、これほどの動揺を覚えたのはジョリスの「訃報」の前には、まだイゼフと名乗る前、同じ理想を信じた同志と討論――いや、酷い罵り合いをしたときにまで遡るだろう。

 グードが冥界に去る前に呼び止めたこと、コルシェントを呼ぼうとしたこと。神官ならできるというようなことではない。彼の特殊な生まれと経歴が成す業だ。

 それには体力とそして非情なまでの冷静さが必要となる。

 闇の者を追い払ってきたばかりの彼はいささか弱っており、冷静さの方は言うに及ばずだった。

(ヒューデア)

 だがいまを逃せば難しい。

 必ずラファランはヒューデアを導くからだ。グードのときも、あと少し呼びかけが遅ければ困難であったはず。

 コルシェントについては導きを受けていないと考えられ、あれから時間が経っていても呼び出せる可能性は高かったのだが。

 いまを逃せば、ヒューデアは。

(いるか、ここに)

(まだ、いるか)

 イゼフは深く息を吸い、乱れる心を抑えようとした。

(ヒューデア・クロセニー。キエヴの若者よ。アミツを見る能力を受け継いだ――)

 彼ははっとした。

「アミツ」

 キエヴの精霊は、どうしたのか。見てはいないか。彼に起きたことを。

(いや、散漫になる)

 彼はそっと首を振った。もとより彼ではアミツと交流することはできない。仮にできたとしても、ヒューデアですらその「言葉」を明確に聞くことはないのだ。

(まずはヒューデアを)

 あまり称賛されることではない。グードのときはレヴラールを落ち着かせるために選んだが、本来、死者は滞りなくラファランに導かれるべきであるのだ。遺されし者が望んでも、口寄せの真似ごとなど、普通はやろうと思わない。

 だが――これは、異常だ。

 城から抜け出したヒューデアが何を考えていたのか。ここで誰と出会い、何を話したのか。そして何のために、死んだのか。

 いまを逃せばそれを知ることはできない。その確信があった。

(ヒューデア・クロセニー)

 彼は再び、私心を排除して若者に呼びかけた。

(我が声を聞け。呼び声に応えよ。ここに……まだいるのならば)

 ゆらり、と影が揺らめいたのは、まさしく若者が壁にもたれかかっていた場所だった。まるで戸惑うような――起きたことが把握できていないかのようなその様子にイゼフは胸を痛くし、ぎゅっと拳を握った。

(ヒューデア。私が判るか)

 影はふらつきながら、イゼフの方を見たように感じられた。

(いったい、この場で何が)

 だが次の瞬間だった。

 すうっと、影が消えた。

「何」

「失礼します、神官殿」

 町憲兵が背後から彼に話しかけた。イゼフは呪いの言葉をこらえ――神官として相応しくないだけではなく、悪いものを呼びやすいからだ――振り向いた。無視をしてももう一度話しかけられるだろうし、あらかじめ対処――声をかけぬよう言っておく、またはかけさせない神術を編むなど――しておかなかったのは自分の失態だ。

「何だ」

 町憲兵に返事と問いかけを兼ねて口を開いたイゼフは、振り向いたところで、町憲兵が何を言いたかったか悟った。

「よろしかった、でしょうか。いえ、その……我々に『彼ら』を禁じることはできないのですが」

 「彼ら」と言ったが、それはひとりだった。町憲兵は全体を指して言ったのであろう。

 魔術師。

 黒ローブ姿は目立つものでもあれば、神官にとて、その魔力は感じられる。外見と、そして内包するもので、「彼ら」は声高に自らが魔術師であることを主張するのだ。

「何かご用か、術師殿」

 もしや、とイゼフは思った。いまのは、魔術師が、何かしたのか。

 気をつけていれば魔術を振るわれても判るが、いまは自分の術に集中していた。怪しい術と見られて散らされた可能性は皆無ではない。

 相手の目的を見極めねば。そして即時、追い払うなり何なり――。

 そこでイゼフは、はっと目を見開いた。

「貴殿、は」

 魔術師は不自然なほどフードを深くかぶり、いかにも顔を見られたくないという様子だった。だが知っている。この気配は。

「まさか」

 くるりと魔術師は何も言わずに踵を返した。

「待て!」

 彼は鋭く声を発したが、相手が足を止めるとは思わなかった。案の定、黒ローブは戸惑う町憲兵らを尻目に、人垣の向こう――自然と、割れた――に姿を消す。

「いまのは」

 イゼフは唇を噛み、追うか、それとも浮かんだ疑念をはっきりさせるか、決断しなければならなかった。

 素早く答えを出すと、イゼフは再び壁際を向いた。

「ヒューデア」

 逝った若者に、呼びかける。

 疑念――懸念は、当たった。

 その影はもうイゼフの前に姿を現さず、唯一の機会は、散らされた。


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