03 環境も重要だ
幸いにして使用人に行き会うこともないまま、騎士たちは目指す部屋にたどり着いた。ジョリスは客人に椅子を勧めようとしたが、サレーヒは呆れた顔をしてジョリスを寝台に座らせた。
「いったい、何をしていたんだ?」
「ご挨拶に伺った」
短く、ジョリスは答えた。
「ほう、それはつまり、侯爵閣下に」
「ああ」
ジョリスはうなずいた。
「せっかくきていただいてすまないが……少し休ませてもらいたい」
「無論だ。拙いときにきてしまったようだな」
「そのようなことも、ないが」
「閣下とやり合ったのであろうに」
「聞いていただけだ」
「ふん、成程」
表向きには、侯爵もあれほど顕著ではない。〈白光の騎士〉が称えられていることはもちろん、下手に外で貶めるようなことを言えば自らに跳ね返ってくることも理解している。
だが完全には隠せないもので、どうやらオードナー侯爵は息子が騎士であることが気に入らないようだ、というのは事情通なら知っていることではあった。
だが、「ここまで」であることを知っている人物は少ない。サレーヒと――ハサレックくらいであろう。
「ならば少し、頭の中身を替えてから休んだ方がよいかもしれんな」
年上の騎士はそんなことを言った。
「もっとも、安らぐような話もない。カーセスタの件は貴殿も聞いているようだが……」
「ラシアッドで非公式に会見できる可能性があるという話だな。私が赴くことができればよいのだが」
「無理だろう」
サレーヒは一蹴した。
「おそらく、私になるのではないかと思う。祭司長もそのようなことを仰っていた」
「お任せする」
「と言っても、私が代表ということはないだろうな。赤銅位では少々、見劣りする」
彼は肩をすくめた。
「どなたかの護衛ということになると思う」
そう言ってからサレーヒは、ジョリスをじっと見た。何ごとか、とジョリスは首をかしげた。
「その様子では……知らぬようだな。サズロ殿、との提案があることに」
「――兄上が?」
オードナー侯爵が長男、サズロ・オードナー。レヴラールに言わせれば凡庸すぎて印象に残らない人物ということになる。
しかしジョリスにとっては兄であるし、次期オードナー侯爵でもある。彼は兄に敬意を払っていたが、生憎なことにそれはサズロにとって荷が重いことでもあった。
子供の頃であればともかく、いまでは仲良く笑い合うこともない。
弟の生還にも、サズロは顔を見せぬままだった。
「そうか、やはり知らぬか」
サレーヒは複雑な顔をした。
「ただの噂に過ぎぬのだし、私から告げるというのも妙な話だ。だが、貴殿の耳には入れておいた方がよいだろう」
そんなふうに前置きをしてから彼は続けた。
「近々、サズロ殿が爵位を継がれると、そうした話が出ているそうだ」
「そう……か」
ジョリスはどうにか相槌を打った。
「――すまなかった。感謝する」
家族の事情を他者から聞かされるというのは、家族が不仲であることしか示さないだろう。サレーヒにいまさらそれを隠すつもりはなかったが、サレーヒの方でも言いづらいことだったろうとは推測できる。
「……なあ、ジョリス殿」
こほん、とサレーヒは咳払いをした。
「療養ならば、我が家にきてはどうだ」
「何?」
「その、妹には薬学の心得があってな。薬草師としてもやっていけるほどなんだ」
「それは立派なことだ。だが」
「療養というのは環境も重要だ。これ以上はっきりと言うのは礼儀にもとるであろうが」
部屋の環境や食事の世話という意味では、侯爵家が最上に決まっている。だがそこに暮らす人間もまた、「環境」の一部になる。サレーヒのの言うのはそういうことだった。
「……有難い。しかし、受ける訳には」
「貴殿はそう言うだろうと判っているさ。ここは、余所からお墨付きをもらってくるとしよう。祭司長殿辺りがよさそうだな」
「サレーヒ殿」
「どうか、そうさせてくれ、ジョリス殿。却って貴殿には複雑な思いを抱かせるのやもしれぬが……この邸内では、貴殿の回復はますます遅くなるとしか思えぬ」
「少し――」
ジョリスはうつむいた。
「考えさせてくれ」
「ああ、判った」
サレーヒはうなずいた。
「もともと、この話をするつもりだったんだ。用件は済んだ。帰るとしよう」
彼は立ち上がった。
「時間を取らせてすまなかったな。休んでくれ。そして、応じる方向で考えてほしい」
「……ああ」
そうとだけジョリスは言った。サレーヒはうなずき、部屋を出た。




