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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第1章

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06 祈る場所

(とても優しく接してくれた。親切にしてくれた)

 少々困る発言もあったが、そのことは結局「神女見習いの娘」をからかっていたのだろうと思える。

(でも、最初から)

(この人は最初から、判っていて私に声をかけたということも考えられる)

 浮かんだ、疑惑。

 「最初から」というのは言い過ぎかもしれない。彼女の背にあるもののこと、彼もあの時点まで知らなかったはずだ。オルフィとのつながりも、知っていたとは思えない。最初は言っていた通り、本の題材を探すふりで――これも本気だとは言っていたが――ナイリアールを探っていたのかもしれない。

 だが彼女が籠手を持つオルフィの幼なじみと知り、ヒューデア、つまりエクールから分かれたキエヴの民のアミツが彼女を指したと知って、彼女自身に興味を持った。それは繰り返しほのめかしてきたような男女間のものではなく、彼の国のためになるのではないかということ。

(私が神子ではなかったとしても、オルフィの情報を得ようとした)

(しるしがあると知ってからは、判っていて――)

(高級旅籠への案内も、私の安全のためではなく、機会があればラシアッドに連れることも考えていた)

(そういうこと、なの?)

(それとも……)

 判らない。

 できる限りのことはしてくれると言う、その優しい笑顔をそのまま信じていいのか。それとも裏には、何かがあるのか。

「オルフィの、こと」

 繰り返し、彼女は言った。

「私をここから出して。私も彼を探す」

 やはり最も気になるのは幼なじみのことだ。

「無茶なことを」

 ラスピーシュは目を瞠った。

「私は虜囚なの? そうではないのでしょう?」

「もちろん、君は大事な、私たちの王妃候補だ」

「それなら、ここから出してもらってもいいんじゃないかしら」

「駄目駄目」

 ちちち、とラスピーシュは指を振った。

「その手には乗らないよ」

「別に、作戦じゃありません」

 本当にこの一言で「判った、いいよ」と返ってくるとは思っていない。苛立ち紛れに出た台詞だ。

「彼のことは探している。私にとっても兄上にとっても大事な客人なんだ。こう言えば安心かな?」

 「籠手の主」だから、という訳だろう。彼女はそう思った。あの籠手がどういうものであるのか明確には知らないものの、「オルフィ」に特別なところなどないと。

 だが、だからこそ、ちっとも安心はできない。判っていて言っているのだろうと思えば、何か返すのも馬鹿らしかった。

「何か判れば、必ず君にも知らせるよ。ラシアッド第二王子の名にかけて。これでどうだい」

「教えてくれることを信じないと言うのではないわ。でも」

「君の気持ちは判るつもりだ。君を探そうとしたオルフィ君にもそう言った……というのは少々、問題のある説明かもしれないが」

 リチェリンの居場所を知っていた青年は肩をすくめた。

「冷静に、客観的に考えても、君がラシアッドを走り回る効率の悪さは理解できるだろう。私たちに任せるんだ」

「でも」

 ラスピーシュがオルフィを見つけるということは、何も知らぬオルフィをラシアッド勢が利用するということにも繋がる。

 これまでのように、味方のふりをして。

「大丈夫、オルフィ君も馬鹿じゃない。私を全面的に信頼なんてしていないよ。彼だけじゃない、シレキ殿もサレーヒ殿もきちんと警戒している。これでどうかな?」

 彼女の口にできない危惧を感じ取って、実に気楽にラスピーシュは言った。

「まずは彼の安全を確保することが大切だ。まあ、どういう状況なのかはさっぱり判らないけれど」

 ラスピーシュは指を一本立てて言った。

「その後、彼が私たちに対してどんなふうに思うかは、また別の話。それに、近い内に『この企み』は彼にどうしたって知れるよ。君を花嫁として発表したらね」

 だから心配しなくていい、というのがラスピーシュの言いたいことのようだったが、やはりこれだって「それもそうだ」などとうなずけるところではない。

「どうしても何かしたいと言うのであれば、君はここで祈っているといい」

「そんな」

「おっと、からかっている訳じゃないよ。この部屋がどんなところか、聞かなかった?」

「……そう言えば」

 彼女は思い出した。

「祈りのために籠もる場所だとか」

その通り(アレイス)

 ぱちんと彼は指を鳴らした。

「ここは兄上や私やウーリナ……つまり王家の人間が、始祖の地を思って祈る場所だ。エクール湖や湖神のことも」

「だから、私をここに?」

「そういうこと」

 ラスピーシュは片目をつむった。

「あの小さな窓は西方、つまりエクール湖のある方角に向いている。すぐ先に川があるんだが、それは湖から流れている川でね。つまり、ここはラシアッドで生きるエクールの血族にとっては聖なる場所なんだ」

 彼はぽんと卓を叩いた。

「時間が流れる内にごく普通の部屋のしつらえになってしまったが、もともとは君が思うような神殿ふうの造りであったようだよ」

「普通の部屋にしたのなら、聖なる場所を破棄した、少なくとも軽視したということにならないかしら?」

「はは、手厳しい。それは作りを変えたご先祖様に説教をしておくよ。君が聖なる雰囲気を望むなら、兄上にも打診しておこう。もしかしたらここはそのまま君の部屋になるかもしれないし」

「ずっと閉じ込めるつもり?」

「それは状況次第だね」

 王子はさらりとそう答えた。

「とにかくいまはここで大人しくしていることだ。歯がゆいだろうけれどね。大丈夫、オルフィ君はきっと戻ってくるさ」

 話を「オルフィの消息」にだけ収束させ、ラスピーシュは笑みを浮かべた。

「いまのところはお休み。さっきも言ったけれど、そんな状態ではいい脱走計画も思いつけないし、思いついても実行できない。助けがきても、ろくに走れないだろう?」

「……え?」

「なあに、助けがここまでこられるとも思わないけれど」

 ラスピーシュは肩をすくめた。

「ここはスイリエから少し離れた特殊な場所なんだ。許可のない者が入ってくることは絶対にできないし、こっそり出て行くこともまず無理だろうね」

 彼は嘆息して首を振った。

「それに、忘れないこと。君が逃げ出せば、誰かが責任を取る」

 ゆっくりと彼はつけ加えた。リチェリンは黙っていた。

「様子を見にきただけだったのに、ずいぶん話し込んでしまったな。余計なことも言ってしまったようだし」

 呟くように言うと、彼はすっと礼をした。

「では神子姫様、ごきげんよう。あとで差し入れでも届けさせるよ」

 気軽にラスピーシュは言うと踵を返した。彼女は黙ったまま、その後ろ姿を見送った。


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