11 期待外れだったようだ
「アミツが指すことは時に法よりも強いということがひとつ」
「それじゃ町憲兵は納得させられないと思うけれどねえ」
「もうひとつは、お前たちこそ見られる訳にはいかないのだろうということ」
かまわず彼は続けた。ラスピーシュは「成程」などと呟く。
「ラシアッド王子など知られていなくとも、前宮廷魔術師にして反逆者たるコルシェント術師はそうもいかないと」
にこにことラスピーシュは言う。
「それがね、ヒューデア君。かまわなければどうだい?」
「何?」
意味が判らない。ヒューデアは顔をしかめた。
「つまり」
弟とは違う種類の笑みを浮かべたまま、ロズウィンドが肩をすくめた。
「我々は人々に彼の姿が見られても我々は一向にかまわない。それどころかむしろ歓迎だと言ったら?」
「ナイリアールに幽霊騒動でも巻き起こそうと言うのか」
「さすが、察しがいいね。だが」
ラスピーシュはまた首を振った。
「もう起きてるんだよ、幽霊騒動は。君と仲良しのイゼフ神官が調査に乗り出している」
「イゼフ殿だと」
「そう。彼もなかなかどうして、特異な技能の持ち主だね! 異界の影響を受けた身体に神力を宿らせるという精神力は並みじゃない。それに加えて魔術の知識まで得て、忌まわしいとしてきた力を『ただの力』にしてしまうんだから」
「何を……」
「うん、彼のことも調べさせてもらった。どうして一神官が祭司長と昵懇なのかと思っていたが、あの来歴なら当然だな。〈ドミナエ会〉のことだけじゃない、主には異界絡みで」
「祭司長がイゼフ殿を見張っているとでも言いたいのならお門違いだ」
どことなく不愉快なものを感じて、ヒューデアは遮った。
「ほう? では、どう違うのか教えてもらえるかい?」
「お前に話すことはない」
「はは、そうくるだろうとは思ったけれど」
全く気にしないようにラスピーシュは笑う。
「貴殿はまるで騎士だな」
ロズウィンドが感心するように言った。
「ジョリス・オードナーという人物の影響か。だがよく考えるといい。貴殿が守るべきは『ナイリアン人』ではないということを」
「俺はキエヴ族と、そうだな、エクールの民にも義務を負っているのかもしれん」
「納得した、と?」
「まだ全てを認めた訳ではない。だが可能性は検討している。ただし、お前たちの話によってではない、ということは言っておくとしよう」
「かまわないさ」
ラスピーシュは手を振った。
「クロシアの話がきっかけでも、リチェリン君のことでも」
「――リチェリン」
ヒューデアは呟いた。
「彼女は無事なのだろうな」
「もちろん、丁重にもてなしている」
第一王子が答える。
「あまり満足してはもらえないようだけれど」
少し笑ってラスピーシュ。
「オルフィは、どうしている。彼女が拐かされたなどと知れば」
「もちろん、どこにでも飛んでいくだろうね。だが行き先が判れば、だろう」
「彼の前でも素知らぬ顔で、親切面をしている訳だな」
じろりとヒューデアはラスピーシュを睨んだ。ラスピーシュは心外だという顔をする。
「私はいつだって親切さ。ただ、親愛を抱く相手であっても何でもかんでもぶちまける訳ではないだろう? 誰にだって少々の隠しごとくらい、あるものだよ」
「『少々の』ときたか」
ふんと彼は鼻を鳴らした。
「お前たちの話はどうでもいい。この男をどうするつもりだ。いや」
ヒューデアは首を振るともう一度剣を持ち直した。
「死んでいなかったのでも蘇ったのでも、知ったことではない」
「ほう?」
「――ピニア殿を苦しめた男だ。改めて、俺が殺してやろう」
「は……」
ラスピーシュは口を開けた。
「これは驚いた。私はてっきり、君もリチェリン君狙いだとばかり」
「戯けたことを」
「いやいや、だってピニア殿は明らかにジョリス殿しか見ていないじゃないか。あまりにも見込みがなさ過ぎるだろうに」
「そのような話はしていない」
白銀髪の青年は動じなかった。
「そこをどけ、ラスピー。ロズウィンドとやらもだ」
「まさか」
「そうはいかぬな」
「ならば、お前たちも斬る」
「すごいことを言うね、いつもながら」
呆れるよりも楽しそうにラスピーシュは肩をすくめた。
「ナイリアン国の首都でラシアッド王子が斬りつけられるなんて、大騒動だ」
「そんなことはどうでもいい」
「やれやれ。君が言うと脅しでもはったりでもなく、本気に聞こえるから厄介だ」
本気だ、と繰り返してやる必要もないだろうとばかりに、ヒューデアは片足を引いた。
「どけ」
「刃傷沙汰は避けたいねえ」
首を振ってラスピーシュは、ヒューデアに向かって一歩踏み出した。
「ラスピーシュ」
「お任せを」
兄の呼びかけに弟は片目をつむった。
「いいや」
だがロズウィンドは首を振った。
「アミツを見る者は我らや神子よりも低い存在とは言え、敬意は払って然るべき。私が話そう」
「そう仰るのなら」
ラスピーシュは引いた。代わりにロズウィンドが出る。
「斬られたいのか」
「それは困る」
第一王子はゆっくり答えた。
「彼自身に対抗してもらうのもよいが、街なかで魔術を使えば協会に記録されてしまう。噂はかまわないが、特定はまだされたくない」
つまり、と彼は言った。
「貴殿が刃を納めるのであれば、問題はなくなる」
「ふざけるな」
「本気だ」
ロズウィンドは唇を歪めた。
「だが、その気はない……?」
「あるはずがない」
彼は当然の即答を返した。
「そうか」
ふう、とラシアッド第一王子は息を吐く。
「貴殿には、期待をしていた。初めは頑なに拒否するだろうと判っていた。だがキエヴとエクール、エクールとラシアッドの関係を真に理解したなら、必ず我々に協力をするものと」
「期待外れだったようだな」
ふんとヒューデアは鼻を鳴らした。
「そうだな」
ロズウィンドはまた嘆息した。
「何が問題と言って、先ほど垣間見せた女占い師への恋情……と言って悪ければ、慕情だ。同情でもいい。それが貴殿にコルシェントへの敵愾心を抱かせる」
「関係ない。ピニア殿のことがどうあろうと、俺はお前たちに協力など」
「時間をかければその気持ちもほぐれただろうと言っているんだ。だが生憎なことにと言うのか、改心の見込みがない貴殿は」
すっとその瞳が細められた。
「邪魔者、ということに」
「――兄上」
ラスピーシュの声に懸念が浮かんだが、ロズウィンドは片手を上げてそれを制した。
「改心が聞いて呆れる」
ヒューデアは剣の柄を強く握った。
「警告は、二度した」
すっと短く鋭く、剣士は息を吸い込んだ。
もう警告は必要ない。
これは敵だ。




