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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第3章

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04 こんな当たり前のことを

 一も二もなく、オルフィはそれを承知した。

 ファローと話したい気持ちもあったが、友人を殺した記憶のあるヴィレドーンがファローと談笑するのは無理だ。先ほどのように心配ばかりかけてしまうだろう。

 オルフィは館の――ここはサンディット家の別邸であると判った――使用人にファローへの伝言を託すと、ラバンネルに連れられて外に出た。

 陽射しの明るい「いま」は、彼がやってきたおよそ四十年後の一日と同じ初夏であるようだった。

 ラバンネルは「少し歩きます」と言って先に立ち、彼を案内した。

「それにしても、奇妙な気持ちです」

 彼は言った。

「私はね……あなたと分かれた、あの直後なんですよ」

「『あの』?」

 オルフィは片眉を上げた。

「それってのは、まさか、その」

 こほん、と彼は咳払いをした。

「エクール湖で」

「ええ」

 魔術師はうなずいた。

「どこまでご記憶か判りませんが、悪魔の火を湖畔の村から退けた、あのときの」

「それは、何となく覚えてる」

 若者はうなずいた。

「力が及ばなかったこと、まずは謝罪しないとなりません。結局……こうしてあなたにこの道を歩ませることになるとは。いや、でも……」

 おかしいですね、と彼はまた呟いた。

「何故、記憶が?」

「あー……ええと」

 オルフィは頭をかいた。

「その謝罪は、必要ないと思う。たぶん」

「と言いますと?」

「気づいてもらえたように、俺はヴィレドーンじゃない。過去、そうだったことは確かだけれど。俺はあのあと……何て言えばいいのか」

 うーんと彼はうなった。

「『あいつ』が、足し引きの話をした。その、俺は『引かれ』たんだと思う。でも、戻らなかったんだ。『ヴィレドーンのはじまり』には」

 巧く言えない。オルフィはまたうなった。

「ああ、そうでしたか」

 幸いにして、魔術師にはそれで通じた。

「では半分は巧くいったんですね。あなたはあの時間軸に乗ったまま、新たな人生をはじめた」

「まあ、そういう、ことかな」

 言ったオルフィの方ではいまひとつよく理解できていない。

「ではどうしてここに? いつから?」

「ついさっき」

 まず、ふたつ目の質問に答えた。

「どうしてかって言うと、少なくとも俺の意志じゃない。あんたの言う、あの時間軸でも『あいつ』は俺の前に現れて……」

「成程」

 ラバンネルは顔をしかめた。

「狙った獲物は逃さないと言いますか。それとも、諦めが悪いと言いますか」

「俺が、約束したらしいんだ。その辺の記憶は曖昧なんだけど」

「ああ、契約のことですね。ですが、もう破綻してる。向こうが必死で履行させようとしてるなら、それは確実です」

「へ?」

「契約、殊に魔術のそれや人外とのものというのは、破ろうったって破れないんです。契約を取った側は、寝て待っていたっていい。だと言うのに履行や、または新たな契約を迫ってくるというのは、何らかの理由で急いでいるという可能性もありますが、多くは既に契約の理が崩れているから」

「理が、崩れて」

 繰り返しながらオルフィは考えた。どういう意味なのか。

「言うなれば『契約書の条件から外れた状況にある』ということです。契約書があると言われたところで、もうそれはただの紙切れ」

 ひらひらと魔術師は手を振った。

「ですが良心のある人間はつい、『たとえ条件から外れても約束したからには』なんて考えてしまいます。それはよろしくない意志を持って契約を持ちかけた側に好都合なだけです。契約というのは条件も含めて契約なんですから、外れたらそこまで。はい、おしまい、でいいんですよ」

「俺だって律儀に『守らなければ』なんて思ってやしないさ。ただ」

 そこで彼は言い淀んだ。

「悪魔があなたにつきまとっていることには変わりない。いまも、見ているのかもしれませんし」

「……かもな」

 十二分に考えられるどころか、むしろそうだと考えておいた方がいいだろう。

「俺は、いまから……四十年、くらい先になるのかな。すごく妙な話なんだが」

 ラバンネルは理解しているようなのだが、どうにもいちいち、言い訳めいた言葉が入ってしまう。

「あいつに呼び出されて、話をしてたんだ。その、俺の……望みを叶えてくれるって」

「応じなかったでしょうね?」

 優しい声音が不意に厳しくなった。

「同じことを繰り返す愚は――」

「応じてないよ」

 オルフィは手を振った。

「……まだ」

「ヴィレドーン君」

「いや、判ってる。ただ……」

 きゅっと彼は唇を噛んだ。

「悪魔の業でもなければ叶わない望みだから」

「悪魔の業で叶う望みが、まともな結果に終わると思っているんですか? まさかよりによってあなたに、記憶のあるあなたに、こんな当たり前のことを説教しないとならないんですか?」

「判って、るよ」

 弱々しくオルフィは答えた。

「判ってる」

『コウスレバ、誰モ』

『誰モ傷ツカナイヨ』

「判って……」

「ヴィレドーン君」

 今度の声は気遣わしげだった。

「悪魔は、都合のよさそうなことしか口にしない。それを忘れないで下さい」

 オルフィは黙るしかなかった。

 判っている。そのつもりだ。

 だが。

「……あんたは」

 少しの沈黙のあとで、オルフィは顔を上げた。

「あんたは、大丈夫か?」

「私ですか?」

「あいつ、あんたにも興味があるみたいなことを言ってたからさ」

「それは光栄……でもないですね」

 大導師は肩をすくめた。

「忠告を有難うございます。気をつけるとしましょう」

「まあ、あんたなら何でも乗り切っちまうんだろうが」

 彼は頭をかいた。

「どうでしょう」

 ラバンネルは首をかしげた。

「そう在りたいとは思っていますが、生憎と魔術も万能ではないので」

「あんたにあるのは、魔術だけじゃないと思うから」

 ぽそっとオルフィは言った。ラバンネルは軽く目を見開き、それから笑みを浮かべた。

「これは、実に光栄です」

「世辞のつもりじゃないぜ」

 少し照れながらも彼は言った。

「本当に、あんたには感謝してるし……」

「ふふ、それは私より彼に言ってあげて下さい」

 ラバンネルは少し先にある大木を指した。

「彼もあまり、感謝されるのが得意ではないですけれど」

「それって」

 オルフィは大木の下に座る人影を見た。

「もしかして」

「ええ」

 ラバンネルはうなずいた。

「アバスターも一緒に、ここに飛ばされてきているんです」


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