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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第2章

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02 ひとつずつ順番に

 青年ライノンはさっと手を差し出しかけ、鉄格子があることに気づいて目をしばたたくと気まずそうにそれを引っ込めた。

「あんまり、自己紹介し合うのに相応しい場じゃないみたいですね」

「そうだな」

 シレキはうなずいた。

「どんな場なら相応しいかは知らんが、少なくとも地下牢で格子越しにやるもんじゃないわな」

「す、すみません」

「謝らんでいい」

 彼はうなった。

「で?」

 じろりとジラングと、そしてライノンを見る。

「お前らはどういう関係だ?」

「ちょっと。何か変なこと考えてないでしょうね。自分だって浮気してたくせに」

「浮気とか言うな! 誤解されるだろうが!」

「何が誤解よ。ほかの女に手を出したくせに」

「やめろと言ってるんだ」

 シレキは頭が痛くなってくる思いだった。

「あの、僕はジラングさんに何もしてないですよ?」

 おそるおそるといった体でライノンは言った。

「あんたもな。怯えた顔すんな。人妻と仲良くしてるところを旦那に見つかった訳でもあるまいし」

「すみません」

「だから、違うと言ってるんだ。ああ、そうじゃない!」

 本当に頭が痛くなってきた。

「ライノン。お前は、何なんだ?」

「はい。あの。何と申し上げたらいいのか、とても難しいところなんですけども」

「カーセスタのお偉いさんの連れ……それが間諜だったって何も驚かないさ。あんたの、その気弱な様子が演技だったとしたって」

「すみません」

 繰り返し、ライノンは謝った。

「信じてもらえるかどうかは判りませんが、僕はこういう性格でして。本当に気が弱いんです。その、恥ずかしい話ですが、故郷でのあだ名は『泣き虫ライノン』と言って」

 顔を赤くして青年は言った。

「いや、何もそこまで告白せんでもいいが」

 どうにも拍子抜けさせられる坊ちゃんだ、とシレキは乾いた笑いを浮かべた。

(やたらと謝るところはカナトを思い出させるかと思ったが)

(こいつに比べたらカナトだって相当強気だったと言えそうだな)

 遠慮がちなように見えても、カナトは芯のある少年だった。協会に所属すればいずれ導師にだってなれたのではないかと思う。

(まあ、本当にこれが演技でないとして、だが)

 びくついて顔色まで悪く見える様子が演技なら、ライノンは大した芸達者だ。だがただの小心者でないことも判っている。カーセスタの使者が、こうしてラシアッドの地下牢に侵入してくるなど。

「よし、ひとつずつ順番に訊こう」

 シレキは何より自分に言い聞かせた。

「まずは、どうしてジラングのことを知っているのか」

「偶然、会ったのよ」

 ジラングが答えた。

「あたしがさ、あれ、何て言うんだっけ、あ、そうだ。隙間だ。隙間に挟まって困ったことがあって」

「……何の隙間だ」

「何でもいいでしょ。とにかく、そのときこの人に助けられたの」

「ちなみにそれは、どっちで」

「どっちって?」

「その格好でか?」

「は?」

「ああ、そういう意味でしたら、猫でした」

 ライノンが答える。

「でもただの猫ではないことはすぐに判りました。僕にはあなたたちの言うところの魔力はありませんが、それでも感じ取ることはありますから」

「俺たちの言うところの魔力、だって?」

「あっ、ええと、そ、それでですね」

 青年は手を振った。

「ジラングさんがほとんど変わっていないことに驚いているかもしれませんが、当然なんです。あなたと分かれてから、彼女にとっては一年程度しか過ぎていないので」

「はっ?」

 シレキは口をぽかんと開けた。

「充分、長いわよ」

 ジラングは顔をしかめた。

「あんたの気配がすっかり変わっちゃったんだもの。探すにも探せなくてさ」

「む。そうか」

 彼は目をぱちくりとさせた。

「魔力が減少したせいで」

「そうみたい。ライノンは、そんなあんたを探す手伝いをしてくれたんだからね。感謝するべきよ、感謝」

「そう、なのか」

 彼は少し驚いた。これまでの様子から助けてくれたという方向の話は推測していたが、まさか探すのまで手伝ってくれたのだとは。

「……ん?」

「何よ?」

「俺を探そうとしたのか」

「まあ、一応ね」

「一応か」

「だってあんた、あたしがいないと何にもできないじゃない」

「お前、そうやって誤解を受けるようなことをだな」

 シレキは諫めたが、ジラングはどこ吹く風だった。

「だって本当だし」

「あのな……」

「あはは、おふたりは本当に仲がいいんですね」

 楽しそうにライノンが笑った。シレキは肩を落とした。

「まあいい。一年程度ってのはどういうことだ。実際には二十年近くが経ってるんだぞ」

「実際と仰いますけど、ジラングさんには実際、一年なんです。ええと、どうお話ししたらいいのか」

「そのまんま言えばいいじゃない」

「『そのまんま』が難しいんですよ、苛めないで下さいよ」

「む」

 彼は顔をしかめた。

「お前らこそ、ずいぶん仲がいいじゃないか」

「やーだ、妬いてんだ?」

「馬鹿野郎。俺はだな」

「ですから、僕は彼女に何もしていませんって」

「俺がこいつに何かしているみたいな言い方はやめろ」

 彼はうなった。

「やあだ、何もしなかったとは言わせないけど?」

「ばっ、馬鹿野郎、あれはお前が」

 慌ててシレキは手を振った。ジラングはけらけらと笑った。

「ええとですね」

 ライノンは考えるようにしていた。

「シレキさんは、時間軸というものがお判りになりますか?」

「時間軸だって? 時間に関することも少しは学んだが……」

「そうですか。それなら簡単にお話しさせていただきます。時間は水が高いところから低いところに流れるように一定方向に進み、遡ったり先に進んだりすることは、通常、できないものです。ですが水面に浮かぶ木の葉が強風に飛ばされるようにとでも言いましょうか、いえ、それよりももっとずっと低い確率になりますが、通常の流れとは異なる要素によってただ流れていたのでは有り得ない点に運ばれることがあります」

「あー、まあ、ああ」

 どうにかシレキはその論説についていった。

「それで、ジラングは流れの先の方に運ばれたってのか?」

「ええ」

「じゃあ、異なる要素は何だった」

「それは僕には判りかねます」

「おい」

「すみません。でも僕がジラングさんにお会いしたのは彼女が飛ばされたあとということになるので」

「成程。それじゃジラングに心当たりは」

「知らない」

「だよな」

「でももしかしたらって思うことならあるわよ」

「何だ、言ってみろ」

「あれよ、あれ。あの力の収束」

「どれだよ」

「ほら、あれ。……何だっけ?」

 助けを求めるようにジラングはライノンを見た。

「あれですかね」

 ライノンはあごに手を当てた。

「だから、どれ」

 半ば諦めた気持ちで繰り返したシレキは、返ってきた言葉に目を見開くことになる。

「〈はじまりの湖〉エクールですね」

「何っ?」

 思いがけない名前が出てきて彼は声を裏返らせた。

「そうそう。そんな名前だったわね。あの湖から出てきた変な力のせいよ。でもそれが何なのかは知らない」

「エクール湖……」

 ううむ、と彼は両腕を組んだ。

「何であんたがその湖のことを? カーセスタでも有名なのか?」

「あ、僕はカーセスタの人間じゃありません」

 さらっとライノンは言った。

「……は?」

「ですから、出身ですとか国籍ですとか」

「こくせき?」

「あ、そうか。要するにナイリアン人であるとかカーセスタ人であるとかいうことを国が、そうですね、名簿で管理することがありまして。異国との往来で起こり得る厄介ごとを未然に防いだり、まあ、場合によっては助長しちゃうこともあるんですが」

「いや、カーセスタの国民管理の仕組みに興味はない」

 しち面倒臭い話もあるもんだと思いながらシレキは手を振った。

「カーセスタのことじゃないんですけれど」

「どこでもいいさ。で、あんたはカーセスタ人じゃない、と」

「はい。違います」

「じゃあ、まさかあのディナズも」

「いえ、とんでもない。ディナズ先生は生粋のカーセスタ人ですよ。ああそうだ。先生のこと誤解しないで下さいね。あの人、純粋な学者なもんですから、ごく普通の挨拶とかも苦手なんです」

 心配そうに青年は言った。


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