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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第1章

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05 見解の相違

「演習を起こさせるのは少々手間だったけれど、ナイリアンが本気にならない内に取りなすとした約束を信じてもらえて何よりだった。戦が起こったらラシアッドなんて大した戦力にならないからね、味方をすると言ってもあまり意味はなかったし。まあ、これまでに培ってきた友好が効いたかな」

 くすりと彼は笑った。

「実は私は、ナイリアンよりもカーセスタによく出向いていたんだ。非公式にだけれど、あちらの王城にも友人は多いんだよ」

「全部……あなたたちの企みなの?」

 不意に気づいてリチェリンはぞっとした。

「カーセスタのことじゃない。黒騎士や……コルシェントのことや、ハサレックの……」

 そうだ、と彼女は思い出した。

「ハサレックは、あの人が最初から(あるじ)だったと言っていたわ」

「うーん、それはどう言えばいいかな。〈青銀の騎士〉殿に兄上が接触したのは比較的最近のことだ。ただ彼の方では、ラシアッドの第一王子に与するつもりでいた。宮廷魔術師殿ではなく、ね」

「どういう意味なの。あの人とハサレックを繋ぐのは……」

「とある……人物、とは言わないかな。ヒトではないから」

 ラスピーシュはまたしてもあっさり言った。

悪魔(ゾッフル)の話は聞いただろう? コルシェントをそそのかしたその存在は、しかしコルシェントよりもハサレックや兄上に手を貸していたというのが真実だ」

「それで、いいの!?」

 リチェリンは声を大きくした。

「獄界の、悪魔。そんなものに手を借りる兄をあなたは放っておくの!? ラシアッドだって、どうなるか!」

「兄上が決めたことだ」

 まるで気にしないかのようにラスピーシュは流した。

「悪魔に手を借りた人間には、例外なく不幸が降りかかっているわ。あなたがそのことを知らないとは、とても……」

「『例外なく不幸が降りかかっている』と、何故判るのかな?」

 彼は首をかしげた。

「君が知っているのは、八大神殿が伝える話だ。彼らは獄界を忌まわしきものとしているから」

 魔術師以上に、と軽口めいたものが挟まった。

「『あんな存在に近寄ってはなりません』と説教するのは当然さ。もし、悪魔の差し出した手を取ることが成功に繋がると判れば、人々はこぞって獄界信仰をしてしまうかもしれないからね」

「神殿が禁じるのは、事実だからだわ!」

「気の毒だが、神女見習い殿。確かに、口にするも忌まわしい不幸な目に遭った人間もたくさんいるだろうさ。だが彼らは賭けに敗れただけだ。勝利を掴めば、その先には神界神からは与えてもらえない、素晴らしい栄光がある」

「本気で……言っているの?」

 判らなくなった。ラスピーシュのことが。いや、最初から、判っていたことなど――ないのかもしれない。

「さあね」

 第二王子は嘯いた。

「兄上は信じているのかな? いや、どうだろう。それも含めて、賭けているのかもしれないな。我らが始祖の地を取り返すために」

「始祖、始祖って馬鹿らしいわ。何百年以上も前の」

「その話は先ほど終わったはずだ。終わらなかったと言うのかもしれないが、見解の相違。〈神官と若娘の議論〉」

 彼は手を振った。

「生憎だが、私や兄上の考えを覆すことは不可能だと思っておいてもらいたい、リチェリン嬢。その上で、質問や要望にはなるべく応えるよ」

 そこにあるのは、見慣れた、優しげな笑顔。

「……オルフィの、ことを聞かせて」

 絞り出すように言えたのは、そのことだけだった。実際、最も――自分自身の身の上よりも――気にかかる出来事でもある。

「ああ、そうだったね」

 ラスピーシュは笑みを浮かべ続ける。

「彼は私や兄上やシレキ殿の言葉で、ここを飛び出すことは思いとどまった。そう見えたんだが、不意に飛び出して消えてしまった。例の悪魔が関わるのかもしれないと私は踏んでいる。もっとも、かの悪魔だってオルフィをカーセスタに導いていいことがあるとは思えないから、どこか違う場所に連れたのかもしれないが」

「違う、場所」

 すっと背筋が寒くなった。理由がどうあれ、悪魔が誰かを連れる場所が、安全なところであるとは思えない。

「オルフィを」

 彼女は顔を伏せた。

「お願いです、ラスピーさん。オルフィを、助けて」

「……できることなら、そうしたいが」

 どこにいるのかも判らない、とラスピーシュは呟いた。

「オルフィ……」

 不安が湧き起こる。自らの状況より。

 そう、むしろ自分は安全だ。こうして彼女が捕らえられたのは二度目だが、あのときよりも自分の身に危険は感じない。「花嫁」という言葉から連想されるものはあるが、少なくともラシアッド第一王子はあの宮廷魔術師よりも紳士的だ。いまのところは、ということになるのかもしれないが。

 それはいつ豹変するとも知れない。そのことは判っているし、むしろ考えが読めないだけに却って怖ろしいという気持ちもある。コルシェントのような直接的な脅迫も怖ろしいことに変わりはないが、彼が何を言っているかはよく判った。ロズウィンドについては判らない。

 「湖神の力を自らのもとへ」。要求は同じであるのに、ロズウィンドの方が不気味だ。これが悪魔の力を借りた者と、利用されていただけの者の差なのか。

 悪魔の影響と言うのではない。

 悪魔に見込まれるだけの――素養。

「何を考えているのかな?」

 ロズウィンドの弟が笑う。

 こんなことはしたくなかったのだと言いながら。

(この人は)

(何を考えて、いるの?)

 兄に全面的に賛成ではないと言った。だが考えは曲げないとも。

 軽いことを言うけれど、それでも手助けしてくれた日々を思い出す。少しは何かを期待していいのか。それとも、いまや無駄なのか。

 判らない。すっかり判らなくなってしまった。


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