表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

321/520

07 栄誉ある役割

「ナイリアールで、何か変化が?」

 思わずオルフィは尋ねた。ウーリナは目をぱちくりとさせた。

「何か、ございましたの?」

「え」

(リチェリンやヒューデアの件は知らないのかな)

 心配させまいとラスピーシュが伏せたか。有り得ることだった。

「いや、その」

 兄たちが隠しているのであれば彼が告げることでもない。ウーリナには直接関わりのないことでもある。そう思った。

「お勉強をなさっていると伺いましたわ。少しお休みしてお茶にいたしませんこと?」

 オルフィとシレキは顔を見合わせた。

『おい、どうするんだ』

『どうって言われても、断れないだろ』

 そっと小声で相談する。

『まあなあ。王女様ににこにこと誘われちゃあな』

 シレキは本を閉じた。

「では、王女殿下」

 男は下手くそな礼をした。

「その栄誉ある役割はこの男にお与え下さい」

 にやりとオルフィを指し、シレキは一歩下がった。

「おいっ」

「いやいや、俺は遠慮しよう。若いもん同士で、ごゆっくり」

「やっ」

『やめろよ、そういうつまらない冗談は。おっさんもくればいいだろ』

 小声でオルフィは抗議した。

『いや、俺は無理だって。お前さんと違って秘めた過去も何も』

 シレキも声をひそめて顔をしかめる。

『別に何も難しいことなんかないって。俺だけ息抜きなんかできるかよ』

 王女様のお相手というのはとても息抜きにならなさそうだが、それは別の話だ。

「まあ、何か問題でも?」

 心配そうにウーリナ。

「問題ってほどでも」

「オルフィにお供させますから」

「おっさんっ」

「あら、シレキさんにもご一緒していただきたいですわ」

 ウーリナはきっぱり言い切った。シレキは目をしばたたく。

「もう三人分の支度はできていますもの」

 さあ、と促されては仕方がない。男たちは諦めて王女に従った。

 この段でウーリナがラシアッドに戻ってきているというのは、少々ややこしいことでもある。兄王子たちも認めていたように、彼女は「人身御供同然」にナイリアンへ赴いたのだ。

 もちろん、レヴラールとの婚約が整った訳でもなければ、兄の戴冠式に彼女が参列するのは当然でもあるが、何しろカーセスタとのことがある。疑いの眼で見るのであれば、「最初はナイリアンにいい顔をするつもりだったが、カーセスタにつくことにしたのでウーリナを連れ戻した」と見ることだってできる。

 だがそうしたことはレヴラールやキンロップだって考えただろう。その上で彼女の帰郷を許した――現状、禁ずる権利はないのだが――だから、オルフィがどうこう考えることではない。

 招かれたのは王女の部屋であったが、意外と慎ましやかで、派手な装飾品などは置かれていなかった。部屋の配色は明るく、「娘らしい」という感じはした。

「あら、まだ支度の途中だったのね」

 ウーリナは目をしばたたいた。

「も、申し訳ありません。おっ、遅くて……」

 侍女が慌てたように頭を下げた。

(あれ? この子……)

 この前見かけた侍女だ。オルフィは首をひねった。

(やっぱりどこかで見たことがあるような)

「いいのよ。かまわないから慌てないでやって頂戴」

 王女は優しく語りかけ、彼らを向いた。

「入ったばかりの新しい侍女なのです。戴冠式の支度に人手が足りないとかで」

「そうなんですか」

 相槌を打ってオルフィは娘の顔をよく見ようとしたが、彼女の方はまるで避けるように顔を伏せ、焦るようだった。

「あっ」

 がちゃん、と音がする。皿が一枚、落ちて割れてしまった。

「わっ、しまった、どうしよっ」

 侍女らしくない言葉が出たかと思うと、彼女はかがみ込んで破片を拾おうとした。

「あ、待って。触っちゃ駄目だ」

 思わずオルフィは近寄った。

「慌てて拾うと危ない。何かこう、手袋みたいなものでも」

「わわっ」

 と、彼女は飛びすさった。

「へ?」

「すす、すみません、す、すぐ、ええと、どうしたら」

「――誰か」

 ぱんぱんと手を叩いてウーリナはほかの侍女を呼んだ。

「はい、姫様」

 もうひとり、支度をする者がいたのだろう。盆を持って別の侍女が現れた。

「片づけを手伝ってやって。叱っては駄目よ?」

「まあ……はい、そのようにいたします」

 皿を割る、それも王女の前で、となれば侍女としては大失態だ。ウーリナの言葉があるから少なくともこの場では叱られないだろうが、あとでこってりとやられるだろう。クビになるかもしれない。

(大丈夫かな)

 ついオルフィは心配になった。

(何だか危なっかしいと言うか……侍女っぽくないよな)

 ヴィレドーンの知るナイリアン城の侍女たちはみな優秀だ。こんな失敗など見たことも聞いたこともない。

(それにやっぱり)

(知っているような気がするんだけど)

 どことなく感じる既視感。しかし、どこの誰とも思い出せない。オルフィはもやもやした。

 そうこうする内に問題の侍女――ふたつの意味で――は姿を消し、慣れた侍女だけが行き来をして、その後は滞りなく支度が調い、順調な茶会がはじまった。

 ウーリナの見たナイリアンのことや、彼らの見たラシアッドのことなど、話題は無難なものに終始した。オルフィはちらちらと探りを入れてみたが、やはりウーリナはヒューデアやリチェリンに起きたことを知らないようだった。

 となれば彼が焦っている様子を見せる訳にもいかない。オルフィは笑顔が引きつらないようにしながら王女と語らった。

「そうだわ、カーセスタのお客様もいらしているのですわね」

 ふと王女が言った。

「先ほど、見かけましたわ。ふふっ」

 思い出して彼女は笑う。

「この城なんてナイリアン城や、きっとカーセスタ城に比べても小さなものでしょうに、迷ってしまわれたらしいんですの」

(……あいつだな)

 ディナズではないだろう。あの青年に間違いない。

「少しだけお話をしましたけれど、楽しい方でいらっしゃいましたわ」

「それは」

「何より」

 ウーリナとあの青年がどんな会話をしたのかと想像すると、少し苦笑いが浮かびそうだった。

(全然、噛み合わなかったんじゃないか?)

「わたくし、今度あの方もお茶にお呼びしてみようかと思いますの」

「ん?」

 オルフィは目をしばたたいた。

「よろしかったら、オルフィさんたちも――」

「おっ、お邪魔します! ぜひ!」

 立ち上がりそうにさえなりながらオルフィは答えた。

(これは、好機!)

 ディナズから何か聞き出すのは困難そうだが、あの青年ならば。

(あれで観察眼は鋭いみたいだが、なあに、こっちには隠す秘密もない)

 ヴィレドーンや籠手絡みのことはカーセスタには関係がない。仮にハサレックがカーセスタに全て洩らしているとしても、やはりそれなら今更隠すこともない。

「まあ、オルフィさんたら」

 ウーリナは少し驚いたと見え、軽く目を瞠ってから笑った。

(張り切りすぎたか)

 オルフィは頭をかき、シレキは苦笑した。考えが判ったぞ、という感じだった。

「俺もよろしいですかね、王女殿下」

「もちろんですわ。うふふ、楽しいお茶会になりそうですわね」

「ええ」

 彼はうなずいた。

「とても、楽しみです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ