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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第3章

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01 もてはやされたところで

 ナイリアン城の回廊を歩く少年は、誰かが小走りにやってくる気配を感じて振り返った。

「ロタ、もういいのか」

 その言葉に〈白光の騎士〉付きの少年従者ロタは、笑顔を見せた。

「すっかり。心配をかけたね、クレン。有難う」

 返事をしてからロタ少年は、笑みをすっと消した。

「ところで、その……クレン」

 彼は言いにくそうにした。

「セズナンのことなんだけれど……本当なのか」

「ああ」

 こくりとクレンは深刻な顔でうなずいた。

「行方が判らないらしい」

 〈青銀の騎士〉の少年従者は、驚くべき触れのあったそのあとから、姿を目撃されていない。

 半年前の「訃報」の際にセズナンが酷く落ち込んだことは、彼に近い者ならみな知っている。ジョリスの件でロタが体調をおかしくしたのも彼らの記憶に新しい。

 信じられないという衝撃のあとに、彼らはセズナンを案じた。だが彼と話したり、慰めたりすることのできた者はいなかった。城にいないばかりではない、彼は自宅にも戻ることなく、ぱたりと消息を絶ってしまったのだ。

「心配だ、というのはもちろんだけれど」

 ロタは胸に手を当てた。

「何だかとても奇妙な気持ちだ。ハサレック……様、が亡くなったと聞いたときは彼が酷く落ち込んで……ジョリス様が受けた誤解で僕がそうなって。ハサレック様のご帰還で彼が元気になったかと思うと、また逆転だ」

「君のせいじゃないさ」

 ジョリスの少年従者が何を気に病んでいるか気づくと、仲間はすぐに言った。

「君は悪くない。もちろん、セズナンも」

「悪いのはハサレック様、か?」

 それは彼らには、やはり「ジョリスが宝を持って逃げた」と同じように信じがたい話だった。だからいまでも、元〈青銀の騎士〉の名に敬称がつく。

 本当に〈青銀の騎士〉が悪事を働いたのか。盗っ人を手助け、そのことが知れて逃げたなど。

「悪い夢みたいだな」

「ああ」

 信じられない。ジョリスのときと同じように。

 だが、「それは間違いだ」などと言い立てられる立場でもなければ、彼の無実を証明することもできない。

「でも現実だ」

「ああ」

 信じたくないことが本当かどうか、それを詮索する権利は彼らにはない。そもそも手段もない。だが少なくとも、ジョリスが白光位を取り戻し、ハサレックが青銀位を剥奪されたこと、ジョリス付のロタが城に戻り、ハサレック付のセズナンがいなくなったことは違いようのない事実。

「セズナン……無事でいてくれ」

 ロタとクレンは、友人がまた元気に姿を現すことを祈った。

「――ところで」

 気分を変えるようにクレンは明るく声を出した。

「ジョリス様はどうしておいでなんだい? 任務からお戻りになったはずなのに、姿をちっともお見かけしない」

「僕もまだ、お目にかかっていないんだ」

 少し寂しげにロタは首を振った。

「そうか。それじゃやっぱり、まだ登城なさっていないということ」

「たぶん……いや、でも判らない。いつもお忙しい方だから、すれ違いになることも多いし」

 部屋の掃除や書類の整理をするだけでジョリスの顔を見ないという日も別に珍しくはなかった。

「酷い怪我をなさった、という噂もあるようだね」

「クレン」

 ロタは顔をしかめた。

「そういうことは、言うものじゃないだろう」

「すまない。でも実際に見た者もいるって言うよ。すごく具合悪そうになさっていたって」

「それは、事実かもしれないけれど」

「みんな心配しているんだ。ジョリス様ご自身のことも……これから先のことも」

「判っているさ……僕の方こそ、すまなかった」

 こんなときだからこそ、みな、ジョリスの姿を見たいと思っているだろう。ナイリアンに〈白光の騎士〉あり、というところを目にして安心したいのだ。

「早く、嫌なことがみんな終わるといいね」

 ぽつりとクレンは呟いた。

「そう、だね」

 同意を返しながらロタは、いったい何がどうなれば「終わり」なのだろうかとぼんやり考えた。

 ともあれ――。

 ジョリス・オードナーの存在は、彼が死んだと考えていた者にもそうでないものにも、等しく喜びと安心感をもたらすものだった。

 いや、だが、全ての者でもない。

 なかには、彼の失態に厳しい目を向け、きつい言葉を投げる者もいた。

「この、オードナー家の面汚しめが!」

 生還した息子に対するオードナー侯爵バリアスの第一声はそれであった。その二男たるジョリスは黙って頭を垂れ、謝罪の仕草をした。

「何がナイリアンの騎士だ。騎士位などろくな名誉ではない。もてはやされたところで、所詮は兵士」

 それは、行きすぎた崇拝を受けていると感じたときにジョリス自身が発する言葉によく似ていたが、蔑むような口調が、全く別の意味合いにさせていた。


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