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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第1話 託されし運命 第2章

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10 すげえなって

「もう、お師匠ってば。意地の悪い言い方をしないで下さいよ」

 両手を腰に当ててカナトはまた師匠を叱った。

「意地悪など言っとらん。単なる指摘、或いは忠言というものじゃ」

 それが師匠の返答だった。

「こやつはこう見えて、もうすぐ中等の魔術を学び終えるところなんじゃよ」

 それからミュロンはオルフィに説明をした。

「将来有望というやつじゃな」

「からかわないで下さいよ」

 少し顔を赤くしてカナトは言った。オルフィはまた目をしばたたく。

「それじゃ」

「はい?」

「ミュロンさんも、魔術師ってことか」

 魔術師の師匠なら当然魔術師だろう、とオルフィは思ったが、師弟は揃って首を振った。

「わしは魔術の師匠ではない」

「人生の師匠ってところです」

「はあ」

 十三歳の言葉とも思えない。十九歳の若者は中途半端な相槌を打った。

「わしは息子夫婦と孫を事故で亡くしておってな。カナトは、ラステルが生きていれば同じくらいの年齢なんじゃよ」

 ラステルというのがミュロンの孫の名前なのだろう。それで受け入れたということもあるのかもしれない。オルフィは死者の話を聞いたときに誰でもするように、追悼の仕草をした。ミュロンはうなずいて返礼をした。

「魔術師協会は未成年にも仕事をくれるんですが、協会にばかり頼るようでもよくないと思っていました。僕を指導して下さった導師が、何でもかんでも協会第一の魔術師にはならない方がいいという考えの持ち主でして」

 導師というのは協会の資格ではなかっただろうか、とオルフィは聞きかじりの知識で思った。協会が協会を第一に考えるなと指導するなんて変わった話だなと彼は感じたが、特に反論はしなかった。

「考えて相談した結果、魔力に偏見を持たない人のところで、多種多様な経験を積みながら魔術師としてのみならず人間として学んでいくのがいいだろうということになったんです」

 そんな訳で魔術師でもないミュロンを師匠として彼の小屋に住み込み、ミュロンの世話をしながら彼の持つ書物を読み、議論を交わしたりしながら生活しているのだというようなことをカナトは話した。

「はあ」

 オルフィは曖昧な相槌を打った。カナトははっとする。

「すみません。つまらない話を」

「え? あ、いや、違う違う。未成年だろ? 何かすげえなって思って聞いてたんだよ」

 世辞でも追従でもなく、オルフィは本心から言った。

「俺が十三の頃なんて、まだ村のガキどもと悪さしてたんじゃないかなあ」

 仕事、成人について真剣に考えるようになったのは十四を超してからだった。周りの友だちはほとんど家の畑や酪農仕事をすることが決まっていて、父親が料理人である自分は何か自分で仕事を見つけないとならないと気づいたからだが、もしかしたらそうしたことに気づくのは遅い方だったのだろうか、などと彼は考えた。

 結局はこうして自分で仕事を作り出し、困らない程度にやっていられる。積極的に動いたことも奏功したろうが、運もよかっただろう。周りの人々に恵まれていたというのもある。

「別にすごいと言われることじゃありませんよ。オルフィさんの方がよっぽど」

 カナトはカナトで、身ひとつで仕事を集めてはこなしてくるオルフィがすごいと言った。そこに世辞や追従はやはりなく、彼らは互いに、自分と違う相手に感心していた。

「黒騎士の件だが」

 ミュロン新茶をすすりながら言った。

「近隣への警告はわしに任せろ。若い連中のケツを叩いて走らせてくるわい」

「僕も手伝います。〈移動〉術はまだ巧く使えませんけど、人が走るより早く遠くへ行くことはできますし」

「へえっ、魔術かい?」

 オルフィは問わずもがなのことを問うた。こくりとカナトはうなずいた。

「〈早足〉って言うんですけど、実際に急いで歩くのではなくて、空間を少し歪ませて数十ラクト先とくっつけるんです」

「はあ」

「……ごめんなさい。判らないですよね」

「何もいちいち謝らなくたっていいさ」

 若者は苦笑した。

「判らないのは俺が知らないせいであって、君が悪い訳じゃないだろ」

「オルフィさん……」

 カナトは目をしばたたいた。

「有難う、ございます」

「えっ?」

「何だか気を遣ってもらっちゃって」

「特に気遣ってもいないよ。思うままを言っただけなんだから」

 どうにも奥ゆかしい少年に、年上の若者は苦笑しきりだった。

「ふむ」

 ミュロンは両腕を組んだ。

「カナト。お前はいい」

「え?」

「お前は行かんでいい、と言った」

「どうしてですか?」

 少年は首をかしげた。

「重要なことでしょう? 多くが早く行動した方がいいと思いますけど」

「かもしれん。だが」

 お前はいい、と老人は三度(みたび)言った。

「でも、お師匠……」

「子供の出る幕じゃない」

 師匠はぴしゃりとやった。

「オルフィ、少し休んでおれ。わしはちょいと村の連中にその話をしてくる。カナトは客人の世話をしているようにな」

「はい……」

 何だか釈然としない様子で、しかしカナトは師匠の指示を受け入れた。ミュロンは壁に立てかけてあった杖を手にすると、言葉の通りに小屋をあとにする。オルフィは迷った。

(休めと言われても)

 この村でやるべきことはやった。渡されたものをミュロンに届け、黒騎士に関する警告もした。となれば次に彼がやるべきなのは、いち早くカルセン村に戻って――。

(ジョリス様に)

(お話を……)

 気の重い任務だ。大事な荷物を盗み見た上、身につけたそれが外れなくなってしまったことをどんな顔で伝えたらいいのか。

 だがやはり、伝えないという選択肢はないのだ。

「オルフィさん」

「えっ」

 考えごとに沈み込みかけたオルフィはカナトの声に呼び戻された。

「大丈夫ですか?」

「ああ、うん、有難う」

 大丈夫だよとオルフィは笑みを浮かべた。年下の少年に心配されるようでは情けない。


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