表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第7話 迫りくる網 第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

330/520

03 ふたりの守り人

「クロスとやらのことは知らない。だがお前と俺が同じ血を引くというのは」

「察しはついただろう?」

 クロシアは肩をすくめた。

「ラシアッド王家は、ナイリアンの蛮族に追われて東へ逃げるしかなかったエクールの民の末裔だ。始祖の地を取り戻すことをずっと夢見てきた」

「成程。それが悲願か」

 ヒューデアは唇を歪めた。

「教えてやろう。そういうのは野望と言うんだ」

「ただ夢見ていただけでは願いは叶わぬからな」

 仕方ない、とクロシアは平然と返した。

「つまりラシアッドの第一王子は、ナイリアン侵略のために悪魔と契約をしたと、そういうことか」

「傍から見ればそうも見えような」

 挑発的とも取れる言いように、しかしラシアッド人の男は怒らなかった。

「だが歴史を紐解けば、正当な行為と知れる。無論、悲願を果たした暁には諸外国にそれを知らしめる必要があろうが」

「侵略行為を成功させる自信があるようだな。ハサレックひとりで、ナイリアンの騎士たちを全員討ち取れるとでも思っているのか」

「ジョリス・オードナーを倒した男ならば容易ではないか?」

 その言葉は当然、ヒューデアの怒りを誘った。

「ふざけるな。ハサレックはジョリスを動揺させて、その隙に乗じただけではないか」

「戦術としては効果的だろう。ほかの騎士たちに同じ手は使えまいが、それでも青銀位としての実力は充分持ち合わせている」

「あの男はもはや騎士ではない」

「位がなくなったところで実力が消える訳でもあるまいに」

 クロシアは当然のことを言った。ヒューデアは唇を結んだ。

「お前は冷静な判断ができる男だと聞いている。だがジョリス・オードナーのことになると我を失うようだな。だがクロスの血筋としての使命を覚えておけ。お前が仕えるべきは」

「ふざけるな」

 ヒューデアはまた言った。

「クロスの血筋? 繰り返すが、そのようなことは知らぬ。興味もない。俺に侵略者の協力をさせたいとでも思っているのなら、無駄だと言おう」

「救ってやったのにか?」

「奇怪な力によるものであろうとも、敗れたことに変わりはない。救われたことは情けをかけられたと思っておこう。だが、恩は覚えぬ」

 弱々しくも睨みつければ、クロシアはふっと笑った。

「そのように言うであろうとは思っていた。だが忘れるな。精霊アミツはエク=ヴーの使い……アミツを見る者である以上、お前の使命は定まっているのだ」

「人々を守ることならば、我が使命と心得ている。キエヴだけではない、国中の」

「言っておくが」

 クロシアは遮った。

「その『国』というのは、ナイリアン国ではない。連中に滅ばされる前の、〈はじまりの民〉が治める国とその人々のことだ」

「……何」

「考えてみれば当然のことだろう。エク=ヴーとアミツが守ったのはエクールの民だ。ナイリアンの蛮族どもではない」

「――事実だとしても、それは過去の話だ。いまは」

「ヒューデア・クロセニー! ナイリアン人に虐げられてきた(なが)の歴史を忘れたか!」

 声が張られた。ヒューデアはびくりとした。

「畔の村もキエヴの集落も野蛮人の子孫として見下され、発展を阻害された。それでも〈はじまりの民〉は始祖の地を守るために助言を続けたが、ナイリアン王家からは始祖を名乗ることも禁じられ、助言を疎まれた」

 クロシアの瞳には怒りが宿った。

「だと言うのにあの王家はつまらぬ祭りに神子の神秘性を利用したがり、断られれば腹を立てた。挙げ句の果てには、疎まれているのを承知でナイリアン最大の危機を忠告しに行った神子を――殺した」

「殺しただと? 神子を?」

 ヒューデアはエクールの民の習慣など知らないが、神子と言うからには当然、聖なる存在であるはずだとは判っていた。違うものを信じていようと、それを殺害するなどただごとではない。

「それがヴィレドーンの裏切りの、大きな原因となったのだ。だが知る者は少ない。ナイリアン王家に都合の悪い歴史は消されたという訳だ」

「ヴィレドーン……裏切りの騎士はまさか」

 キエヴの若者はほのめかされたことに気づいた。

「彼の出身は、エクールの」

その通りだ(アレイス)

 うなずいてクロシアは片眉を上げた。

「知らぬのだな」

「初耳だ」

「いや、そのことでは」

 言いかけてクロシアは首を振った。

「知らずとも当然だろう。ヴィレドーン自身、自らの出身についてはずっと隠していた」

 代わりに彼はそう言って肩をすくめた。

「公式の記録にも残っていないはずだ。差別を避けるためだったろうが、賢明だったな。もし知られていればエクールの民への締め付けは表面化し、畔の村は滅びるようなことにさえなったかもしれないからな」

「そう、か……」

 嘘だ、とは思わなかった。むしろ、そうであったのかと納得できるところもあった。考えてみれば「裏切りの騎士」の動機はいまひとつ曖昧だったからだ。

 野心を持って悪魔と手を結んだ。非常に端的な説明で、有り得ることと言える。

 しかしそれはほとんど「結果」だ。経過が抜け落ちている。裏切り者が裏切りを決意するまで過程など、王家は解明も説明もする必要がないが、もしそこにある理由がエクール湖とエク=ヴーと、キエヴとアミツに関わるようなことであれば。

(……いや、いまはヴィレドーンの話など、何も関係がないだろう)

 彼はそう思った。無論、ヒューデアは何も知らぬからだ。

「重要なのは、神子の話か」

「そうだな」

 クロシアは――本当はどう思っているかはともかく――そうだと答えた。

「神子というのは重要な存在だ。ナイリアールに置いておく訳にはいかない」

「ようやく、読めてきた」

 ヒューデアは息を吐いた。

「ラスピーは最初から神子を探していたのだな。リチェリンがそうだと判明してから、彼女をラシアッドへ連れる算段をしていたが、王子であることを明かしたこともあって巧い機会がなく、それで……彼女が街を離れた隙を狙って」

「大筋では間違っていない。お前が護衛であったのは誤算だった。ハサレックを動かす羽目になったからな」

「本来ならばお前かラスピーが外に連れ出す予定でもあったか」

「〈ドミナエ会〉を使うことも考えていた。もっとも連中は不確定要素だ。私はあまり望ましくないと思っていた。結果的にはこれで上々だろう」

「女を力ずくでさらっておきながら『上々』か」

 吐き捨てるように彼は言った。

「神子殿も自覚があれば、望んでラシアッドへきていただけたろうが」

 クロシアは否定も言い訳もしなかった。

「戯けたことを。彼女が侵略行為などに手を貸そうとするものか」

「侵略ではない。取り返すのだと言っているだろう」

「主観的な発言だな。客観的には侵略以外の何ものでもない」

「そのような考えも、いまに変わる」

 クロシアは気にしなかった。

「ヒューデア。お前はジョリスとの交流でレヴラール王子の、イゼフとの交流でキンロップ祭司長の信頼を得ている。騎士ではない男としてはかなりナイリアンの中枢に近い。判るか」

「ふん」

 彼は鼻を鳴らした。

「ラシアッドの駒になれとでも言うのか? 馬鹿げている。たとえどれだけのラルを積まれたところで」

「金でお前を買えるとは思わないとも」

 ラシアッドの男は肩をすくめた。

「それは、私が金で買えぬのと同じだ」

 クロシアは静かに述べ、ヒューデアははっとした。男の声は、堂々とした誇りに満ちていた。

(俺と――同じ)

 不思議と腑に落ちるものがあった。

(クロスの、血?)

 そんなものであるのかどうかは知らない。判らない。ただ、キエヴの守り手としての心が、この誇りを知っていた。

 もし畔の村の守り人ソシュランがこの場にいたならば、ヒューデアは彼とクロシア、そして自身の相似点を自ずと感じ取っただろう。それと同じものを――ラスピーシュがヒューデアに会った最初から、リチェリンやピニアがクロシアを見たときから感じていたものを――このとき、ヒューデア・クロセニー自身も知ったのだ。

(俺がキエヴを守ろうとするように、こいつはラシアッドを)

(いや、〈はじまりの民〉を守るために戦う者だ)

 自ら守るべきもののために、ただ道を進む。そこに正義があるのか、そんなことは関係がない。

 生まれながらに。

 キエヴの、エクールのために。

「ヒューデア」

 まっすぐ、クロシアが彼を呼ぶ。ふたりの守り人の視線が、正面から合った。

「ラシアッドにこい。我々〈はじまりの民〉の栄光をこの手に取り戻すために」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ