02 ご一緒します
「お師匠の言うように、黒騎士が何故その荷物を狙ったのか、それがはっきりしませんよね」
カナトは考えるようにしながら言った。
「それは僕らが中身を知らないせいでしょうか」
「――どうかな」
ぼそりとオルフィは呟いた。彼は「中身」を知ったが、かと言って黒騎士が狙う理由は判らない。ジョリスがタルーに預けようとした理由も。
「その辺りは〈白光の騎士〉殿がご存知だろう」
ミュロンがまたもあっさりと言った。
「だがカナト」
じろり、と師匠は弟子を睨んだ。
「本気か」
「もちろんです」
弟子は堂々とその視線を受け止めた。
「駄目だと仰るんですか?」
「お前が」
ミュロンはカナトを見据えたままで続けた。
「出かけてしまったら、誰がわしの飯を作るんだ」
がくり、となったのはオルフィだけだった。
「僕がくる前はご自分で何とかしてらしたじゃないですか」
「自分でやるのは面倒臭い、ではない、お前の飯は美味いからな」
「褒めても駄目です。だいたいほんの一日か、かかっても二日ですよ。それくらい我慢して下さい」
どちらが師匠だか判らない。オルフィは苦笑いを浮かべた。
「一日か二日?」
老人は片眉を上げた。
「それくらいで済むのか?」
「カルセン村にご一緒するって話ですよ?」
師が何か勘違いをしているのではとばかりにカナトは首をかしげた。
「そうじゃな。だが〈白光の騎士〉殿を追うのであれば、首都まで行くことを考える必要があろう」
「あ……」
少年ははっとした。
「いやいや、そこまでつき合えとは言わないよ」
オルフィは手を振った。彼自身はその可能性も考えていたが、まさかカナトまで連れて行く訳にはいかない。
「いえっ、申し出たからにはきちんとオルフィさんが目的を果たすまで!」
カナトは拳を握って答えた。
「おいおい」
若者はまた苦笑した。
「妙なところで気張らなくてもいいさ。本当に、カルセン村までで充分助かるよ」
「ジョリス様がいらっしゃらなかったらどうするんですか」
「それは、首都に行くことを考えざるを得ないだろうけど、もとから行く予定もあって」
「ですから、それなら僕もご一緒しますと言ってます」
「だからさ」
こほん、とオルフィは咳払いをした。
「何で」
彼はまた言った。
「その答えをもらっていなかったよな」
「言いかけたんですけど、つまり」
少年は年上の若者をじっと見る。
「ひとつには、黒騎士の目的を把握するべきだと思うことです。ナイリアン中の、僕くらいの年齢の者たちを殺して回っているというだけでも十二分に異常ですが、そのこととジョリス様の持っていた何かを狙ったということがどう関係するのか」
「判らないよ」
「オルフィさんに訊いたんじゃありません」
手厳しくカナトは言った。
「それを判っているのは現状、黒騎士当人だけでしょう。もしかしたらジョリス様もご存知なのかもしれませんが、推測がつくという辺りでしょうね。確信なさっていたら、何の心得もなさそうなオルフィさんに黒騎士が狙う荷を託すとは思えません」
「何の心得もなくて悪かったな」
口の端を上げ、ついオルフィはそう言った。しかしカナトは、これまでのようには謝らなかった。
「オルフィさんに魔力はないですし、剣の技を学んでもこなかった。ですが代わりにほかのことをたくさん学び、覚えてきたんでしょう。何も謝ることじゃないですよ」
それどころか今度は向こうからそうきた。オルフィは目をしばたたく。
「もちろん僕にはその荷に対する責任などはありませんが、それはオルフィさんとあまり変わらないと思います。あなたは確かに荷を託されましたけれど、ジョリス様があなたに望んだのは問題の解決ではなく、逃げたり盗んだりすることなくタルー神父に荷を渡すことだけだったと思います」
「お、俺は盗んだりなんか!」
「判ってます。たとえ話にすぎません」
思わず慌てて反論したオルフィをカナトはさらっと遮った。
「もうちょい判りやすく頼んでもいいか?」
オルフィは控えめに言った。
「判りませんか?」
カナトは顔をしかめた。
「判らん」
正直に彼は答えた。
「では言い換えます。ナイリアンは僕の故郷であり、殺された子供たちは僕と同世代で、この国の明日を担う世代です」
「はあ」
「……何かこう、感じるところがないですか?」
「何を感じろっての」
「ですから」
どん、と不意にカナトは卓を叩いた。思わずオルフィはびくっとする。
「黒騎士の話なんてただの噂かと思っていましたが、実在するのであれば放ってはおけません。僕が退治すると言えるほどは魔術に長けていませんが、せめて騎士殿のお手伝いをと思うんです」
「何だ」
「『何だ』?」
「それって結局、俺と同じじゃん」
オルフィは口の端を上げた。
「俺はカナトと違って『何の心得もない』訳だけど、ジョリス様に俺ができることを頼まれて嬉しかったっていうのは『ジョリス様に頼まれたから』だけじゃなくて『俺にもできることがあるから』ってのも」
ええと、とオルフィはまとまらない考えを浮かぶまま語った。
「とにかく、嬉しかった。こんなことになるなんて思ってもなかったけど、だからってびびってじっとしてるつもりはない」
もっとも――。
「こんなこと」というのは立派な箱のなかに鎮座していた青い籠手がいまオルフィの左腕からどうやっても外れないという件が第一である。それはどうしてかと言うと、ジョリスとの約束を破って中身を見てみようと考えたからだ。
(俺が悪い、んだよなあ)
どう考えても、とオルフィは息を吐いた。
「それです」
次にはカナトはそう言ってこくりとうなずいた。
「それ?」
「さっき僕は『ひとつには』と言いました。ふたつ目がそれです」
「だから、どれ」
オルフィは首をかしげて尋ねた。返ってきた答えは思いがけないものだった。
「僕は、オルフィさんが心配なんです」
真剣な表情のまま、少年は言った。
「……何で」
三度、若者は問うてしまった。これは尋ねざるを得ない。
「母さんの形見を届けてくれたじゃありませんか」
「あれは、仕事だよ」
驚いてオルフィは言った。
「でも、引き受けてくれたんでしょう? 僕、ずっと思っていたんです。魔術師協会から魔術師への届けものなんて胡散臭いと断られても仕方なかっただろうなあって」
「いや、それは誤解だってさっき判ったろ」
オルフィは偏見を持たなかったのではなく、カナトが魔術師だなんて考えもしなかっただけだ。
「でも」
カナトはにっこりとした。
「僕が魔術師だと判ってからも、オルフィさんの態度は何にも変わらないじゃないですか」
「そりゃまあ、変える必要も感じないし……」
もごもごとオルフィが言えば、カナトはにこにこする。
「だからです」
「はあ」
(何だかよく判らないが)
(懐かれたってところか?)
悪い気分ではないが、「何でまた」という思いも少々ある。




